第7話
「あは! 萌木君、体調悪いって? こないだインスタグラムに乗せてたジャンボアイスパフェ、本当に完食したの? なんでも経験とは言ったけど、そこまでしちゃ命の危険……」
カメラマンの先生はロマンスグレーのイケてなくもない頭をくしゃっとかきまぜて呟いた。ボクはスタジオの照明をどけてて下敷きになりかけた。先生はチラ、と見て、
「いやー、でも困るなあ。萌木君がいないとさ……」
ブツブツ言ってる。
「命の危険」
その言葉はボクの胸を突いた。
六月に各地の大災害で夏に延期になったヒーローショーに萌木さんは一人で行ったんだ。そしてあの逆さにしたマンゴーアイスが突き刺さったパフェを食べたのだ。ボクが半分食べてやらなかったから、多分一人で……。
しかし、事実は意に反してて。勝手に先生の端末機からのぞくと彼女のインスタに、見覚えのないパーティー会場ではしゃぐ彼女の姿があった。そして、その横にタカノリのコスプレ姿。萌木さんの肩を抱いてる。嫌な感覚がして、タカノリに問いただした。
「あのゲームキャラ、おまえだろ? なんで萌木さんに密着してるんだ」
返事はしばらくなかった。ソシャゲに夢中なのだろうか。邪魔にされてるんだろうか?
夜中になってケータイが鳴った。もう、寝る前だった。
「……おまえの言ってた萌木さやかちゃんな。前から狙ってたの。そしたらコスパのお誘いがあって、なかなかそそるよな~~キスしちゃった。きゃ」
「きゃ、じゃねえ! ぜったい、そこ止まりじゃねえだろ」
なんだよ、コスパって!
「萌木さん、体調悪かったんじゃないんですか? サボりなんてボクけーべつします」
ボクは萌木さんに電話した。確か前にタイムリープしたとき、登録したのは消えてたからうろ覚えで。
「なんでキミが、あたしのケータイ番号知ってるの!?」
驚かれた。ストーカーかと騒がれたんでバイトをやめた。社会的に抹殺されたんじゃたまらない。フォローは入れておいた。
「あなたのインスタ、師匠経由で見ました。あなたの肩を抱いてる男はボクの親友です。番号はそいつに聞きました。さようなら」
しかし、それならそれで「萌木ちゃあん、ボクもキスしたかったでちゅ」とタカノリにちゃかされて迷惑だったのでタイムリープした。けーべつしますの電話はやめておいた。
現在、萌木さやかはタカノリとつきあっているらしい。
そうならそうと、早く言ってくれ。ボクだって他につきあいたい女ぐらい、いる!
――と、思いつめてはみたけれど、瀬名奈津子も谷園ゆかりもタイムリープ前にだいたい攻略しちゃったから、興味は半減。前と同じことをする気にもなれない。なんだって女はコロリと落ちるんだ。一緒に飯を食ったくらいで。同じバイト先だったくらいで。勤務先に通い詰めたくらいで。デートに誘ったくらいで!
女なんて! ただのおもちゃだ。ただれてる。一見何事もない日常を送りながら、一時の接触を重ねて、そこに触れるだけで一切の情熱が終わる。なんて虚しい。
タイムリープしたおかげで、彼女らとの接触はなかったことになっているが、ボクの中では消えない。べたべたと墨をなすった足裏で踏みつけられたように心に残っていた。
どうして、どうして早く気づかなかったんだ。
もう、その時は来ていたというのに。
「ケーサツですか? 路地で女子高生が絡まれてます。場所はニの三の……」
この一手だけはボクの良心だ。
傍らに眠る萌木さんを起こさないように小声で話す。萌木さんはでっかいパフェを食べる前日には食事を抜くらしいので、昨夜は少し暴れてやったら昼間までぐったりしていた。
結局ヒーローショーもコスパも行かないことになったけれど、タカノリにどうこうされてる萌木さんを想像して喧嘩するのも、バイト先で顔をあわせるのも嫌だし気が重い。
もちろん、これはもう何回目かの告白+タイムリープを経て繰り返されたタイミングだ。
「萌木さん、今起きたらおごってあげるよ」
昼間の日差しをエメラルドグリーンのカーテン越しに浴びながら、彼女が寝ぼける。
「バイト代出たのいつだっけ……」
「こないだ。アイスの乗ったパフェ、ボク食べたいな」
「あ~~あたしもお~~」
まのびした声をだして、萌木さんは目をこすった。寝ぐせがついてるよ。かあいい。もう一回見よう。
タイムリープ。
「萌木さん、起きよう」
「いやあん。かなめきゅうん。さやかって呼んでえ」
ボクはさっきと反応が違うので、思わず笑った。
「今ならパフェおごるよ」
「バイト代……」
同じか。ボクはさっさと起きて服を着替えた。
「あん……」
なによ、と呟く彼女をおいてカップラーメンにお湯を注いだ。拾ってきた石で蓋を抑えると後ろに向かって尋ねた。
「ヒーローショーはまだ明日もやってるんでしょ?」
「土日だけね~~」
「今日が土曜だから、ジャンボパフェは明日にしようか?」
「ええ~~!? 今日のために、昨日から食事抜いてるのに~~」
「明日にしよう。明日」
「うふん。明日も一緒?」
「着替えが必要でしょ。それとも寝床も一緒する?」
冷たく言うと、気にしたふうでもなく、彼女はいっぺんボクのアパートから家に帰っていった。
その日のインスタにビアガーデンの画像がアップされ、またもタカノリが悪ふざけをして画面に紛れ込んでいるので、迷わず、
「タイムリープ」
あのさ、萌木さん。
「なんなの~~? 着替え取りに行かないと~~」
「さやかさん!」
「ひゃい!」
タカノリとボクと、どっちとつきあってるんだ!?
「……答えなくちゃだめ?」
指先をそろえて口元へもっていき、てれてれしていう。
「だめ」
場合によっちゃ貞操を疑う。
「ん~~金曜日に告白してくれたでしょ。彼とはその前からつきあってたから~~」
タイムリープ!
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