ましろ、茜と共演し、強烈な一撃をもらう

 撮影現場は、スタジオではなく、はげ山である。

 

 今日の撮影は、特別な日だ。なんといっても、いよいよ長谷川茜と共演できるのだから。


 前回のヒーローショーでは、茜との共演は見送られた。

 今日はちゃんと現場に現れている。

 

「緊張してる?」

 同行したマキは、ましろの着替えや、準備運動まで手伝ってくれた。実戦に近い形で、殺陣の確認まで相手をしてくれる。


 龍子は、ワコ館長とトレーニングだ。

「プロの現場に素人がいては場違いだ」と、同行しなかったのである。

 ああ言っているが、あれでも長谷川茜を女優として認めていると分かった。

 

「さすがスター、現場を包む空気が違うわね」

 マキが、撮影場所に漂う緊張感を代弁した。


 長谷川茜は、役者用テントの中で、パイプ椅子に座ってメイクを行っている。

 

「挨拶をしてきます」

「気をつけてね」

 マキに背中を押された。

 

「あの、大河ましろです。よろしくお願いします!」

 我先に長谷川茜の元へ向かい、挨拶をする。よかった。どもらずに挨拶ができたと、内心で喜ぶ。

 

 最初こそ呆気にとられていたが、「あ、はい。長谷川茜です」と、返事が返ってくる。

「昨日の試合、見たわよ。強いのね」


 どうやら、茜はましろの格闘技のデビュー戦を見てくれたようだ。

 ましろは、第一試合でプロボクサーと対戦した。いきなり、ワコのジムへ道場破りに現れたのである。

 ましろは返り討ちにした。三分で決着を付ける。


「ありがとうございます! 今日はがんばりますので、よろしくお願いします!」

「ええ、そうね。お互い全力を尽くしましょう。それと、別に敬語じゃなくたっていいのよ」


 茜の理屈は正しい。ましろと茜は同じ時期にデビューしているのだ。

「いいえ、長谷川さんは、トップモデルじゃないですか。わたしなんて」

 

 茜は困ったような顔をして、ましろの前で立つ。

「経歴やキャリアは関係ないわ。仮にも私は敵役よ。あなたは主役。敵にペコペコしないで。子供が見たら幻滅するわ。ネットやスマートフォンが普及した今の時代、誰が見てるか、わからないんだから」


「はい、すいませんっ」

 また頭を下げようとした。が、アゴを押さえられた。

「だから、堂々としていなさい、って言ったんだけど」

「はい。ごめんなさい」

 

 本番行きます、とスタッフに呼ばれ、現場へ。

 撮影する場面は、茜と自分が戦うアクションシーンである。

 茜と距離が離す。

 

 茜が殴るのに合わせて、体を左右へ振った。

 下からのアングルで撮影される。

 最後に、茜の蹴りがましろの胴へ当たるフリをする。

 マットが敷かれた床へ、ましろが倒れ込む。

「はいOK!」

 

「本当に、これでいいの? もっと密着して戦った方が、印象的なんじゃ?」

 マキが、不思議そうな顔で問いかけた。

 

「ちゃんと、当たっている風に見えますね」


 実際の映像を見せてもらい、空間がいかに大事かが分かったようだ。。


 距離が離れているのに、カメラアングルの影響で、ヒットしているように撮影されるのだ。

 なのに、打撃の重さや臨場感は、全く損なわれていない。


「そうなんだ。密着しすぎると、カメラに攻撃が映らないんだよ」

「なるほど」とマキが相槌を打つ。

 

 それにしても、茜の打撃には一切の妥協がない。

 子供番組のはずなのに、まるでVシネマ並みの気迫だ。


 当たっていないシーンで、この怖さである。

 これがもし、ちゃんと当たるシーンだとしたら。

 そう思うと、ましろはゾッとした。


「今度は、ワイヤー撮影に入ります」と、スタッフがましろを呼んだ。

「すいません。撮影するんでワイヤー巻いちゃいますね」

 数名のスタッフが、ワイヤーのついたベルトをましろの腰に巻く。

「きつかったら行って下さい」

 締め終わったベルトを、金具で固定する。

 

「次は当てるシーンなんで、ましろちゃん、気をつけてね」

 監督が念を押す。


 ましろと茜が、向かい合う形になって構えを取る。

 ここから、ましろは茜の掌底を腹に受けて、敗北するシーンを撮るのだ。

 掌底を食らった瞬間に、後ろのスタッフがワイヤーを引っ張る。

 直後、ましろは後ろへ吹き飛ぶという演出だ。

 

 カメラが回った。

 瞬間、茜の頭が、一瞬でましろの懐に潜り込んでいた。

 一メートルは距離が離れていたはずなのに。


「当てるわよ」

「――え」


 呆気にとられている間にも、ましろの身体が吹き飛んでいた。


 ましろが放物線を描き、マットに沈む。

 ダメージこそないが、受けた者が浮くほどの攻撃だ。

 この吹き飛び方は、ワイヤーの影響ではない。

 

「大丈夫ですか?」

 ワイヤーを確認しながら、スタッフが駆け寄る。

「すいません。ワイヤーのタイミングがズレちゃいました」

 

「いえ、なんともありません。いい映像が撮れたと思います」

 ましろは笑って立ち上がった。

 

 さすって、腹部を確認する。

 特に痛みはない。

 叩き込まれたというより、押し出された感覚である。

 もし、ダメージが乗っていたら、ましろは立てていただろうか。

 

 一方、当の茜は平然としている。

 技を繰り出した長谷川茜が、特に悪びれることもなく、歩み寄ってきた。

 立とうとするましろを見下ろす。


「立てる?」と言い、手を差し伸べる。

 言葉からは、心配と言うより、「立てるだろ」というイントネーションが含まれているみたいだ。


「平気です。自分で立てますから」

「いいから」

 自力で立とうとしたましろの手首を、茜は掴んだ。

 温かい、というより熱い。よく見ると、手から湯気が立っていた。

  人間に、ここまでの熱が出せるのか、と思わせるほどの。 


「どうして、よけなかったの?」

 茜に指摘される。

「あなたなら、あのくらい余裕で回避できたはずよ。私が、手加減すると思っていた?」


「思っていません」

 立ち上がって、ましろは首を振った。

「わたしは撮影を成功させたかったので。そこまで考えない、茜さんだとは思わなかったから」

 

 あれだけ緊張していたのに。

 やけに堂々と、長谷川茜を相手に話しているな、と、ましろは冷静になって思う。茜の前なので緊張はしているが、頭はスッキリしていた。

 

「そう。でも、次に会うときは、手加減しないわ」

 ようやく、茜に認識されたか?

 ましろは自己分析した。

「はい」と、ましろは返すのが精一杯だ。

「私を失望させないで」

 そう言い残し、マキと入れ違いで、茜は背を向ける。


「大丈夫、ましろちゃん?」

 大永マキが、ましろへと近づいて、身体を調べた。

 

「申し訳ありません!」

 注意を受けたと思い込んだのか、ましろを囲んでいたスタッフが頭を下げる。


 マキは両手を上げて、怒る意志はないと表現した。


「今の技は、蒼月流かしらね?」

「わかりません。わたしは蒼月流を学んで日が浅いので」

 

「いやあ、OKOK! すっごい臨場感が出てたよ、二人とも!」

 監督が、頭の上に腕で大きくマルを描く。

「それより、ましろちゃん、大丈夫? 頭打ってない?」


「平気です」と、ましろは笑顔で返す。

「よかった。ありがとうね、すごかったよ。だけど、ごめんね。怖い思いさせちゃって」

「大丈夫です」


 ましろの無事を確認した監督は、茜に声をかける。

「茜ちゃんも、今日はありがとね!」

「問題ありません。では、試合が近いので、私はこれで」

 

 その日の撮影は終了した。外はどっぷりと日が暮れ、月が出ている。


 マキの運転するスポーツカーで、家まで送ってもらう。


――私を、失望させないで。


 茜の言葉が、耳からこびりついて離れない。


 シートにもたれ、疲れが襲ってくる。

 ましろはいつの間にか、眠りについていた。

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