第27話
「雨が降ってきたな」
装甲車で走ることしばし。先輩がそう呟いたのを機に、僕と朋美は先輩に説明を求めた。
まずは、どうして先輩がここにいるのか、だ。
「寛、お前のスマホ、開いてみな」
「え? ああ、はい」
そこには、見たことのないアイコンが表示されていた。地図のような模様だが。
「何ですか? これ」
「山登りの時、GPSのバッジ付けていったんだろ?」
「はい」
「同じ原理だ。俺のスマホからお前のスマホに、位置探知用のアプリを送り込んだんだ。今日、お前と朋美が出席してないところからして、怪しいと思ったんだよ。何かしらのトラブルに巻き込まれたんじゃねえか、ってな。だからどこにいるのか探るのに、勝手にインストールさせてもらった」
僕は額から新しい汗が滲むのを感じた。
「それって、皆にバレるんじゃ……」
「バレねえよ」
ざっくばらんに否定する先輩。
「室井祐妃――知ってるか? 生徒会副会長。俺の右腕だな。そいつにずっと前から、『当局の目を誤魔化してデータの遣り取りは可能か?』って迫っていてな。昨日、ようやくその方法が見つかったんだ。俺には畑違いの話だけど」
「じゃあこの装甲車は? どこでかっぱらってきたの? どうやって運転してるの?」
朋美が責めるような口調で問いかける。
「人聞きの悪いこと言うなよ、朋美。俺は重工機操縦専属の特待生だぜ? こいつは授業で二、三回シュミレーションで操縦したことがある。それにこの装甲車は、練馬の陸自の駐屯地から借りてきたんだ。親父の権限を使って。これでもうちの家系、防衛省には随分と貸しがあるからな。人型ロボットの試作機を造ったり、とか」
そうか。ようやく合点がいった僕は、しかしはっとして身を乗り出した。
「未来に追いつかれたりしませんか!?」
「大丈夫だ。親父から聞き出したところだと、奴が全力で駆け出したとして、時速は五十キロ。今この装甲車は時速六十キロで走ってるから、振り切れるはずだ」
僕は自分の汗が、一気に全身から熱を奪っていくような気がした。緊張の糸が切れて、身体のたがが外れてしまったようだ。
「そろそろこっちからも質問させてもらうぞ、お二人さん。未来が狂ってるのは俺も直に見て確認した。だが、どうして奴が血迷ったのか、それが分からねえ。狂い始める直前に、何かなかったか?」
「何か、って……」
僕は言い淀んだが、答えは意外なほど簡単に出てきた。
「猫、ですかね」
「何だって?」
「だから、たぶん猫のせいだよ、鬼山! 猫が突然出てきて、未来に抱き着いたの!」
「マジか!?」
朋美と額をぶっつけるような勢いで、先輩はこちらに身を乗り出してきた。
「な、何よ!?」
「マズい。マズいマズいマズい!」
マズいを連発した後、先輩は顔を正面に戻して語り始めた。
「あのモデルの試作品には欠点があってな、それが猫アレルギーなんだよ!」
先輩はドンドンドン、と装甲車内の壁を叩いた。
「ど、どうなるんです? アレルギーを発症したら……」
「ぶっちゃけ分からん。だが、AIの内部でエラーが起きて、そのエラーが起こる三十秒前までに受けた命令を再確認し、完了していない命令を再実行するはずだ」
そうか。未来は僕が、『僕を殺せ』と命令したことに従おうとした。ただし、エラーが起こっていたから、両親にインプットされていたのであろう『桐山寛を護衛せよ』という命令をすっ飛ばしてしまったのだ。今はそう考えるしかない。
「それで、どうやって止めるのよ、あの未来を! 拳銃は通用しなかったみたいだけど」
「それが問題だ」
車内の鏡で、先輩が唇を湿らすのが見えた。
「俺に作戦がある。だが、実行にはお前ら二人の力が必要だ」
すっと息を吸ってから、先輩は鏡で僕と朋美に視線を合わせながらこう言った。
「陽動を頼む。最後は俺が、この装甲車の機関砲で仕留める」
そうして僕らは、先輩が適切と思ったフィールドに未来を追い込むことにした。
※
「作戦を説明するぞ」
装甲車を停車させた先輩は、後部キャビンに向かって地図を広げた。未来に気づかれないよう、灯りはつけていない。朋美が受け取った懐中電灯が頼りだ。
「俺たちがいるのはここ、国道の横の森林だ」
「あっ、ここって……」
先輩は僕の顔を見上げ、『気づいたか』と一言。
「そう、ガキの頃三人でよく遊んだよな。ここで未来を待ち伏せするんだ。地の利は俺たちにある」
「じゃあ、あたしと寛で未来を誘導するのね?」
朋美の決意のこもった声に、先輩はしっかりと頷いた。
「怖いのは奴の右腕、キャノン砲だ。朋美、お前の格闘戦術で、どうにか潰せないか?」
「やるしかないんでしょ」
朋美は立ち上がり、腕を組んだ。
「寛、お前は遮蔽物の間を走り回れ。奴の注意を逸らすんだ。そこで、朋美は隙を見て未来に跳びかかれ。キャノン砲、っていうか右腕をへし折るのは大変な力仕事だが」
すると朋美は『だから、やるしかないって言ってるじゃない』と一言。
「生憎、今の状況で奴を止められるのは、俺たち三人だけだ。守秘義務が発生しそうだからな。味方は最小限度の人数しか集められない。最悪、未来の存在がバレたとしたら、『日本の再軍備化』とか騒がれて、高校どころか日本の研究開発機関は大打撃を被るだろう。分かるな? 二人共」
こくこくと頷く僕と朋美。
「よし、作戦開始だ。寛、今俺たちは――」
「ここ、コンテナの積載所ですよね。小さい頃、よくかくれんぼをしてましたから、勝手は分かります」
「うむ。朋美は少し離れて、未来に奇襲を喰らわせろ。そしてキャノン砲を潰しつつ、この装甲車の射程に誘い込んでくれ。ざっと二百メートル以内といったところだ」
「りょーかい!」
「じゃ、作戦開始だな」
僕は複雑な心境だった。未来がロボットであるにせよ、僕を何度も救ってくれたことには変わりないのだ。その未来を、僕たちは殺そうと、いや、壊そうとしている。
未来に心や魂といったものはあるのだろうか? 僕たちは殺人への道を歩んでいるのではないか? これが、僕たちの正義か?
「ほれ、寛」
放り投げられたのは、ヘッドフォンだった。隣を見れば、朋美も同じものを着けている。
「こいつで連携を取りながら行くぞ。出動だ」
「……」
「さあ、寛。怖いのは分かるけど……」
「違うんだ」
心配で声をかけてくれた朋美に、しかし僕は首を左右に振った。
「未来は何度も僕を助けてくれた。なんとか壊さずに、元の未来に戻す手はないだろうか」
「無理だな、生憎だが」
振り返りもせず、先輩がぴしゃりと言い放った。
「あのモデルのロボットのアレルギーは、解決策が見つかっていない。だからまだ自衛隊に配備されていないんだ。未来は――残念だが、壊してしまうしかない」
それに、と続けて先輩は、
「今ここで奴を誘導できるのはお前だけだ、寛。俺や朋美は狙われていないからいいとしても、今逃げればお前が殺される。俺はそれを黙って見てはいられない。大事な後輩だからな。行くんだ、寛」
僕は、控え目に袖を引かれて外に導かれた。朋美だ。
「さあ、ちゃんとヘッドフォンを着けて」
「自分でできるよ」
手を差し伸べた朋美に、僕はそっと言い返した。『ならいいけど』と言って、朋美はストレッチを始める。パキパキと拳を鳴らし、数回屈伸をした。コンディションは悪くないようだ。
僕と朋美がハッチから外に出ると、豪雨であっという間にびしょぬれになった。
《寛、朋美、聞こえるか?》
「は、はい。大丈夫です」
ヘッドフォンは防水加工されているらしい。
《未来の現在地を教える。後は二人に任せるからな。頼んだぞ》
※
僕はコンテナの隙間を走った。研究機材や対象物が入れられていたのだろう、大小さまざまなコンテナがある。先輩の指示に従って、幹線道路沿いに出た。
すると、いた。未来だ。大まかな僕の居場所を理解しているのか、駆け足ではなく早歩き程度の速度で進んでくる。
未来が僕に気づいたのは直後。左腕を上げ、機関銃で僕を狙ってきた。防弾ベストを貫通する威力のある銃弾が放たれている。僕が慌てて頭を引っ込めると、ガンガンガンガン! という轟音が響き渡った。コンテナが貫通されないことに、心から感謝しよう。そう思った直後、キュイイイン、というチャージ音が耳に飛び込んできた。
「ぐっ!」
僕は慌てて腹這いになった。すると、今までで一番大きな衝撃が走り、地面が揺れ、向かいのコンテナが吹っ飛んだ。振り返ると、未来が再びキャノン砲をチャージするのが見える。
やっと気づいた。コンテナが貫通されているのだ。正直、ゾッとした。
チャージしながらも、未来は早歩きで近づいてくる。僕はジグザグに走りながら、朋美のいるポイントへ向かい、駆け出した。
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