龍子、体格差に苦戦を強いられる

 カメラマンは、特に迷惑がっている様子はない。事前にノーフューチャーと打ち合わせが行われていた様子である。


「何もかも、準備万端でしたって感じだな」

「そうだね」

 龍子のセコンドとして、ましろは龍子の側を歩く。

 

 何事だ、と、ギャラリーの学生たちが集まってくる。

「おーう、押されて泣かないでくださーい!」

 クローディアが壁役となり、観客を抑えていた。

 

『さて、高校三年生、嵐山選手が入場して参りました。なんと、彼女は元バレーボール出身者という、異色ファイターであります』

 実況と解説のおまけ付きだ。


 嵐山のコスチュームが、バレーの試合で穿くようなショートパンツスタイルへと変わっている。白いバレーボールを脇に抱えている。


『嵐山静香選手は、以前までバレーボールの選手でしたが、ジゼル南武にスカウトされ、レスラーとして活躍しています』

 

 突然、白いボールが龍子の目の前に飛んできた。

 とっさに龍子は飛び退く。


『おっと、嵐山選手がムーンドラゴンを挑発! 強烈なアタックで砲撃!』


 予備のボールを手首でトントンと弾ませ、弄ぶ。

 ボールを凶器と見なされ、レフェリーにボールを取り上げらた。

 それでも、悪びれた様子はない。


「舐められてるな」

「うん。でも、乗っちゃ駄目だよね」

 撃ってきた側は、あくまで無表情を決め込む。

 

 ゴング早々、嵐山選手が最接近してきた。一気に間合いを詰めてくる。

 嵐山はフットワークこそ見せないが、高い身長を活かした威圧感を放ち、龍子に攻撃の隙を与えない。

 

 これでは足を活かせず、打撃の効果が死んでしまう。

 背後にあるロープの上に乗って、龍子は反動で跳躍した。ダイビングヘッドバットだ。

 

 だが、龍子が飛ぶタイミングに合わせて、嵐山は同時に跳躍する。

 強烈なスパイクが、龍子の頭部に炸裂。

 

『あっと! ムーンドラゴン選手、攻撃を撃ち落とされた!』

 

 頭をふらつかせながらも、龍子はどうにか立ち上がる。


 無表情な顔を浮かべて、嵐山は腰を低く構えた。


 龍子が嵐山の周りを回って、攻撃の機会を窺う。サイドに周り、手を壊そうと関節を狙いに行く。

 

 対する嵐山は、龍子と視線を逸らさない。動きを読んでいる。


 このまま睨み合いが続くかと、ましろには思われた。

 嵐山が、レシーブの様にスライディングを。違う、アレは、レシーブだ。龍子の足にレシーブを叩き込もうとする。

 

 ロー攻撃をレシーブで行う人なんて、初めて見た。

 これが格闘の世界か。様々な攻撃法がある。

 

 龍子の両脚を捉えた瞬間、嵐山は龍子の股をくぐり、小さな身体を担ぎ上げた。

 龍子の身体が持ち上がる。

 頂点に達した瞬間、嵐山が足を広げ、龍子をマットに叩き落とす。

 

『おっとこれはスプラッシュマウンテンの姿勢に。あーっと、嵐山選手そのままジャンプ。コレは高い! まるでブロックのように』

 

 龍子は眼を回しているのか、すぐに立ち上がってこない。

 カウント八で立ち上がって、仕切り直す。グラウンドが苦手なのか、嵐山の追撃がなかったのが救いだ。

 

『今で決まりそうでしたね?』

『危なかったですね』

 

 ビデオで対策は練っていたつもりだが、予想以上に動きが早い。

 見るのと実際に闘うのでは勝手が違う。完全に自己流プロレスが完成している。


「龍子、大丈夫?」

「まだ、くたばるかよ」

 龍子が水平に跳躍、ドロップキックによる人間離れしたロープワークを見せる。


 うかつに近づけず、業を煮やした嵐山が、タイミングを見計らって跳び上がった。殺人スパイクで打撃を打ち込みに掛かる。

 

 龍子はこれを狙っていた。自分を攻撃してきた腕にしがみつき、腕ひしぎ逆十字固めを決める。

「どうだ。これなら逃げられねぇぜ」


 嵐山の表情が歪む。ところが、自分の腕を極められたまま、強引に跳んだ。またもスプラッシュマウンテンで、龍子をマットに叩き付ける。

 

『またもや形勢逆転! ここまで優勢だったムーン・ドラゴンでしたが、またしても、ピンチを迎えてしまった!』

 

「いいかげん降参したら?」

 無機質な声が、倒れたままの龍子に向けられる。

「私は規格外すぎて、バレーだけでは満足できなくなっていた。バレーで居場所をなくした私は、ジゼル南武に生きる場所を提供してもらった。あなたに、そこまでの覚悟があるの?」


「……へへ。あたしだってな、負けられないんだよ」

 フッと笑って、龍子は立ち上がった。ロープへと身体を振り、またもヘッドバットの体勢へ。

 

「まだやるの? 別にいいけど」

 また、嵐山はスパイクで撃ち落とす気だ。

 

 だが、龍子は空中で体勢を変える。スパイクのタイミングに合わせて、ヘッドシザーズを食らわせた。

 

 彼女のスパイクは正確無比。それゆえに読みやすい。まだ戦闘に慣れていないのである。


 プロレスは相手の技を受ける技術だ。いくら嵐山の殺人スパイクといえど、受け続けていれば、軌道を読むぐらい造作も無い。



『変則の三日月です! 嵐山選手、不意の三日月に脳天強打! これは立てません。ムーンドラゴン選手の勝利!』


 嵐山はスパイクを打ちすぎた。いつ、どのタイミングで打ち込まれるか。それを察知できる程度の時間を与えてしまった。それが、敗因だ。


 レフェリーから勝ち名乗りを受けた後、龍子は嵐山に歩み寄り、抱き合う。


「負けたわ。さすがね」

「そうでもないさ」と、龍子は首を振る。

「あんたにプロレスの経験がもっとあれば、あたしも危なかった」

「ありがとう、蒼月龍子」

 この上ない称賛を受けて、嵐山の顔も綻ぶ。

 

「あなたにも、なんらかの因縁があるのね。このトーナメントに」

 龍子は、嵐山の問いかけに答えない。ただ、白い歯を見せるだけだ。

 

「まあいいわ。次の試合も勝ち進んでね。私たちの分も」

「おう」と、龍子は手を強く握り返す。


「バーイ、マシロ!」

 仕事を終えたクローディアが、嵐山を伴って去って行った。


「じゃあ、とっとと帰ろうぜ、ましろ!」

「まだです。じゃあ、撮影を再開しますね」

 カメラマンの一言に、龍子は絶句した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る