第10話

 ボクは渾身のプロポーズを+タイムリープでし続けたが、返事ははかばかしくなかった。

 なにがよくないんだろう? 胸のことは言わないほうがいいのかな。

 それとも。

 もうちょっと、デートを重ねてからにしようかな。

 ボクも大学二年にして籍を入れたいと思うような人には、なかなか出逢えないし。

 デートの帰り道で、ボクは谷園さんに聞かれた。

「どうして、名前を呼んでくれないの?」

 ぐびりと喉が鳴ってしまった。それは、時間を旅する者のさだめなのだ! いつ深い仲になっても、再び会うときはそうでないかもしれないからだ。

「進藤さん、よそよそしい」

 そっ、

「それはキミもだろ!? ボクの事下の名前で呼んだことないにゃないか!」

 噛んだ……必死で隠そうとして。萌えキャラみたいになってしまった。

「そういえば、そうですね……くす」

 そのとき、この娘のやわらかな心に、自分はどう映っているんだろうって、初めて真剣に思った。

「ま、まあ、さ……ボクはいいんだよ。どう呼ばれても。いつでもやり直せる距離にいたほうが、お互い気が楽じゃない」

「いつでもやり直せる……?」

 あ! つい本音が出た!

「なんだ……いつでも別れる気なわけじゃないんだ」

 谷園さんが涙を浮かべて微笑むから、どきっとした。

 場所は彼女の寮の前まで来ていた。

「じゃあ、ここで……」

「まって! 進藤さん」

「……好きだよ」

 あの娘には言ったことのない言葉。どうしてか、彼女のためには言ってあげなくちゃいけない言葉。

 夜風が火照った頭を冷やしてく。

 彼女が何かを待つようにこちらを見ている。

 く・ち・づ・け。

 正直したいとは思わなかった。面倒くさい。もう、こうなればボランティアだ。

 腕の中で彼女はささやいた。

「お茶を飲んでいって……?」

「……いいの?」

 無表情で尋ね返すと、彼女はぎゅっと手を握って、

「もちろん」

 と言った。彼女にしては積極的な方だ。断る手もない。そして……。

 なぜか翌朝、プロポーズに失敗してるんだよな。

 なんでだ。ボクそんなに下手なのか? なぜか本気にしてくれない。

 豆腐と万能ねぎの味噌汁を見つめながら思う。ボク、なんだか気を遣うのに疲れてる。大丈夫かな。この子で、あってるのかな。

 ご飯はおいしいけれど、慣れてみるとこれはこれで普通だな。こう、温かくて胃の腑に沁みるような日本食。さっぱりして、あっさりして、ごてごてしてなくて。サイコーだなって思うけど。理想は理想なんだよなあ。

 彼女はボクとは違う。あたりまえだけど、そう、はっきり悟った。合計何回デートしたかわからないけれど、ボクはこれまで彼女に言うべきことを言ってこなかった気がする。

「ボク、アフリカへ行きたいんだ」

「え?」

 彼女は振り返る。ペンギンショーが終わりに近づくころ。ボクは続けた。

「森林植樹、して来たい。人が絶対、自然にできないことで、やらなくちゃいけないことだと思うんだ」

 溺れかけたペンギンの子供を見るみたいに、谷園さんは不安げに目を揺らめかせた。

「それには大学在学中に、金を貯めなくちゃいけなくて。親に頼るのも変だし」

 そこまで言ったら、なぜか谷園さんは抱き着いてきて。止めても眉間にしわを寄せたっきりだ。

「どうしたの?」

「……ううん」


 事前に痛い注射をしてもらって、ようやくアフリカくんだりまで来たが。

 やっぱり、ひろびろとなんにもないところなんだな。

 植樹にたずさわって、いつ届くかわからない絵葉書を出して、日本へ帰ってきたら。

 空港で谷園さんがベビーカーを抱えて出迎えてくれた。

 ど、どういうことだ!? それに、隣りにいるのは……タカノリじゃないか!

「子供……だれの」

 ぽっと頬染めて谷園さんは、もう谷園でなくなったんだと告げた。

 そ、そんな~~。

 タイムリープだ、そんなのなしだ~~!

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