第12話
その日からボクは水曜といわず、週三くらいでジムに通い出した。もちろんベンチプレス百回を達成するためだ。いけるかな? いやー……ちょっと。まだ無理だなあ。
シャワー室で汗を流していたら、タカノリがマッパで入ってきてちょっと困った。
「おい、タカ。ここ個室!」
声をかけたら、タカノリのやつはボクの胸筋をバシバシ叩いてきて涙ぐんだ。
「あたた。なにすんだよ」
抗議すると、タカノリは恨めしそうな目で睨み上げてきた。
「き、気持ちわりいな~~」
焦ったが、タカノリは個室を出て行って、なんだかうわーとかぎゃーとか叫んで顔を洗ったら出て行ってしまった。
「なんだよ。どうした?」
情緒不安定か?
前に動物園のチケットをくれたりした(なかったことになってるけれど)親友だ。力になれたらなとは思うけれど、相手がなにを考えているのかわからない。個人が明かそうとしない心の中身まではどうしようもないわけで。
でも、あいつはボクのことを心配していた。タカノリとも親友ではいたいボクとしては、そのへんの温度差を調節しなくてはいけない。いったいどうしたんだ。
ちょっとシャワー前に会っておくか。
タイムリープ!
タカノリがシャワー室の前をうろうろしている。
「おーい、タカ」
タカノリは真っ赤に上気した顔をタオルでぬぐいながらよそへ行ってしまった。
なんだ? 聞こえなかったのか。
スポーツ飲料でも買うか。
小銭を出していたら、後ろに人の気配を感じた。振り返ったらタカノリのやつがしょんぼりとしてそこにいた。
「あ、タカ。さっき呼んだの、気づかなかった?」
タカノリは黙っている。
飲料の取り出し口からペットボトルを取り出して、タカノリに渡す。
「何があったんだよ。話してみろって」
タカノリは男泣きしてボクの肩をつかんだ。
「せ、瀬名さんが、最近、見どころのある男を見つけたって噂してたから、たまんなくて」
「なあんだ、そんなことか……って、瀬名さんが?」
飛びつくように尋ねると、タカノリは顎でうなずく。
「はあ~~」
「なんか、お互い、一瞬の夢だったなあ……オレ、ショック」
って、ボクが瀬名奈津子ルートに変えたの、気づいてたのか。なんか、気まずい。
「ま、まあ。おまえには谷園さんという人がいるじゃないか」
「は? だれそれ。オレのことを密かに思ってる熱烈なファン?」
「なんでそこまで脚色できるんだ。一階のクリニックの人だよ」
「あ?」
「あ……」
そうか。今の時点でタカノリは捻挫してない! ていうことは?
「おお! 一階の? クリニックに? オレのことを? 好きな? 谷園さんという方が? いらっしゃる!?」
おあちゃー。やってしまったぞ。出逢ってもいない二人を結び付けてしまった。って、まだ結ばれてはいないけれど。
「萌木さやかはどーなんの?」
「う? な、なぜその名前を?」
「今年の梅雨明けに駅前で、ちょっと」
「なあんだ、ちょっとか……って、ふざけんな!」
「べつにふざけてはいないよ……そもそも瀬名奈津子を狙いながら、彼女とべたくたしてるおまえがおかしいよ」
「お? う? ど、どこまで知ってるんだ?」
「知らないよ。浮気男の性癖なんて」
「うおおおー!」
完全にタカノリはパニくってしまい、話にもならないから、先にシャワーを浴びた。スポーツ飲料は返してもらった。
「お先!」
「進藤~~おめーは冷たい!」
「はいはい、どーも」
ひらひらっと手を振って真夏のビル街に出る。
ああ、ここのところ蒸すなアと思っていたら、暑くなり始めた時期だったんだな。
「なんだよ、タカのやつ。心配させやがって」
まあ、いい情報くれたけど。
瀬名奈津子ルートは場合によっちゃなし、と。
タイムリープする前に、ドリンクをがぶ飲みした。こんなことしてると腹がたるむから。でもボクは平気。
タイムリープだ。ふふふのふ。
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