茜、ましろの提案を受ける。

 黒い前髪を真一文字に切り揃えた女性の名はジゼル南武。

 悪役団体「ノーフューチャー」の首領だ。

 本名は南武なんぶ 夕夏ゆうか

 自分の母親である。


 ようやく、母親に一撃を見舞った。勝つことができたのだ。

 しかし、気が晴れない。


 父の代でようやく完成した、砕雲掌。

 それを、大河ましろが数週間でマスターしたのである。ピサロを相手に。

 その事実を受け、茜は戦慄した。

 

 大河ましろ、これほどとは。

 

「絶好調じゃないのん、茜ちゃん。お母さんも鼻高々だわん」

 フフン、とジゼル南武が鼻を鳴らす。

 

 相変わらずふざけた母親だ。

 べらぼうに強いクセに、子供のようなところが抜けない。


 正直、父の趣味を疑う。

 けれど、父は茜の目の前で死んだ。

 だから、母のどこを気に入ったのかなんて、もう聞けない。

 

 しかしこいつは、父が死んだときも、リングに上がっていたのである。

 こんな風に、観客に愛想をよくして。


「調子に乗らないでよ、母さん」

 茜にとっては、彼女を母と呼ぶことすらおぞましい。


「そんな怖い顔しないで、親子でしょお?」

 茜の前には、大勢の記者が、長机の前に鎮座して待ち構えていた。

 

 大河ましろが、急遽、記者会見を開きたいと言い出したのだ。

 長机には、既にましろが控えている。


 司会の挨拶が終わり、記者会見が開かれた。

「今回、長谷川茜さんと話し合いの場を設けたのは、試合会場を指定するためです」

 ましろが語り出した。

 

 茜はましろの方を向く。

 確か、決勝戦の会場は、ジゼル南武が押さえていたはずだ。


「いきなりこんなことを言って、すいません。でも、どうしても決着は、わたしたちにふさわしい場所を選ぶべきだ、と考えたんです」

 

「その会場というのは?」

 茜が聞く。

「現在撮影している『ホワイトティグリス』の、最終回です」


 背筋がぞくりと疼くのを、茜は感じた。

「……へえ」

 思わず、茜は口角を吊り上げそうになった。冷静になるよう努め、引っ込める。


 記者の一人が手を挙げた。

「収録現場で試合となると、タイムラグが生じますよ。リアルタイム配信がウリなのに、視聴者はお預けを喰らってしまいますが?」


 確かに、ティグリスの最終回で戦うのは妙案だと思う。

 共演者同士だし、ティグリスの成長も、試合のテーマだ。

 戦っている相手も、ティグリスの敵という設定である。

 しかし、リアルタイムで見てもらえないなら、意味がない。

 

「リアルタイム配信をしていただきます。ティグリスの最終回を」

 

 茜は黙って、ましろと記者の会話を聞いていた。

 

 自分より驚いていたのは、ジゼル南武だ。喜びを隠そうともしていない。


「いいでしょう。そのご要望、受けます」

 望むところだ。受けて立つ。

 どうせ勝つのは自分なのだから。


「いいでしょ? ジゼル南武?」

「当然」

 ジゼルも同意したことで、会見は終わった。


「あの、長谷川選手、ジゼル南武とのご関係は? 久々の対面と言うことで、何か会話はあったのでしょうか?」

 質問が飛んでくる。

 

「お答えすることは、ありません」

 問答無用で、茜はシャットアウトした。


「ジゼル社長、お顔を負傷されているようですが、誰にやられたんです?」

「親子ゲンカくらい誰もするでしょお? それがなんだっていうのよ」

 突き放すように、母ジゼルは振る舞う。

 余計なことを聞くなと言わんばかりの気迫。

 圧倒され、記者もマイクを引っ込めた。


「覇我音さん、ジゼル社長とご家族であるということに、一言コメントをお願いします」

「上司です。それ以外は特に」

 素っ気ないかも知れないが事実だ。

 これ以上、何があるというのか。


 会見が終わり、全員が退席する。

 

 もうジゼル南武を母親とは思わない。

 それが自分の抵抗であり、彼女に対する礼儀だ。

 

 ジゼル南武が仕組んでくれたこの試合も、大河ましろを倒してしまえば終わり。

 それからは、自分で大きくならねば。

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