第3話
おう。谷園さんは押しに弱かったのか。次は間違えないぞ。
ここは例のクリニック。タカノリがデートに成功したなら、ボクだってチャンスはあったんだ。初対面だったんだから。いや、初対面こそが肝心だ!
「問診票を……」
「あ、ボク書きます。タカは利き腕やっちゃったから」
ずい、と半身を割り入れると問診票を受け取った。
「おい、おまえ、勝手に……」
タカノリは不満そうだ。だよな。爆乳先生だもんな。
くすっと笑って谷園さんはタカノリの座っている腰かけのそばに、大きく屈む。
「具合はどうですか? 痛むのですか?」
「あ、はい」
ボクは問診票の痛み、にマルをつけた。まあ、痛むんだろう。ダンベル落すくらいなんだから。
「箇所はどこですか?」
「手首です」
「右? 左?」
「右……」
右にマル、と。
くそ! いい雰囲気だ。デレデレのタカノリ。いいなあ。あいつ……。いいや、負けるか!
「谷園さん、お仕事は何時ごろ……」
ボクがこういったときだ。
「よかったら、デートしてください!」
タカノリがズバリ言ってのけた。
「え?」
谷園さんは頬を朱くして、動きを止めた。
「えっと。患者さんとそういうふうにはなりません」
うそだ。が、それは一週間後のこと。
ボクはタカノリよりはやく行動すればいい。
「こんどの休みはいつですか?」
「こ、個人情報、です」
いつぞや聞いたか、おぼえがあるセリフが返ってきた。すかさず、ボクは。
「……動物園に、いきませんか?」
「え――?」
彼女の瞳が輝いている。思いがけなかったんだろう。しかしボクは知っている。
「あ、オレ、動物園ならチケット持ってます」
タカノリが言った。ち、なんてあつかましいんだ。瀬名さんといい感じだったくせに、谷園さんを譲る気はないのかよ!
それ以上なにもアクションを起こせなかったボクだけれど、九時半にタカノリからメールがあって、なんと動物園のチケットを譲ってくれるという。わりかしイイヤツ。
でもいいのか? 返信すると、
「オレ、ふられちゃったみたいだからさ」
ラストの一文にプッと吹く。
「瀬名さんを映画にでも誘えよ。もうちょっとじゃね?」
「怪我したんだぞ? ジム通いはパス。それにベンチプレス百回は無理ゲーだろ」
「まあな。チケットはもらっておく。サンキューな」
返信。
うしし、とベッドで丸くなりながら、谷園さんの胸のふくらみを思い出す。スレンダーなスタイル抜群な瀬名さんと比べるわけではないが、あの遊んでなさそうなあどけない表情にあれはギャップで……いかん。鼻血でる。ティッシュティッシュ。
次の日曜日。
ニットのワンピースに華やかなビーズのネックレスと白い帽子をかぶった谷園さんはひどくかわいらしかった。女らしいシルエットにほっとするような穏やかな微笑み。好みだ!
「わたし、動物園好きなんです……仕事の疲れを動物たちが癒してくれて……」
うん。それはわかるな。看護師のお仕事、激務だもんね。
「進藤さんは、どうしてここを選んだんですか?」
「え? あ、いや。す、好きだから……」
こたえると、彼女は透き通るような笑みを浮かべた。
「わあ、気があいますね」
「うん……」
ちょっとそっけなさすぎたなんて思っていると、彼女はうつむいて話しだす。
「興味があるのは、胸だけですか?」
木陰でいつ手を握ろうかとチラチラ見ていたボクは、ひたすらぎっくん! ヤバい。たとえようもなく。
「そんなわけ、ないじゃないか!」
強く否定すると、彼女は誘うように目をつぶって顔を上げてきた。
え、ええー? デート初日でキス?
ちょっと驚いたけど、悪い娘じゃない。もらっちゃおう。うん、うん。
「よかった……男の人って、胸だけ見てるのかと思って……この胸のせいで、って……思ったから」
白状しよう、胸しか見てませんでした。こんなふうにいちいち心の中をのぞかれたりするのは悪いけど、苦手なんだ。
キスしてしまうと、あとは退屈な時間が過ぎてゆくだけ。
ボクは西日の中、彼女の乗ったタクシーを見送ってしまうと、腕時計を見た。
「タイム、リープ」
どきどきがなかったわけじゃないけど、ほとんどつまらなかったな。
彼女とデートは、まだちょっと早かった。お互いのことを知る時間がなさ過ぎたもんな。
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