第29話

「志摩さん、志摩さん、ボク、シックスパック、われてきた」

 志摩さんはケータイ構えて走ってきたから、シャツをまくり上げた。

「きゃあ! ナイス、ナイスだよ要君」

 カシャカシャとシャッター音をさせる志摩さん。

 正直、彼女に貢献するのは悪くない感触。なにより必要とされるのは気持ちのいいもんだ。

 それに志摩さんは綺麗だ。ブランド好きなのでプレゼントには気を遣うけど。いいモチベーションになって、カメラマンの助手バイトは七月から続いてる。

 いつタカノリへの壁ドンを要求されてもいいように、ジム通いもちゃんとしてる。

 志摩さんともだんだん調子があってきた。休みの日にはデートへ行ったりもする。といっても、即売会の売り子に狩り出されてるのがほとんどだけど。まあ、いいんじゃないかな。

 志摩さんは、ボクだけの志摩さんだ。そう思わせてくれる。不安もない。安定してる。

 そう思っていたのに……それはボクだけの妄想だったみたいだ。

 バイト先の萌木さんが見せてくれたコスパの写真に見覚えのある顔とスタイルがあった。

 志摩さんだった。

 某ゲームの男子キャラに額をこつんと当てていて、ボクはひどく落胆した。志摩さんはコスパへ行くなんて一言も言わなかった。

 問いつめたら、逆切れされて、

「休みにわたしが何をしてようと勝手でしょ。文句があるなら別れてもいいのよ」

 その時点でボクはぼんやりつまみをいじっていた。

「ま、男の嫉妬は醜いものよね」

 鼻先を天井に向けて、いいわけする気配もないから、もう駄目だと思った。この娘は何を言っても無駄なんだな。

「かまって欲しいだけなら、そう言ったら? 要君!」

 要するに、ボクは飽きられたのだ。

 さようなら、志摩さん。

 ボクはつまみを押した。


 鮫島元子ルートに変えた。こちらは、タカノリに頼み込んで壁ドンしてもらわねばならなかった。なにしろ女子は壁ドンに夢があるらしい。ボクは単に、因縁つけられてるようにしか感じないんだけれども。

「この画像を進呈します。ひいてはおつき合いしてください」

 とメールしたら、即返事が来て。

「進藤くんは、タカくんと仲良くしていてよ」

 と、わからない返事が来た。そんな……。

「ボクは鮫島さんがいいんだ」

「お願い。夢を壊さないで」

 何の夢だよ?

「進藤くんは、総受けじゃなきゃいやなの」

 また、わからない単語が出てきた。

 仕方がない。がんばり損だ。ボーっとして休み時間をすごしていると、

「だから言ったじゃねえか」

 タカノリが缶コーヒーを一気飲みしながら言った。

「サメちゃんが見たいのは、既成事実のみなんだから」

 よ、とタカノリは身を乗り出してケータイで自撮りの構え。

 え? と思っていると、タカノリがきわどい角度で頬にキスしてきた。どうでもいいけど、焙煎したコーヒーの香りがした。

「何いまの」

 思わず頬をぐいっと拭った。

「いよっし、撮れた」

 のぞきこむとそこにはタカノリとのキスシーンとしか思えない一枚が撮られていた。

「なにすんだ、バカタカ!」

「おまえのケータイに送るから。もう一度サメちゃんにこれ見せてアタックしてみな。あと、自分はゲイだって言っとけ」

「それは嫌だけど」

 ボクのケータイに例の画像がメールに添付されて送られてきた。

 気は重かったけれど、これで彼女ができると思えば、やってみるしかないと思った。


「やっぱり! タカくんと進藤君はラブラブだったのね!」

「これはここだけの秘密にしておいて」

 ボクは他の人に見られないかびくびくしながら言った。

 鮫島さんは大きくうなずいて、目をキラキラさせた。

「進藤くん。わたしに力になれることがあったら、話してね。なんなら偽装結婚してあげてもいいよ!」

 は、はあ……。

 なんだよ偽装結婚て。

 ケータイの画像は効果てきめんだった。ボクのことをゲイだと思った鮫島さんは、やけに華やいだ空気をまとって、その日は一日中ボクとタカノリの方を見ていた。

「タカ、あれでほんとに大丈夫なの?」

「いんだよ。そんで、距離を詰めてから、女で好きになったのはキミだけだよって言って恋人の座を狙うんだ。それしかない」

「詐欺じゃないの、それ?」

「確かに詐欺の手口だが、おまえのサメちゃんへの想いが本物なら、そんなの関係ない」

「さあてねえ」

 いいのかよ。こういうのを喜ぶ女子って、一生幸せにはなれないよ? きっと。

 複雑だ……。ゲイだと思われて接近されるのって、精神的にくるものがある。だって、ゲイじゃないんだから。詐欺のつもりでもないんだから。ほんと、どうしたらいいんだろう。

 ボクはそっと鮫島さんの方を盗み見た。彼女は講義室の後ろの席からオペラグラスでこちらを見ていた。

 あいーたたた! たたっ! 熱視線が首筋に痛い! イタイってばあ!

 ボクはその場で鮫島さんに注意した。

「ごめん、やめてくれる? そういうの」

「そーいうのって、どーいうの?」

 視線をおろして、オペラグラスをぱちんと閉じた。

 わかってんじゃないか。

「あのね、進藤君」

 上から目線でこちらを俯瞰してくるんで、自然と顎が上向いてしまう。

「なに?」

「いいから、こっち来て」

 え? 何の用?

 タカノリがパリパリと頭をかいてそっぽを向いた。

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