第25話

 そして土曜日の朝、マンションの北の駐輪所で放火があった。

「これどういうことなんだろうな」

 タカノリが重々しく息をつく。

「こりゃあ、デートどころじゃないぞ。おまえ、本業の方になにしたの?」

「何って、なにも! 早く帰ってくれとは言ったけど、根に持たれるようなことはしてないよ!」

「本格的に危ないから、ケーサツに届けよう」

 ボクにとっては今更だったけれど、今朝のことで危機感をおぼえたらしいタカノリが言った。

「ッと待った……これさ、おまえがうちに来たから近所が放火されたってこと?」

 ボクは口をぱくつかせた。それはそうだよ。でも言えなかった。

「だとしたら、ケーサツ行くのは考えものだよ? おまえ、大丈夫? ちゃんと説明できる? 神経衰弱とかなってない? 言われない?」

「大丈夫とは、言い切れない」

 まぶたからボトリと雫が落ちた。

 こんなふうに狙われて、親友にまで迷惑をかけるボクってなんなんだ。ボクが一体、何をした!?

「落ちつけよ。オレにできることはなんでもするけど、おまえはおまえで何かしなくちゃいけないんじゃねーの?」

 ボクがしなくちゃいけないこと……。

「まあ、さしあたって何もないとは言えないだろ? ここで時間稼ぎしていいから、考えろよ」

 ボクはお重を持ってタカノリのマンションを出た。

 駐輪所のあった場所とは正反対の、小さな公園近くの河原。

 橋の下ではひげもじゃの爺さんがいて、何かと話しかけてくるから少しなごんだ。

「爺さん、ボク、狙われてるんだ」

「ほう?」

 なにに? とは聞かれなかった。

「お願いだよ。爺さん、ボクどうしたらいいのかな?」

 爺さんは顎をひげのなかに埋めながら、考えるふりをした。答えが出ないのはわかりきってるから、そんなふりをしたんだろう。ボクはそう早合点して、その場を立ち去ろうとした。

「ちょっと待ちなさい」

 爺さんは言って、ブルーシートの張られた橋げたの下へもぐりこんだ。

「これをもっていきんさい」

 キタナイ茶封筒。ボクは困って、ただありがとうと言った。

 釣りもできない整えられた川の端で、ボクはお重を開けた。中は炊き込みご飯と煮物が入っていた。

「まだ、食べられるかな」

「置いていきんさい」

 どうして? やっと中身を確かめられたのに、と振り返ってみると、爺さんは首を横に振った。

「似合いになっておらなんだ」

 そこでやっとボクは思い至った。

 タカノリが家へあげてくれたわけ、それより前にタイムリープする前、ごみ収集場で目立ってしまったわけ。重たい荷物をやっとおろせた。

「このお重、あげるよ。早めに食べてね」

 うなずく爺さんに手を振って別れると、ポケットの茶封筒が乾いた音を立てた。中にはお札が何枚も入っていて、ボクは息を飲んだ。

 そのとき、地響きのような音がして、ボクは河原の上の土手までふっとばされ、目が回った。目ざめたときには、橋が黒焦げになっていて、爺さんのブルーシートが跡形もなくなっていた。そばの小さな畑には、夏の野菜がバーベキューになって転がっていた。

 あの親切な爺さんはもういない。ボクはタイムリープした。

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