第34話

 ボクは目を疑った。そのビルをふりかえったのは、手前でおぼえのない道路工事が行われていたからだ。なにかがおかしい。そう思ったのは杞憂ではなかった。

 たったさっき、出てきたばかりのボロいアパートが、五階建てのビルに変わっていたのだ。

 おい。

 おいおいおいおい。

 ボクは左腕のGショックを見た。普通のGショックだった。

 なにしてくれちゃってんの? オオアマノシズメさん!

 エントランスに飛び込むと、登録認証装置がペラペラとしゃべりだした。人間の気持ちがわからない機械だな!

 ボクはイライラとして蹴った。足が痛くなっただけだった。むこうずねを抱えていると、やはり彼女が言った。正確には、彼女の声だけがエントランスに響いた。

「ご苦労様。言ったでしょう。人の忠告はきくものだって。それとも言わなかったかしら?」

「返せよ、ボクの、Gショックを」

「時計としてはそちらの方が優秀よ。こんな改造品と違ってね」

「いつから?」

「は?」

「いつからボクのメカを狙ってたんだ?」

「ボクの、メカ?」

 笑いだしそうな声が降ってきた。

「生きたメカのおとうさまが、人工頭脳で作り上げた未来の機械ね。私が見てきた未来ではとっくに流行おくれの代物だった。でも――」

 ボクがさっき蹴った認証システムのモノリスが、彼女の陰影を浮かび上がらせた。

 ――魔女。どれだけの時を旅してきたのか、と聞くと。

「千年、と言いたいところだけど、そこまで頭脳がもたないわ。記憶と演算装置の理論を叩きこむので精いっぱいだった。私も古い人間だから」

 そこで、彼女は声を出して笑った。

「まあ、あまり目立つことをしてもしょうがないから、本宅は別にあるの。見に来る?」

 言ってみれば成金だ。脱税、強奪、なんでもしたわと美容形成の跡も見せない魔女が言った。

「鮫島さんは知っているのか?」

「ここにいるわよ」

 映像が変わった。どこで見かけたかもわからない美形が、鮫島さんの声を発した。

「これだから、タイムリープはやめられない!」

 得体の知れない虚像が、不気味な笑みを張りつかせていた。

 彼女たちの時間は変わった。もう、大学にも来ないそうだ。ならば、しなくてはならないことがある。ボクの時間はもともとの時間軸にある。

 そう、七月の、金曜日。X‐DAYはもうすぐ。

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