ましろ、両親の過去を知る

「蒼月龍子に会うた!?」

 夕飯中、ましろの母親が地元訛りで悔しがる。

 

 声優である母は、とっさに訛りが出てしまうといけない。なので、職場では標準語で話すように求められている。その反動で、家だと関西弁が飛び交う。

 

 思わずましろはむせた。ごはん粒を噴き飛ばしそうになる。

 

「あんた、なんで引き留めてくれへんかったん!? サイン欲しかったのに!」

「急ぎやってんもん。わたしにも何が何だか。いつの間にか格闘家にされてもうたし」

 ましろも、家だとリラックスして、関西弁が漏れてしまう。

 

「ホワイト・ティグリスは、徒手空拳で戦う魔法少女やからね」

 自分の対面にいる父も、ホワイト・ティグリスを知っているようだ。

 

 大永マキからは、「ホワイト・ティグリスは、格闘技で相手を浄化する魔法少女である」と説明を受けた。

 

「あんた、自分が演じる役の詳細も知らんかったん?」

「なんで、お母ちゃんが知ってるん?」

「あのなぁ。アニメ版ティグリスの声当ててんの、お母ちゃんやで」

「嘘ぉ!?」

 

 人気声優のため、母親の仕事内容は家庭内でも秘密になっている。

 ましろは情報漏洩を防ぐため、母親の仕事の詳細など知ろうとしなかった。

 ホワイト・ティグリスが子供向け番組なことも、ましろの視聴を遠ざけた要因である。


「あんた、長谷川茜ちゃんの名前しか見てへんかったやろ?」

 図星を付かれ、今度こそましろはむせた。


 ましろはバイトだったので、ロクなデータ取りもしていない。

 長谷川茜の事しか頭になかったためだ。


「お母ちゃん的には、長谷川茜ちゃんより龍子ちゃんに会いたかったわ」

「龍子って、そんなに有名なん?」

「カレイドスコープ期待のホープやん。あの娘のリングネーム、ムーン・ドラゴンっていうやんか? あれな、ホワイト・ティグリスのパートナー役に似せたイメージキャラやからね」

 

 母の言葉を聞きながら、父親もうんうんと唸る。

「花があるんよな、あの娘。長谷川茜ちゃんとは対極にいる娘やけど」


 父の言うとおり、龍子は戦っているときが最も活き活きしてる。

 普段は粗暴だが、決していい加減な性格ではないと確信できる。


「ストリートファイト、することになったんやろ? やっていけそうか?」

「ホンマのこと言うたら、怖い」

 父からの問いかけに、ましろは本音で答えた。


「でも、せっかく長谷川茜さんと、今度は試合できるかも知れへんから、ダメ元で頑張ってみる。お父ちゃんに教えてもらった空手がどこまで通じるか、わたしにもわからへん。けど、恥ずかしくない試合がしたい」

 それは何の含みもない気持ちだ。

 

 最初は、長谷川茜に近づければよかった。

 それだけでも、自分の中で何かが変わるのではないかと。


 しかし、龍子はましろを未知のエリアに引っ張り込もうとしている。

 ここは、自分の引っ込み思案を抑え、前に進むべきだと考えた。

 

「そうか……」

 父はしみじみと、緑茶をすする。

「ん? お父ちゃんどないしたん?」

 ましろが問いかけると、ああ、と父親は引っ込んでしまった。

 

「無理すなよ、ましろ」

「うん。心配してくれてんの?」

「当たり前やんけ」

「ありがと」

 

 父よ、娘に微笑まれたくらいで涙ぐむのはやめてくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る