第13話

 体を鍛えるのはもう無駄だからジム通いパス。まっすぐ家に帰る日々が続いた。

 今は六月後半。駅にもいかない。うろつかない。

「ういっす! 進藤、またじめじめしてんのか? 部屋でキノコでも栽培してんのか」

 タカノリとは距離があいた気がするな。毎朝のように絡んで来るけど、ちょっとやり返しておくか。

「今年の夏は暑いぞ~~そんなに体鍛えて、暑苦しいのは嫌われるぜ~~」

「え、な、なんだよ。鍛えてるの、そんなにわかるのか? 参ったな~~」

 まんざらでもないって顔してる。後半聞いてないな。

「汗まみれだと、女の子にもてないぞー」

「おいおい。こう見えても女の子のツテなら……」

「ま、二股も三股も結構だけど、そのツラ鏡で見てみろって。あはは」

 タカノリは、顔面のパーツがずるんと汗で滑り落ちたみたいになっている。似合うじゃないの、三枚目も。いい気持ち。

「進藤、性格変わった?」

「前からこうだって」

「そうだったかー? 」

「ま、ジム通い頑張って」

「うーん……変だなー」

 変だなーって。

「そういや、おまえさー、ここんとこジムにこないじゃん。どした?」

「ああいや。おまえとは違う時間帯に行ってるんだよ」

「ふーん。なんで?」

「なんでって……言うのかよ」

「言わない気かよ」

「うーん。おまえと話したくないから?」

「なんだそれ」

「会えば女の話ばっかでさー。つまんないから?」

「じゃあ、キノコ栽培の話するか?」

「ホモホモしいから、やめろって」

「部屋でもやし生やしてんだろ」

「そういう暗い系にするなよ、ボクを」

「いやあ、おまえのイメージっていったら、陰気で後ろ向きで人見知りって感じだよ」

「陰気ではないよ。後二つはどうかしらないけど、陰気ではない」

「そうかあ? 笑ってるの見たことないぞ」

「だから、なんでおまえはボクの親友なの?」

「おまえはおとなしくて、行動範囲が狭くて、オレのテリトリー内で息をしてるから面倒みてやんないと」

「……どういうこと?」

「オレの棲み処でごちょごちょされると迷惑なんだよ」

「どういうこと?」

「おまえはオレの舎弟ってことよ」

「いつから!? ねえ、いつからおまえの舎弟になったの。ボク。いつから!?」

「知らねえよ。寝てるうちから」

「実にホモホモしいから、やめて!」

「けっ」

 けっ……か。まあしかたないな。思えばタカノリとのつきあいも長いし、応急処置をしておくか。

 タイムリープ……こっそり。


「ういっす! 進藤、またじめじめしてんのか? 部屋でキノコでも栽培してんのか」

「何言ってんだよ。タカはおもしろいなあ。あはは!」

「……なに?」

「なにって、なに?」

「おかしーなー。おまえそんな性格だったっけ?」

「……そうだよ?」

「タイム……」

 リープ? まさか! バレてないよな?

「なんてったっけか? タイム……そうそう。英語のタイムテーブル! 十一月から変わるって教授が言ってたから気をつけろよ」

「は……なにそれ」

 微妙に遠い話だな。

「まったくだよなー」

 タカノリは笑って行ってしまった。まあ、これでいいのだろう。ボクのなにそれは、気が抜けたなにそれだったけれども、タカノリは講義時間への抗議ととったらしい。

 まったくだよなー、って。かみ合わない会話ほど虚しいもんはないな。こういうとこ、ボクは後ろ向きかもしんない。

 ボクはでっかい溜息を朝からついた。タカノリが半身返してこっちをふり向いた。

 あ、いやー。フォローしたつもりなのに、マイナスイメージのとおりになっちゃうってどうなの?

 タイムリープ。


「ういっす! 進藤、またじめじめしてんのか? 部屋でキノコでも栽培してんのか」

「死ね! タカノリ」

「うはは! そうは問屋が卸さぬよ。くらえ! キャラメルクラッチ」

「どうどう!」

「もー、なにやってんの、男子はー」

 同じゼミの鮫島元子さめじまもとこが口を出してきた。

「サぁ~メちゃぁ~ん。オレらの痴態をおかずにしてしこしこ漫画描くのやめてね」

「げっ、なんであんたが知ってんのよー!」

「およ? ゼミじゃ有名よ。同じ高校出身の、ほら、なんとか風香ちゃんと組んでるんでしょ?」

「なんっであんたが知ってるよー?」

「風香ちゃんがカップリングでうまくいかないって、愚痴ってたからさー」

「えー? あの子が? なんでキャラのカップリングで部外者のあんたに愚痴るのー?」

「言いやすかったんじゃないの? タカノリ人当りいいし」

 ボクが言うと、なぜか鮫島さんは顔を赤くしてさっと横を向いた。

「女の友情なんて、そんなものよね」

 頬を膨らませて、まるで小動物みたいだ。かわいいな。……で、カップリングってなに?

「サメちゃんはな、男の友情はカップリング上等! ってなフジョシなんだよ」

 タカノリが声をひそめて言う。フジョシ? ああ、婦女子! 古い言い方すんなあ。要するにファッション関係の話だな!

「婦女子がどうした? いいじゃないかペアルックとか。女の子なんだし。かあいいの鮫島さん似合いそう」

「ちょ! ばか、そういうフジョシじゃねえつってんの! なんかもうカップリングの意味すら危ういな、おまえは」

 タカノリはルーズリーフにでっかく「腐」と書いて机に置いていった。

「くさる……?」

 なんなのこれ? あ、そうか!

「タカ、ボクも書けるよ。ほら!」

 ボクはルーズリーフの裏に「薔薇」と書いて教壇近くへ行ったタカノリに見せびらかした。

「あとね、醤油?」

「ばっか! 違う!」

 すごい勢いでタカノリはとって返してきて、前の席で頭を抱えた。

「何言ってんだ、タカノリ」

「おまえは意味がわかってねえつってんの!」

「馬鹿にするのはやめてくれ! ボクだって難しい漢字くらい書けるって言ってんだ!」

「だから、ちがうう~~」

 何がどう、違うの? 

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