ましろ、クマ退治!

『準決勝第二試合はここ、榎本学園。イベント会場特設リングで行われます。さて、ホワイトティグリスも準備できた模様。この試合を一言で表すと、「虎対熊」と言えましょう! さて、リングに降り立った二頭の獣、果たして最後まで立っているのはどちらなのか! いよいよ試合開始です!』

 

「ノオオ、フューチャー!」

 両手を広げ、クローディアが観客を煽った。


 ゴングが鳴る。

 クローディアの眼光が光った。さっきまではしゃいでいた姿は、すっかりなりを潜める。キュンキュンピサロと化していた。

 クローディアは、いつものプロレススタイルではなく、拳を握り、腰を落とす。


『おっと、ピサロ選手、どうしたことでしょう? フットワークで移動せず、べた足で踏み込んでいます。これは……』

『空手ですね』

『ほう、ピサロ選手が空手を?』

『はい。打撃系の選手を相手にすると考えて、練習していたそうです』


 クローディアが空手を会得しているとは。

 あの重い身体から繰り出される拳や蹴りはさすがに想像したくない。

 

 太い脚から、ハイキックが放たれる。

 ましろはスウェーでかわす。風圧で、髪が揺れた。いや、髪が数本、宙を舞っている。

 完全に避けたつもりだったが、前髪が僅かに触れていたらしい。


 動きの俊敏さは銀杏並みか。重さや勢いがプラスされているようにも思える。

 当たれば、丸太すらへし折ってしまうのでは。


『ディグリス選手、上段蹴りを見事にかわしました。しかし、反撃できない。攻めあぐねているように思えます』

 

 あの分厚い脂肪の塊に、どうダメージを与えればいい?

 様子見のローを見舞うくらいしかなく、消極的な攻めが続く。

 相手の足が固い。まるでゴムでくるんだ岩を叩いているかのようだ。

 長年、バトルドラマを撮っているが、彼女のようなタイプには初めて会う。鍛え方が本格的すぎた。

 

 ナーバスになっているましろのスキを見逃すほど、クローディアは甘くない。


『おっと、ピサロ襲撃! テイクダウンを奪います』

 

 脚を抱えられて倒された。

 一〇〇キロ近い重さが、ましろの脇腹にめり込む。

 脇を抱え、ましろは悶える。


 上空に、岩の影が見えた。

 違う。クローディアが降ってきたのだ。

 

 芸術品とも言えるセントーンが、ましろを押し潰す。


 これが、クローディアのセントーンか。

 くらっただけで、全身の酸素が肺から漏れ出したみたいに苦しい。

 

『おっと、ピサロ選手、きれいなセントーンを、ティグリスに叩き付ける!』

『いつ見てもきれいですよね、ピサロ選手のセントーンは』

『このまま、ピサロ選手寝技に移行しました。脇固め、あっと、ティグリス選手逃げる。だが、捕まってしまった。頭を抱え込んで脇腹にパンチを浴びせていきます。うまいですねー』

 

 彼女はレスラーだ。寝技は得意分野だろう。

 しかも、これだけ体重が乗っているのだ。

 半端な回避運動では振り切れない。

 

 空手のポーズは、寝技に持ち込むために仕組んだ布石。

 まんまと、ましろはピサロに乗せられてしまった。

 

 ピサロのテンプルに掌底を浴びせていく。

 とにかく頭を揺らして、思考を鈍らせる。


 だが、太い首に支えられた頭部は、なかなか弱ってくれない。


 密着したまま、クローディアが手首を極めに掛かる。動きがねちっこい。太い腕で鋭く素早いクラッチだ。動きも慣れている。

 

 ましろも寝技は学んでいるが、にわか仕込みでは対処できない。だったら、打撃を。

 

 ピサロに、正面を向けさせ、向き合う形にする。

 決められていない腕の肘を曲げ、体勢を入れ替えた。

 

 本当はひっくり返れればよかったが、横を向けさせることはできた。充分だ。

 

 ましろは、下半身だけ跳ね上げた。垂直落下式の膝を、ピサロの側頭部に叩き込む。

 分厚い筋肉に、まともな攻撃は通じない。急所を狙う。


『あと、膝攻撃で脱出! ティグリス選手、かろうじて難を逃れました』


 とはいえ、長い時間腕が伸びきっていたせいで、痺れている。

 

「マシロ、ちゃんとやりましょう。これでは一方的」


 凡戦が続き、クローディアが煽ってきた。

  

「ミー、言葉がうまくない。だから友達も少なかった。でも、バトルならお互いに言葉いらない。ジゼルシャチョーが、プロレスが教えてくれた。バトルがミーを救った」

 

 クローディアの言葉を受けて、ましろは何となくだが、納得はできた。


 どうして、ましろはクローディアと波長が合うのか。

 根っこが自分と同じだ。自己表現の仕方が違うだけで。

 ましろも口下手で、自分が進むべき道が分からない。

 自己表現として選んだ場所が、スタントだった。

 スタントをしている時だけ、ましろは本当の自分になれた気がしたのである。


 クローディアも、ましろと思考が近い。

 より深く相手を知るために、戦闘を仕掛ける。クローディアにとって、格闘はコミュニケーションの一環なのだ。

 

「ミーにとっては、仲良くなることは、戦うこと。互いを知ることは、戦うこと。バトルは全てを教えてくれます。だからユーとも友達になりたい。わかり合いたいのです」

 

 わかってはいるんだが、手が出ない。突破口さえ掴めれば。

 しかし、その発想自体が消極的。ピサロの期待に応えられないだろう。


「マシロ、もっとあなたを教えて下さい。ミーも全てを叩き込みます」


 ゴロンと側転宙返りを披露し、クローディアが蹴り繰り出す。

 一〇〇キロ近くの身体で、浴びせ回し蹴りだ。空手の試合でもスキが多すぎて、めったに使われない。

 クローディアは自身の重さと運動神経を調和させ、速度も角度も的確な蹴り技を完成させた。

 

 ましろは重さと速度の乗った蹴りを防御しきれず、体勢を崩す。

 

 すかさず、クローディアがのし掛かってくる。

 しまった。元々マシロを倒すことが目的で。

 そう確信したが、遅かった。またしてもテイクダウンを奪われてしまう。

 

 マウントを取られ、岩のような拳がましろへと降り注ぐ。

 腕をクロスさせ、顔面直撃を防ぐが、ガードしている腕が痛む。

 

 こちらの両腕が空いているのと、座っている状態なので、ダメージが乗り切っていないのが救いか。

 座りながらでは腰が入らないため、パンチする腕に力が入らない。痛いだけだ。

 

 しかし、脱出しなければ打たれっぱなしになる。

 

『おっとティグリス、左脚に腕を絡みつかせた。そのままピサロにアンクルホールドッ!』


 足首から先を掴んで、ねじるという地味な間接技、しかも、アンクルホールドは脚を絡ませないと決めきれない。

 だが、クローディアを引きはがすには有効となった。

 銀杏戦の経験が活きた形。地味ながらも、彼女の関節技は有効だ。

 

 クローディアが逃げようとする。

 形勢逆転となって、今度はましろが、両の脚でクローディアの左脚を挟む。

 

『おっと、アンクルホールドが完全に決まった。これはギブアップ勝利か? いや、ロープに逃れました。技が一旦解かれます』


 両者スタンディングとなって、仕切り直し。


 クローディアは、片足で跳ね飛んでいる。コミカルを演じているが、痛みは相当だろう。

 けれども、ましろの活きも荒くなる。一分間殴られっぱなしだったから。

 

 手なんか抜いてはダメだ。それでは、わかり合えない。立って戦っている意味を失う。

 

 また、クローディアが熊の構えを取る。

「マシロ、空手。空手です」

 クローディアの言葉が飛ぶ。


 頭が真っ白になる。

 ましろは、無心で両腕を交差させていた。

 ふう、と一気に息を吐き出す。


『おっと、虎の構え。詠春拳使い、藤代銀杏のときに見せた構えと同じ体勢!』


 

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