第18話

「うわあ!」

 こんどはタカノリが捕まったらしい。

「いやー、絵になる。実に絵になるねえ。二人は友情を深めて雨降って地かたまるって感じかな。コンテスト用にひとつモデルになってくれないか?」

 タカノリは嫌そうにしているが、別に拒むでもなく。

「今の気持ちは? 一方的に殴られたそうだけど、それでも友達でいるってことは、なみなみならぬ感情が底にあるとみた!」

 うん、前者は美術部部長で後者は文芸部部長。

 たぶん、ゴシップに食いついてきたんだろうとは思うけど、タカノリが一向に反応しない。それでいいんだろう。ボクも無視することに決めた。

 そこで未来にタイムリープしておけばよかったんだろうけれど、次の日ボクは新聞部のえじきにされた。学年の教室の掲示板にいろいろ貼ってあった。

 こんなところに貼るなよ。でかでかと! 内々で済みそうだった喧嘩が、学校中のネタにされてしまって、顧問に呼び出された。

「ケンカはよくない。そもそもおまえはそういうやつじゃなかったろう」

 顧問は言ったが、そこはどうでもいいところで、肝心の部分はタカノリが職員センターへ入ってくるまでえんえん説教だった。

「県大会前だ。不祥事を起こしてくれるなよ」

 思えばそうだったなと思っていると、タカノリが入り口から入ってきて、上目遣いでこちらをうかがうように見た。

「……すみませんでした」

 事を荒立てまいと謝罪と反省の姿勢を見せた。なのにタカノリは言うのだ。

「子供のケンカに大人が口出すんですか?」

 被害者のいうことだから、普通の文句と少し違う。タカノリはボクを庇おうとしている。

「どんな理由であろうとも、ボクが浅薄で浅はかでした。以後気をつけます」

 せっかくボクがシリアス顔で言ったのに、タカノリは。

「こんなの、おふざけの延長ですよ。ね、センセ」

 タカノリは何を言ってる?

「この傷は名誉の負傷ってやつで、一方的な暴力でも、ましてやいじめなんかではありませんよ」

 そんな、詭弁だ!

「それじゃあ、親御さんにどういえばいい?」

「青春の一ページとでも」

 ボクは吹いてしまった。いくらなんでも、美化しすぎだろ。

「それに、美術部部長に二人でモデルになってくれって頼まれてるんです。停学とかになったら、困る人が大勢います」

 それは無謀な突進に近い。ボクは再度頭を下げた。

「ボクは、友人に暴力をふるいました。仲間にも申し訳ないと思ってます。ボクは今日限りで部活をやめます」

「おい、進藤」

 タカノリが庇おうとしてくれたのを無駄にしてしまうけれど、本来、そうすべきなんだ。ボクはあの日の失態を憶えている。

 県大会、タカノリが試合でマークされ続けて、そこへボクにパスをしたのに、ボクはゴール前でマネジャーの方に注意がいってしまって、逆転負けしたんだ。

 あんなことになるくらいなら、サッカーなんて今のうちにやめておけ。それが、誰のためにもいいんだ。ボクはボクに言い聞かす。

「退部届は出さなくていい」

 顧問の気づかいが、重たかった。

 だから、タイムリープした。


 あの日あの時の自分は、本当に最低だったと思う。だから。

「オレマネジャーとキスしたぜ。迫ったらいちころだった」

 やり直そうと思ったけれど、やっぱり拳が出た。

 更衣室のロッカーにガタがきた。

「本当か?」

 いままで誰も確認もしなかったことを尋ねた。

「だったら?」

 余裕しゃくしゃくのタカノリ。ボクはうなだれて言った。

「ボク、マネジャーのこと」

「ふーん、そっか。ならよかったじゃん。告白してみれば?」

 その言葉に慌ててボクは顔を上げた。

「キスは嘘。迫ったのは本当だけど、ありゃあ、どこもかしこもヴァージンだ」

 ボクの胸に電気が走った。

「人当りいいから、楽勝かと思ってたけど、好きなやつに操立ててるって。古風だよな」

 ボクはいろいろな情報がいっぺんに改ざんされたためにショックで口がきけなくなった。

 結局、マネジャーに告白はしなかった。

 だが、ボクとタカノリは県大会で優勝し、ゴールデンコンビの名をほしいままにした。

 タイムリープしてよかった!


「要、マジ? やった!」

 興奮するタカノリを落ち着かせて、ボクは彼の隣に座る。向き合って座ると、うどんの汁が飛んでくるからな。

「萌木さやか、くれるの? ねえ、おい! ほんと?」

 背中をバンバン叩いてくる。

 あれからボクはタカノリへの認識を改め、全てのルートにおいて、彼女以外の女性全部を譲ることにした。

「カードトレードみたいにいうなよ。おまえ次第だってこと。忘れんな」

 親子どんぶりをかっこむと、舌が焼けた。あち。

 って、なんでボクは食堂といえばどんぶりばかり食べているのだろう。タカノリもいつもうどんだ。

「ありがとな! 要、きっと礼はするから!」

 今まで見たことのない笑顔でタカノリが言うから、ちょっとどきっとした。

 高校の時のマネジャーの一件か、それとも県大会優勝の一件からか、タカノリはボクを下の名前で呼ぶようになっていた。まずいなと思う。

 子供のころからそんな奴はいなかった。にやける。

「ま、なんにしろ、萌木ルートは苦労するから」

「あ? ルートってなに?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る