第28話

 続けざまに発射されるキャノン砲を回避しながら、僕はコンテナの間を駆けまわる。

 途中、空き缶に足を取られて転びかけたが、なんとか体勢を立て直す。

 必死な僕とは対照的に、未来は余裕を感じさせていた。僕をいざなうように、妖し気な言葉を発している。僕が、『僕を殺せ』と命令したことに準拠しているのは間違いない。


 振り返って見てみれば、近所の研究開発棟のランプが後光のように差し、未来の姿を浮かび上がらせていた。それは冷たい、無機質な影。僕は悲鳴を上げそうになるのを、なんとか堪えた。

 数発目のキャノン砲の爆風にふっ飛ばされつつ――四肢が無事だったのは奇跡だ――、朋美が待機している地点まで十メートルに迫った。

 目測で、あと七メートル、五メートル、三メートル、今だ!


 僕は思いっきり右側に跳ぶ。未来の右腕が、その先端で僕を追尾する。その反対側、三メートル近い高さから、朋美が宙に舞った。


「はあああああああ!!」


 ガツン、と鈍い打撃音がした。朋美は鉄パイプを握って飛び降りたのだ。未来の頭部を狙って。僕はそばの、一際頑丈そうなコンテナに隠れ、様子を窺った。


 未来は片膝をつく姿勢で静止していた。左腕、すなわち機関銃の腕で頭部を守っている。しかし、朋美は距離を取ろうとはしなかった。遠距離武器を惜しげもなく使ってくる未来を相手に、距離を取ろうというのは愚行だ。数回の戦闘で、朋美は未来と戦う上での経験値を得ていたらしい。


「ふっ! はっ! とっ!」


 気合を込めて、朋美は未来に連続した殴打を見舞った。未来はなんとか左腕一本で防御する。しかし、徐々に未来は防戦一方になっていく。右腕のキャノン砲を温存しておきたいのだろう。

 やがて、未来の左腕が火を噴いた。発砲ではない。機関銃の火薬が炸裂したのだ。


「くっ!」


 流石にこれには、朋美もバックステップする。未来の左腕は、今や節くれだった木の枝のようになっており、あらぬ方向に捻じ曲がっていた。それも、何ヶ所も。これでは機関銃が使えるわけがない。


 その隙を狙って、朋美は勢いよく未来の顔面に鉄パイプで刺突を繰り出した。しかし、未来は首を傾げる挙動でこれを回避、体勢を崩した朋美の顔面に、右腕の鉄拳を叩き込んだ。


「ぶふっ!」


 この雨の中でも見えた。朋美の鼻血が宙を舞うのが。空中で回転し、なんとか着地する朋美。だが、体勢は逆転していた。鉄パイプを手放してしまった朋美。両膝をついた彼女に向かい、キャノン砲を突きつける未来。キュイイイン、とエネルギーが充填されていくが、朋美は動かない。否、動けない。脳震盪でも起こしたのだろうか。

 

 今まさに、朋美が殺されそうになっている。それだけは防がなければ。


「止めろおおおおおおお!!」


 僕は武器も持たずに飛び出した。


《お、おい! 寛、出るんじゃねえ!》


 先輩の声は無視。僕はひたすらに、無我夢中で未来に突進した。途中で未来がこちらに気づき、砲口をこちらに向ける。が、そんなことに頓着してはいられない。朋美を助け、未来のキャノン砲を潰さなければ。


 僕は肩を突き出し、タックルまがいの体当たりを喰らわせるつもりだった。しかし、こんな時に限って、


「ぐわ!」


 すっ転んだ。ものの見事に。

 雨で滑って一回転し、スライディングの要領で突っ込んでいく。僕は慌てて立ち上がろうと、足を曲げ伸ばししたが、そんな挙動で立ち上がることなどできない。撃たれる――!


 しかし、僕の動きは未来には予想がつかなかったらしい。ちょうど足元に滑り込む姿勢で、がむしゃらに足を振り回す僕。すると、未来の肘を蹴り上げる形になった。ドオッ、という発射音が鼓膜を圧迫する。が、狙いは大きく逸れている。キャノン砲の光弾は、僕たちの頭上で音もなく四散した。


「寛ッ!」


 気がついたのか、朋美はすぐに跳びかかってきた。手近なところに武器がなかったのだろう、僕同様にがむしゃらに掴みかかる。一気に未来を押し倒し、右腕に自分の両腕を絡ませ、何度も地面に叩きつける。柔術の要領だ。未来は腕を基本形態に戻し、朋美を掴み返そうとしたが、部品が上手くかみ合わなくなってしまったらしい。

 未来の右腕に打撃を与え続ける朋美。しかし未来は、まだ反撃を試みた。頭突きだ。朋美は辛うじてこれを回避。しかし、その隙に僕が放られてしまった。勢いよく、コンテナに背を打ちつける。


「がはッ!?」


 肺の空気が強制的に吐き出され、身体の背面全体に激痛が走る。刺々しくはない、鈍痛だ。しかし、僕を一定時間動けなくするだけの威力は十二分にあった。

 見れば、朋美の身体の下で、未来は自分の足を屈伸運動のように曲げていた。そして、朋美が『しまった!』という顔をした直後、未来は足をピンと伸ばして朋美を蹴飛ばした。

 蹴り飛ばされる朋美。僕は助けに行ける状態ではなく、朋美はそのまま地面に叩きつけられた。


「うっ……」


 腹部へ蹴りを入れられたこともあって、朋美には想像以上のダメージが及んでいるようだ。キャノン砲を使うまでもない。そう判断したのか、未来はずんずんと歩を進めていく。僕の目の前を横切って。僕程度の戦闘力しか持たない者は、いつでも始末できると判断したのだろう。

 激痛で身体の自由が利かない。なんて情けないのだろう。朋美が危機に瀕しているというのに。

 荒い呼吸をしながら、僕は唇を噛みしめた。そんな僕の視界が、ぱっと明るくなった。


「何……?」


 何かが空中からゆっくりと降りてくる。それが、真っ白い光を帯びているのだ。あれは、照明弾……?

 一瞬、僕たち三人の視界が奪われる。


《二人共、その場で伏せろ!!》


 先輩が、ヘッドフォン越しに絶叫する。今の照明弾は、未来の足を止めるため、装甲車から発射されたものだろう。


 そう思った時には、僕は自然に動いていた。まさにその直後、ズドドドドドドドッ、と、嵐の真っただ中に放り込まれたかのような轟音が響き渡った。装甲車に搭載されている機関砲の音だ。先輩の待機場所はまだ先だったはずだが、来てくれたということだろうか? しかし、まだ未来のキャノン砲を破壊していない。装甲車の中にいても、その場に危険が及ぶ。


 未来の気を引くためか、先輩はコンテナを一直線に横切るように銃撃した。すると、ガタッ、と未来の身体が傾いた。当たったのだ。出血が見られるが、それほどでもない。それよりも、破損した腰部からの火花が青白く散った。手持ち花火のように。


 それでも、未来は右腕を即座に装甲車が潜んでいる方へ向けた。コンテナに囲まれた、小さな丘の方だ。最大の脅威はそちらにあると判断したらしい。


「先輩、逃げてください! 今、未来が――」


 と言い終える前に、ブロロロロロロロ、という重低音と共に、地面が揺れる。そして、フロントライトをいっぱいに展開した装甲車が丘を下ってきた。

 まさか、このまま未来に装甲車ごと体当たりするつもりなのか!?


 未来は両膝を地面につきながら、キャノン砲を展開する。カシャカシャという音には濁音が混じり、しかしキャノン砲そのものは無傷であるようだ。このままでは、キャノン砲が装甲車の真正面から激突する。コンテナを貫通するだけの光弾だ。装甲車も前部の操縦席は潰されてしまうだろう。そうなっては、先輩の命はない。


 キュイイイン、という音と共に、チャージ中の光弾に雨が当たって湯気が上がる。すごい高熱なのだろう。先輩、どうにか避けてくれ。

 そしてキャノン砲は、誰に妨害されることもなく発射された。ドオッ、という音が耳朶を撃つ。光弾は一瞬で僕の視界を横切り、装甲車に直撃した。爆発音に混じって、ガオン、という音がする。獣の断末魔の咆哮を連想させた。


「き、鬼山先輩……!」


 しかし、装甲車は思いがけない軌道を描いた。キャノン砲を喰らう直前、先輩は急ブレーキをかけていたのだ。すると、装甲車の残骸は大きく縦に回転しながらこっちに吹っ飛んできた。

 あまりにも長く感じられた数秒間の後、未来の頭上から、装甲車が降ってきた。腰部の損傷があったためか、未来は回避できない。


 再び僕を正気に戻したのは、今日一番の轟音だった。ドオン、という装甲車の落下音に、グシャリ、と何かが潰される金属音。


「先輩……」

「寛、だい、じょうぶ……?」


 腹部を押さえながら、朋美が近づいてくる。僕はその後方、装甲車とコンテナ、それに恐らくは未来が折り重なった現場を見つめた。


「僕は大丈夫。でも、先輩が……!」

「まさか、あのまま未来に突撃したの?」

「そう見えたよ」


 すると朋美は、ヘッドフォンを装着し直してから怒鳴り始めた。


「ちょっと、鬼山くん! 大丈夫? 死んでないわよね! 応答して!」


 その必死の形相に、僕もまた喚き始めた。


「先輩、大丈夫ですか!? 生きてたら返事してください!」


 しかし、ヘッドフォンから聞こえてくるのは、無機質な砂嵐のような雑音だけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る