第9話
「キミ!」
六月の梅雨明け宣言からこっち、やっと雨がやんだと思って傘を干して駅前を歩いていたら、萌木さんから声をかけてきた。
「かっこいいね! もしよかったら、被写体になってくれない?」
即OKした。
「いいなあ、おまえ。紹介してくれよ、なあ」
タカノリがしつこいから、鼻で笑って返した。
「ま、こんどな」
「こんどっていつだよ。たく」
苦笑して学食のうどんをすするタカノリ。不戦勝の旗を立てたボクは、そのまますんなりと萌木さんとヒーローショーを観に行けた。
次の日の朝、萌木さんの自宅で朝のニュースが流れてると思っていたら、駅近くの路地で被害に遭った女性云々という事件を観てしまい、その場でタイムリープ!
なんなんだ、あの娘。ボクがケーサツに連絡しなくちゃダメなんだな、ひょっとしたら。放っておけない。
もう、ヒーローショーはいいや。萌木さんのインスタは見なければいいんだし。
ルートは瀬名奈津子かな。
思っていたけど、ジムでダンベルの重りを調整していたら、タカノリが顔を出した。れいによって水曜日だ。こいつの豆さには敵わないよ。
ボクはひとつ疑問に思っていたことを聞いた。
「タカノリ、おまえ今誰とつきあってんの?」
奴はストレッチをしながらふざける。
「んー。本命は要きゅんかな」
「ざっけんな。萌木さやかだろ」
その甘えた口調は絶対、彼女の影響だ。
「およ。彼女を知ってんの? 知り合いだった?」
「ああ、と、いうか、なんというか」
ごくっと唾をのんだので喉が鳴った。ついでにむせかえって咳き込んだら汗が目に入った。
「彼女がいいなら相談乗るよ? 好きなものとか」
「興味なし!」
「んだよ。変なやつ」
ぶつぶつ言うもんだからくさくさしてきて、つい、未踏破のボルダリングに挑戦してしまった。かってがわからないもんですぐに落下。
「ちえ」
「なんだ、おまえー」
カッコワライ、という声で指差してくる。ムカつくやつだな。
が、次の瞬間、真剣な顔つきになり、ぱっとてっぺんまで手足のとっかかりを見つけて踏破してしまったタカノリだった。頭上からサムズアップしてくる。
ボクはもっと、くさくさした。マットに突っ伏していたら、
「おま、どけー!」
慌てた声が聞こえて、タカノリが落ちてきた。専用シューズで踏まれるボク。
ちょっと嫌な音がして、足首をねん挫した。いやタカノリが。
瀬名奈津子ルートなのかと思っていたら、谷園ゆかりルートへ紛れ込んでしまった。
「どうなさいましたか?」
「「空いてる日、いつですか?」」
タカノリと同時に詰め寄った。
ボクも張り合うからいけないんだな。勝ったのはボクだけど。
また日曜日に谷園さんと動物園へいくはめになった。いやあ、かわいかったよ、ほんと。二回目だけど。
お互いの気持ちを確かめて、今度は彼女の寮に泊まった。男子禁制だけど暗黙の了解があって、ほとんどの入寮者が同じことをしているらしい。
トントントン。
包丁の音で目が醒めて、キッチンへ向かうと、白いエプロンドレスの谷園さんがいた。
「あ、もう少しで朝食できるから」
ふーん。コンロの脇にあるのは、なんだろう。木の箱がある。
「え? これ、だしからとったの? すごいじゃん。おいしいよ!」
あの木の箱は鰹節を削るためのものらしい。カンナみたいになってる。わりと古風なんだな。
しかしボクの食生活、ひどいなと思った。まともな朝食なんてろくにとったことなかったよ。
もう、カップラーメンはいやだ。和食が食べたい。結婚してくれ!
季節の野菜の煮物と、焼き鮭が味覚を直撃する。もう、他のもんは食べたくない。
「おそまつさまでした」
彼女がにこにこして、洗い場に立つと、前にタイムリープしたのをつくづく後悔した。
谷園さんがこんなに家庭的だったとは。いや、それはすでにおっぱいに出ていたじゃないか。彼女こそが理想のお嫁さんだ。プロポーズしてもいい。
「谷園さん……キミは胸だけじゃなく、料理も上手だ。毎日キミの朝食が食べたい」
口走ると、ゆかりさんは困ったように眉をハの字にした。
「わたし、これから出勤だから……」
がく。
どうやら彼女の気持ちはそこまでではなかったようだ。
タイムリープ。
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