決勝の場で、茜はましろと言い争う
撮影現場は、都市部から何キロも離れた場所にある炭鉱跡地だ。
最終回にしては、寂しい現場である。
茜の目の前には、ティグリス変身前の大河ましろが立っていた。
歩く度に土埃が舞い、足下を砂利が弾ける。
小石が積み上がってできた山々の中央には、四角いリングが置かれていた。
監督と脚本家の用意したシナリオは、「茜扮するライバルの中に入った悪の心を目覚めさせるため、ましろが演じるティグリスが茜に挑む」と、いうものだ。
「ティグリス。あなたを倒せば、世界は我々、ノーフューチャーのモノだ」
「そうは、させない。あなたは、間違って、ます!」
最終回だというのに、ましろの演技力は最後まで向上していなかった。
ネットによると、「ぎこちなさが初々しくてかわいい」と評価されているが。
「間違っているのはあなたの方よ、ティグリス。私は全てが憎い。あなたの掲げる正義も、世界が私に押しつけてくる理屈も、容赦なく押し寄せる選択肢も」
監督がポカンと口を開けている。
無理もない。
勝手に茜がオリジナルセリフを言い出したのだから。
ボツにしたければするがいい。
本心を語れたから十分だ。
「ノーフューチャーは自由を重んじる組織だったはず。けれど、私には組織を背負う宿命しか選択肢がない。自分の道は、自分で決めるわ」
これは、ましろに向ける台詞ではない。
自分の見つめる視線の先には、ジゼルがいる。
「あなたなんかに、私の歩みは止めさせないわ!」
風を切るように、腕を振り上げた。
同時に、衣装を普段着からライバルキャラの衣装へ。あらかじめ重ね着していたのだ。
気迫ある演技が受けたのか、監督は続行を指示する。
「リングの準備ができたわ。行きましょう」
一通りセリフを交え、リング上で構える。
「待って。わたしも言いたいことがあります」
ましろが茜を呼び止めた。
これも、台本にはなかった展開である。
「わたし、ずっとあなたに憧れていました。あなたは全てを持っていて、思想も、背負っている物も、わたしはあなたには敵わない。その点、わたしは負けっぱなしでした」
これまで感じたことのない、流れる様な台詞回し。
これは演技ではない。
本心から語っているのだろう。
監督も、身を乗り出してカメラに指示を送る。これから何が起きるのかを見定めているようだ。これまで、ましろの演技力なんて、まるで期待していなかったというのに。
「わたしには何もない。人気も、ファンも、戦う理由も、掲げるべき思想も。背負う宿命も。人生に襲い来るアクシデントだって。わたしは、なんとなく生きていたと思います。でも、色んな人と戦って、そんな人生を悲観するのは間違っていると思ったんです」
ましろが普段着を脱ぎ捨てた。
中から、ティグリスの衣装に身を包んだしなやかなボディが姿を現す。
「誰だって主役なんです。目立たなくたって、生きているだけでも活躍してるんです。負けたからって、背負う物が無いからって、表舞台から退場させられるわけじゃない。スポットライトを浴びていないだけで、みんなドラマを持ってるんですよ」
ましろの主張は、全ての脇役達に向けられたメッセージのように思えた。
「わたしに戦う目的があるなら、わたしは、目立たない人生を送っている人達のために戦う。目立たなくたって、みんな主役なんです。退屈な人生でも、大事な生き方なんです」
「まるで負け犬の発想ね」
「負け犬だって、獣です!」
力強く、ましろは言い返してきた。
「鋭い爪と、立派な牙があるんです。茜さんが言ったんですよ。答えはリングの上にあると。格闘家にとっては、ぶつかり合うことが語り合うことだと。ならばわたしは、あなたと戦う」
ましろは、虎を模ったマスクを脱ぐ。
視線はマスクへと向いていた。
「もし、自分の生き方が退屈だって、負け犬みたいだっていうなら、わたしに気持ちを投影して欲しい。わたしは障害を乗り越え、自分より強い相手にも打ち勝つ。一匹の獣になって」
純白のマスクを握りしめ、ましろは茜の方へ目を向ける。
「このマスクは、正体を隠す物じゃない。わたしが俗世から飛び出して、主役になるためのツールです。わたしは無敵の虎に変わる。そして、その時には」
ましろが、マスクを被った。
「あなたを、倒します!」
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