茜、同期と口論になる
茜は、次の試合に向けて、ノーフューチャーのジムでハイキックの調整をしていた。
マシンのコーナーでは、前回の試合で龍子に敗北したスカルクロー二号が、反省会をしている。
「まだ首が痛い。あの社長、マジで容赦ないな」
マシンに腰掛けながら、スカルクロー二号が首元に手を添える。
「でも、社長の言うことはもっともよ。情けない試合をしたのはこっちよ」
冷静に、。一号が分析した。
「単に油断してたんだ! 次は必ず勝つさ!」
スカルクローのメンバー同士で、口論になる。
「そうは思えないわね」
冷めた視線を向け、二人の会話を、茜が遮る。
「そもそも油断なんかする時点で負けているってのに、準備して勝てるなら苦労はしないわよ」
「なんだと!?」
二号が、茜のタンクトップを掴んで引っ張った。
道場内は、一気に熱を帯び始める。
「やめなさいよ、二人とも。茜ちゃんだって無関係でしょ?」
「あたしだってノーフューチャーよ。彼女の失態は見過ごせないわ」
「ああそうかい! だったら、ここであんたとやってやる!」
包囲網を突破したスカルクロー二号が、茜に掴みかかろうとした。
「やめなさい」
「何だ、と……!?」
背後から挑発を受けて、二号が振り返る。
長身の女性が、二号の後ろにいた。
「
言った直後、二号は黙り込む。
前回行われた、女子高生格闘トーナメントの優勝者だ。
ウェーブの掛かった金色の長い髪をなびかせた。立っているだけで、異様なまでに強者のオーラを放つ。銀杏は常時笑顔で、おおらかな女性のようだ。
圧倒的な存在感に、茜ですら圧倒される。
「そうだよ。負け犬は引っ込んでてよ」
もう一つの声に、他のレスラーがざわつく。
「
「二人とも、トーナメントの優勝候補よ」
茜とスカルクローのケンカに興奮していたレスラーたちも、すっかり静まりかえる。
ノーフューチャーのツートップが出現したことで。
銀杏の相棒は、ショートヘアで身長の低い細身の少女である。
常に気だるそうで、猫背が印象的だ。端から見れば美少年そのものである。
彼女を知らない人が見れば、「女子プロレスラーのジムに少年が紛れ込んでいる」と誤解するだろう。
「運も実力のうち。それを油断で片付けてしまうのは、まだ修行が足りない証拠ですわ」
と、銀杏は持論を述べる。
「まあ、ノーフューチャーの宣伝はボクたちに任せてよ。ふわぁ」
金剛院はいわゆる「ボクッ娘」という人種である。見た目が男の子っぽいこともあり、違和感を人に与えない。
「……ちっ」
不機嫌そうな顔を浮かべて、スカルクロー二号は渋々トレーニングを始める。
ノーフューチャーでも人一倍血の気の多いスカルクロー二号が、あっけなく身を退いた。
それだけの力を、この二人は持っているのだ。
「あなたが長谷川茜さんさんですわね。始めまして、藤代銀杏ですわ」
腰に手を当て、片方の手を差し出す。
茜は素直に握手に応じた。
彼女は、ギスギスした空気を一瞬で変えるような空気を出す。
「存じ上げてます。高校生プロレス王決定戦、個人戦優勝、おめでとうございます」
「ありがとうございます。けれど、あなたが参戦していたら、どうなっていましたか」
個人戦で優勝しただけでは決して満足せず、驕り高ぶらない。銀杏はそういう人物である。だからこそ、茜も彼女だけは尊敬していた。
「ちょっとぉ、個人戦三位のボクも褒めて褒めて」
銀杏と茜の間に、金剛院が割って入ってきた。
「はい。おめでとうございます……」
素っ気なく受け答えしてしまう。素直なタイプの銀杏に対し、金剛院は飄々としていて、掴みどころがない。まるで、ジゼル南部を彷彿とさせて。
「うーん。なんか、態度が全然違うみたいに思えるんだけどぉ?」
「そんなことありませんよ。お二人とも、格闘選手権予選突破おめでとうございます」
「さんきゅーっ」と、金剛院が手を振った。
銀杏は黙礼。余り多く語らず、木訥とした性格だ。
「茜さん、あなたも是非、決勝まで勝ち進んで下さいませ。全力でお相手させていただきますわ」
銀杏の言葉には嫌味を感じない。
自分の強さも弱さも全部受け入れる体質のようだ。
見た目からして、高飛車なお嬢様のイメージがしたが。
「はい。決勝でお待ちしています」
「おまたせね。道に迷いました」
しんみりとした雰囲気をぶち壊すかのように、マシュマロ系の女子が道場に入室した。
みたところ、外国人だ。留学生らしいが。
「お、来た来た」と金剛院。
銀杏が留学生の前に立ち、紹介する。
「ご紹介します。今日から新しく、ノーフューチャーの一員となる、クローディア・ピサロさんですわ」
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