第31話

 鮫島さんは構わずなにかの小さい封筒を出して、中から三枚のお札よろしく、折った便せんをとりだしてきた。

「一枚引いて」

「は?」

「いいから」

 手品かな?

 思ったけれど、手品より一枚上手だった。

「それが、あなたの気持ちよ」

 選んだ白い便せんを開く気には、まったくなれなかった。今までの鮫島さんじゃないみたいな迫力がこもってた。聞いたところでは『本物』の彼女に渡すように言われたらしい。

「わかったよ」

 そのままタカノリのいる席に戻ろうとした。

「あなたは後悔する!」

 びくっとしてふり返ると、鮫島さんの細い指先がこちらを向いている。それが便せんのことだと知って愕然としたんだ。

 仕方なくトイレに行ってこっそり開くと、そこには……。

『あの映画観るかどうかで悩むレベル』と記してあった。

「あの映画って何の映画?……いや、あってるけど。後悔もしてるけど」

 思わず素で呟いてしまう。誰もいないのが幸い。しかしなあ……。

 そういうレベルの悩みとか、普通人にきく? 放っておけって話でしょ。いや、マジで。なんつーか、名前を知らないあの方、どこかおかしいぞ?

 鮫島さんも鮫島さんだよ。多かれ少なかれ、こういう悩みは暮らしてる中で誰しもちらちらと抱くものだよ。それを当てずっぽうでさ……。

 講堂に戻ったら、タカノリはさっきのままの姿勢で、ボクが近づくと顔を見て言った。

「悩んでるのか?」

 タカノリまで鮫島さんの回し者の気がしてきた。

「いや、悩んでることは悩んでるよ。けど、人にいうことじゃないな……」

「そうか。健闘を祈る」

「ん」

 聞き流したけれど、後から考えたら、タカノリのこの言葉はボクの人生全てにかかる重要な一言だったんだよな……。

 

 七月、金曜日。

 ボクは鮫島さんにとある商業施設につれていかれ、おみくじを引いた。

「うーん、末吉。そこそこか」

「ねえねえ。私思うの」

 思うの、なんていうキャラだったんだなあ、鮫島さん……。

「大吉と大凶はもう運勢マックスでいいか悪いかだけど、小吉、吉、末吉って悩むところだと思わない?」

 思わないよ。なんでも中間のほうがいいに決まってるもんね――とは言わない。

「そ、そうだねえ。悩みどこだよねえ」

「内容もそこそこだし、こういうときほど、運命の手ほどきが必要じゃない?」

 えー?

「運命のてほどきってなに?」

「まあまあ、ついてくればわかるから」

 そのままアミューズメント・パークへ入って、コンピューター式の占い館に入った。

 運命の手ほどきねえ。女の子って……。

「相性結果は――!?」

「きゅうじゅーきゅうてんきゅうきゅうパーセント!?」

「すっごーい! やっぱりだよお! 進藤君、キミはBLの星だよ!」

「はい?」

 わけは……聞かないほうがいいのかな、この場合。

「宮さま神様仏様。今この時の至福をあなたに捧げます。B! L! B! L!」

 鮫島さん、なんかキまっちゃってる。

「相性占いかなんかだったんだよね?」

 ちなみにBLに関するボクの知識はそれなりに深かった。タイムリープ前に志摩さんに植えつけられていたのだ!

「うん。私がタカくんの情報入力したから、タカくんと進藤君はラブラブ真っ最中――って、あれ?」

 あれ? じゃないよ。ボクは診断結果を破り捨てようとした。

「まってまって、これは必要なの!」

「そ、そう?」

 なにがどう、必要なんだか。

 それからパークの出口に向かうと、鮫島さんはスタッフにそれを手渡した。

 ん?

「ご来店誠にありがとうございました」

 スタッフはご丁寧に頭を下げるけど、あれ?

「あれはあげちゃうもんなの? ほら、必要なんでしょ?」

 鮫島さんは胸のところで手を組み合わせている。世にも幸せそうで、よっぽど結果がよかったんだろうなあ……っていう顔だった。

 そのときファンファーレが鳴った。

 表の看板にきゅうじゅうきゅうてんきゅうきゅうパーセントの相性結果がでかでかと表示されており、そこにタカはーとカナメって書いて……あった。

 おこ。

 ていうか、頭痛い。なにこれ。

 文句を言いたいけれど、周囲のカップルが羨望のまなざしでボクたちの診断結果を見て、次々と館に飛び込んでいくからね! 怒れないし……!

「こんなのさらし者じゃないか」

「公開処刑ともいうわね」

 もう、わね、とか言わないで! と思って振り返ると、れいの女幹部がいて。鮫島さんがまっすぐ腕を伸ばして駆け寄っていった。ひし! と抱き合う百合百合しい二人。ああ、あの人ここのスタッフさんだったんだ。へえ。

 二人とも美人だし、これはもうけ。一度で二度おいしい。いや。

「これはどういうことなのかなあ? 鮫島さん!」

「ひゃああ。違うの。まだ、これからなの!」

「なにが、これからだ。ボク帰るよ」

「帰るというならば、とめはしないわ。ぼうやには刺激が強いからね」

 女幹部が言う。なんの世界に連れ込まれようとしてるんだ、ボクは。

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