Round 2 あかね、決別

茜、グラビア撮影にうんざりする

 カメラのシャッター音をBGMに、長谷川はせがわ あかねは、今日の興業について頭を巡らせる。

 

 今日は、総合からプロレスラーへの転身する大事な試合だ。無様な結果は出せない。

 なのに、自分は手首をケガしている。

 

「その手首、どうしたの?」

 ファンデーションを濃く塗られた手首に、カメラマンが視線を送った。

 何ともないと言ったのに、メイク担当者が神経質なまでに塗りたくったのだ。

 

「転んだだけです」

 カメラマンに対し、長谷川茜はそっけない解答をした。


 本当はバイクで転倒したのである。幸い、試合に支障のない軽傷で済んだ。が、当分は跡が残るだろう。

 それでも、メイクさえ施せば気になることはない。

 

「まだ痛む?」

「全然平気。こけただけなのに大袈裟なんですよ」


 カメラマンの方も、特に興味を持っていないようだ。すぐに茜をカメラに収める作業に戻る。「お前はシーツに寝転がって、カメラの向こう側にいる思春期どもを誘惑してくれればいい」とでも言いたげな態度である。

 

長谷川茜は、芸能事務所社長のプロモーションに対し、不満を感じていた。

 こっちはカッコイイ路線で行きたいと思っている。

 が、事務所からはセクシー路線を強要してくる。

 せっかく昨日はヒーローショーで顔出しスタントを行い、活躍しようとしてたのに、

 舞い込んだのはこんないやらしい男に写真を撮られる仕事だ。

 それが嫌だから、茜はアクション女優を目指した。

 

「はい、茜ちゃん、もっとこっちに笑顔ちょうだい」

 カメラのシャッター音を意識し、顔を向ける。しかし、笑顔など向ける気になれない。

 

 カメラマンが唸る。こちらが無愛想にしていても構わずシャッター音を鳴らす。さすがプロだ。愛想がない相手にも臆さず、良さを引きそうとしている。

 

 カメラマンには、申し訳ないとは思う。だが、気持ちを曲げない。自分はあくまで、格闘家だ。

 ベッドで横になりながら、うんざりとしたため息をつく。

 

 どうも、それが気に入ったようだ。カメラマンが舌を舐めた。

 期せずして、茜は相手のツボを突いてしまったようだ。


「はいOK。お疲れ」

 やっと終わったか。こんな仕事より、まずトレーニングがしたい。


「訓練シーンなら、いくらでも撮って構わないのに」

「いらないよ、そんなの。俺は長谷川茜のセクシャルな面だけにしか興味がない」

 カメラをしまいながら、カメラマンは露骨な下心を隠さない。

 

「格闘家は魅力ない?」

「魅力的だと思うよ。けど、俺が求めるようなセクシーはそういうのじゃない。もっと即物的なもの」

 エロス重視か。

 

 バスローブを纏って、茜は何度目かのため息をついた。

 整った顔立ちに生まれた自分を、このときだけは呪う。それは、贅沢なことだろうか。


 もっと相手を殴りたいし、殴られたい。

 相手に側頭を蹴り飛ばされたときだけ、充足感を得ることができる。

 

 しかし、自分の顔は商品だから、傷つく行為は控えろと、事務所は言う。

 冗談じゃない。自分は格闘家だ。求めるのは格闘技である。

 血だ。身体はどうしようもなく血を求める。

 

「次もよろしくね、茜ちゃん」

 シャッターを下ろしていた指先が茜の肩に触れようとした。

 

 特に意識していなかったが、裏拳が飛んだ。無意識に。

 カメラマンのすぐ隣にあった巨大な花瓶が、横一文字に割れた。

 腰を抜かしたカメラマンが、盛大に水を被る。


 手首の調子は戻ったようだ。これで、試合ができる。

 この事務所からは去ろう。そう決意した。

 

「次は当てますから」と、挑発気味に言う。

 カメラマンは、それだけで震え上がった。


 だが、今日の試合相手は彼ではない。

 もし彼が相手だったとしても、こんな腰抜けであれば瞬殺してしまうだろう。

 

「いやですね。花瓶にですよ」

 茜は、カメラマンにタオルを投げ渡す。

 ようやく、茜は笑顔を作ることができた。

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