第32話

「「きゅうじゅうきゅうてんきゅうきゅうパーセントの果てにある本物のパートナー。名付けて、れいてんれいいちの君。わかっているのに惹かれてしまう。本物の愛ってなあに? それは、相性なんかでははかれないもの」」

 二人がハモるのをほけっとして聞いてなくちゃいけなかったボクはナチュラルに聞き返してしまう。

「え? じゃあ、なんでボクたちはこんな茶番を演じたの? 演じなくっちゃあいけなかったの?」

「それはね……あなたに、運命にあらがう気概があるか、試したのよ」

 また、のよ、だ……いい加減時代錯誤なんだよなあ。

 腕組みして突っ立ってると、憂鬱なボクに、鮫島さんは詰め寄ってきた。

「あなたにはタカくんという最高の相手がいる! 安全パイはもう用意されてるの! 次のドアを開かない?」

 そんな変な言い方されても、乗り気にならない。あと、まなざしでハートマーク送ってくるのはやめて。鮫島さんの魂胆は電光表示に既に出てるからね。

「どうせね。ボク総受けなんでしょ?」

 瞬間、鮫島さんと女幹部がぐっと拳を握るのが嫌だった。

「拗ねてる! かわいい!」

「でしょでしょー? テニプリのキャラ診断でもそうだったのよー。あとねあとね!」

 いつの間に、そんなことをいろいろされていたんだボクは。

「こんなことをされて、いろいろもてあそばれたという今になって言うけれど。私のいうことをよく聞いて……あなたにはいま、運を引きよせる強い力がある」

 女幹部が濃い顔を近づけてくる。

「いりません、いりませんそういうの!」

 ボク、占い大っ嫌いなんで! 今から!

「これは占いなんかじゃないのよ?」

 だからのよ、って……。

「霊視はばかにならないのよ? 気力体力、知力もたーっぷりかかる、エネルギーの波動が……」

 あ、もういいですいいです。

「わかりましたから。やめましょ」

「わかったって、アナタになにがわかるっていうのよ!」

「心霊商法でしょ。わかってますよ。お金、とるんでしょ?」

「あらやだ、この子。友達の友達からお金なんてとるはずないじゃない」

「そんなこと言って、うまいことだます気だ」

「まあ、その気になったらいくらでもつけ込む隙はありそうだけど、アナタって」

 うぐう。否定できない。鮫島さんがおもしろそうにこちらを見ている。こっちは吐き気がしそうだっていうのに!

「とにかくね、ボクはそういうの嫌いなんだ。だいたい、あんた何者なんだ。こないだから」

「あら? なにも話していないの? 鮫島」

「だって、どんな反応していいかわかんないっていう、進藤くん、かわいいからあ」

「それじゃ、しょうがない反応だわ。進藤さん。わたくしこういうものです」

 すっと腰から体を折り曲げて、名刺を出してきた。むずかしい漢字で読めなかった。

「えっと、なんて読めば?」

 いいの……かな? タイテンチンニョ?

「おおあまのしずめです」

「オオアマノシズメさん……ご職業が心霊セラピストってなってるけど」

「と言っても、バイトだけどね」

 バイトなのかよ!

 バリバリ心霊商法じゃないかって気になるんだけどね。

「バリバリではないわよ?」

 んっ!?

「そりゃあ、金持ちのババアとかだったら、高い『金運向上なんとやら』を売りつけたって心は痛まないけれど」

 今なんか、心を読まれた気がする……。

「気だけじゃないわよ」

 寒気がすごくする!

「シベリア気候に放りこまれたような顔をして。大丈夫、私はアフターケアも充実させてるから。痛くないから」

「歯医者か!」

 もう充分、心が痛いよ! そんな、しなしなッとした指先で頬っぺたを突っつかないでくれよ!

「まあ、お友達料金でロハにする約束だから、私も少しは楽しませてもらいたいんだけど」

 どーいうふうに!?

「馬鹿正直なお顔」

 でしょでしょーっと、またも鮫島さんがノッテくる。もう、いい加減にしてよ!

「そうね。これくらいにしてと。場所を変えてお話いたしましょうか。鮫島、なんか飲みたい」

「ロイヤルミルクティー買ってくるー」

「悪いわね」

 わね、っていつの時代の人なんだこのひとは。

「私の口調にいちいち反応しない。お客さんの層に合わせてるだけよ」

 また心を読まれた……。

 オオアマノシズメさんは鼻先で笑って、わかってる、というそぶりをした。もうボクはそれだけで、蛇に睨まれたカエル状態だった。


「時が――すべてを解決してくれるわ」

 暗いアパートの薄汚い個室でオオアマノシズメさんは言った。

「それと、恋愛は受け身がいいわよ。アナタあれこれ考えすぎるから」

 考えすぎるから、って。決めつけてくれるよなあ。

「あとは、そうね……ようやく周囲の誤解がとけそう、かな?」

 なんなんだ、その疑問符。

 だいたいにおいて、アドバイスというのが、えらくバランスが悪い。言葉尻みたいなのがぜんぜん心にしっくりこない。五里霧中というのか、一寸先は闇というべきか。いっそう迷いの道に放りこまれるかのようだ。

 うろうろと、うろうろと。うろ路をさまようがごとく。

 まあ、信じてないからいいが。彼女の口調がうっとおしいのとその助言がいちいちうるさく感じるので、この人の暮らしぶりにまで文句を言いたくなる。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、というやつ。

 なにこのちりちりに破けた壁紙! それと、理科実験室か視聴覚ルームみたいな闇色のカーテン。重たい空気に本物の重力を感じる! 子供時代の隠れ家といったら少々聞こえがよくなるだろうか。全体的に、ちゃちい。高校生が文化祭で作ったお化け屋敷かと思う。

 はあ。溜息を大きく一つ。こんなのに時間を使いたくないのになあ。まあ、どうせタイムリープするだろうから、余興だと思って聞くふりくらいはするかなあ。無駄だけど。

「年上の異性か、お見合いと縁がある」

 だからなんで言い切る。そういうマニュアルでもあるのか? 絶対、ハッタリだよ。ハッタリきかせるマニュアルだね!

「うーん。いろいろ内面が乱れがちだから、ここでひとつ、カード占いでもしとく?」

 うすら笑みが浮かんだ。

「心霊とかセラピーとか言っても、しょせんは『占い』なんだ? じゃあ、気に留めておく必要はないね?」

「やめておきなさい」

 ?

「な、なにを? なにをやめておけって?」

「時計を、外して。ゆっくり横に置いて」

 時計って、腕時計?

「嫌な感じがすごくするわ」

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