ましろ、準々決勝 開戦!

 ましろは、撮影会場で監督の合図を待つ。

 

 今日は、試合は行われない。龍子もマキと共にトレーニング中である。


代わりに、ワコが付き添いで来てくれていた。


 撮影現場は波止場だ。敵のアジトとして使われている、という設定である。

 

「これまでだな、ホワイトティグリス」

 定番のセリフを吐いて、着ぐるみ怪人が戦闘員に指示を出す。

 

 ホワイトティグリスに向かって、戦闘員が襲いかかる。

 

 迫り来る黒タイツ軍団を、地の利を活かして倒していく。

 資材に足を引っかけて跳躍したり、壁走りを披露したり、倉庫の屋根を飛び回ったり。様々なアクションをこなした。もちろんスタントなしだ。それがましろの売りである。

 

「少女専門のスタントマン」であるましろは、幼い頃から危ない仕事を任されていた。

 安全に配慮しているとはいえ、派手なアクションは危険が伴う。

 そのせいで、監督が責められる記事が新聞に載ったこともある。

 が、ましろはバッシングを必死の演技でつっぱねた。

――自分は、やらされてるわけじゃない。

 それが、ましろの意気込みである。

 

 一通り、戦闘員はやっつけた。あとは、怪人を倒して終わりだ。誰もがそう思っていた。


 が、戦闘員のひとりが怪人を突き飛ばし、ましろと真正面で向き合う。胸がある。あの戦闘員は女性か。

 

 戦闘員は、本来前座であるはず。

 しかし、この戦闘員からはただならぬ気配を感じた。

 

 監督からだめ出しは……ない。

 撮影は続行。

 だったらやるべきか。


 拳を叩き込もうと、腕を伸ばす。

 ましろのパンチに合わせて、裏拳気味の掌打が飛んできた。相手の手首が、ムチのようにしなる。

 

 互いに首を捻り、打撃をかわす。そのタイミングは全く同じだった。


 この人、強い! ましろが、本能的に察知した。


「おーほっほっほっほっ!」

 なぜか、頭上からヘリが飛んできた。

 低空飛行で、撮影現場に降り立つ勢いである。

「あんた、ホワイトティグリスだっけ?」

 ヘリコプターから姿を見せたのは、ジゼル南武だ。

 メガホンを持って、ましろに呼びかけている。

「そいつが、準々決勝の相手よん!」

 

 戦闘員がマスクを脱いだ。

 長い金髪が風になびく。

 素顔は、ノーフューチャーのトップクラス、藤代銀杏である。


「藤代さん、どうしてこんな真似を?」

「わたくしには、他のレスラーのような派手さがありません。それでジゼル社長と相談して、このような演出をしていただきました」

 銀杏がタイツを脱ぎ捨てた。

 赤い生地に銀杏の葉をデザインされたレオタードに身を包んでいる。

 露わになった生足の美しさは、長谷川茜にさえひけを取らない。

 

「ご不満でしたか?」

「いえ、始めましょうか」

 ましろがファイティングポーズを取る。


 ヘリからダイブし、ジゼル南武が波止場に着地した。ハイヒールでよく高い位置から降り立てるものだ。メガホンで遠くに指示を飛ばす。

 ジゼルの合図と同時に、リングが設置されていった。

 

『まずは藤代銀杏、身長一八六センチと大柄ながら、コンパクトに間接で攻めるという、実にいやらしい攻撃を得意としております。ホワイト・ティグリスは、この怪物を相手にどのようなプロレスを見せてくれるでしょうか?』

『さて、いよいよ試合開始です』

 

「ジゼル社長、質問があるんですが?」と、ましろは手を挙げた。

「ええ、どうぞ」

「撮影の方は、どうなるんですか? 中断しちゃうんですか?」

 

「大丈夫よん」と、ジゼル南武は、ましろの問いかけに笑顔で答えた。

「この番組だけど、ノーフューチャーもスポンサーなの。あなたを襲う敵は、洗脳されたウチの所属ファイター、という設定になってるわ。あなたが勝ったら、洗脳が解けるって仕組みよ」

 

 銀杏は「是非、洗脳を解いて下さいませ」と、呑気に言ってのける。


「もし、わたしが負けたら?」

「当然、番組は打ち切り。あなたも役者をクビになってもらうわ」


「そんな! わたし、聞いてません!」

「マキが言うわけないでしょ? 言ったらあなた、萎縮しちゃうじゃん?」


 それはそうだが、いくらなんでもあんまりだ。


「監督は、それでいいんですか?」

 ましろは監督に詰め寄る。

「いいよ。今日の僕は雇われ監督だから。本当の監督は、ジゼル南武なんだよね」

 監督も監督だった。


「もう一つ質問を。この試合ってティグリスと連動しているんですよね? この場合、龍子、つまり、ムーンドラゴンは関係ないのでは?」

「あるわよ。ムーンドラゴンは、ティグリスの友達という設定にしてあるから。龍と虎だし、ちょういいでしょ?」

 なるほど、無理はありそうだが、ましろと龍子は友達なので、別に問題はない。

 

「じゃ、番組存続をかけて、頑張ってねー」

 まるで自分の席であるかのように、ジゼルは監督席に腰を下ろす。

 

 自身を没頭させ、ファイターになりきる……。

   

 ましろは接近してきた敵の身体を包み込んだ。まるで虎が獲物を補食するように。「スモールパッケージ」と呼ばれる技だ。

 

『おっと、虎が獲物に食いついた。白い虎が相手をスモールパッケージで固める! これはさしずめ、タイガーパッケージとでも名付けましょうか! そのまま間接へ移行。しかし、銀杏は自力で技を解きます』

『さすが、ノーフューチャーの看板選手ですね。流れるような動作です』


 銀杏が立ち上がって、仕切り直しに。スタンディング勝負となる

 今度はタイガーレイジで相手の動きを。とにかく短期決戦で決める。

 

 そこへ、正拳突きの軸足めがけてドロップキックが飛んできた。

 軸足に、鋭い蹴りが突き刺さる。

 

『低空ドロップキック炸裂。ティグリス選手転倒!』

 

 うつぶせに倒れたましろは、肩がマットに付いた状態にされてしまう。

 さらに、銀杏は腕と脚を固めてきた。

 

『なんと、お返しでキド・クラッチ!』

『地味な固め技ですが、いかにも藤代銀杏らしい戦い方ですね』


 脱出するため、立ち上がろうとするが、腕を抜こうとした直後に脇固めを決められる。


 肩の関節に、鈍い痛みが走った。

 歯を食いしばり耐える。

 何よりこたえたのは、フィニッシュ技を一試合だけで返されたことである。

 あれだけ期待されていたのに、あっという間に対策されてしまった。

 

「気に病むでない、ましろ!」

 ワコから檄が飛ぶ。

 

「だって、たった一日で必殺技が破られちゃったんですよ!」

「それは銀杏のヤツが天才なだけじゃ! お主、闘っている相手を誰だと思うておる?」


 そうか。相手は優勝候補のレスラー。だったら、格闘センスが高いのも無理はない。


「そうじゃ。相手は若手最強と呼ばれておる相手じゃぞ。しかし、総合能力ではお主だって負けておらぬ。経験は相手が上なら、別の戦闘法で対策せいっ!」

 

 自分は、長谷川茜と戦うために、ここにいる。こんなところで負けるわけにはいかない。

 空いている足で銀杏の腹を蹴り、意地で立ち上がる。

 

 先ほどは手も足も出なかった。

 が、今度はどうにか格闘の形に持っていくつもりだ。

 手四つ、力比べとなる。

 

「あなた、スタントマンさんなんですってね?」

「はい。でも、こんな場所に出てしまっていいのかと、しかも主役で。今でも悩んでます」

「悩む必要なんてないですわ。主婦だろうが医者だろうが、子供だろうが性犯罪者だろうが、リングに上がれば皆等しくファイターなのですから」

 

 銀杏が、腕力で押し切ってくる。

 手四つがあっという間に振り払われ、背後を取られる。

 高速ジャーマンで、後頭部を叩き付けられた。

 

 このトーナメントで使われているマットは、プロレスで使われるようなクッション性の強いものではない。畳と同等の強度を誇る。


 柔軟性はあるといえど、投げ技の威力が相当上がっているのだ。

 そのため、一部の投げ技から追い打ちを行うことは禁止されている。

 

 銀杏に抱えられたまま、再びましろから重力が消えた。

 

 とっさに銀杏の腕を股に挟み込む。

 逆さまの体勢から腕ひしぎを極めた。

 グイグイと、腕を締め上げる。


 だが、銀杏はそのままの体勢から、ましろを持ち上げた。パワーボムだ。

 

 頭と背中をマットヘ強く打ち付けた。衝撃で技が解かれてしまう。

 

 強い。まさか、これほどとは。

 格闘家としての年期も経験も、ましろとは違いすぎる。

 プロレスラーは総合格闘技が苦手だ、なんて大嘘だ。

 銀杏は適応力が高く、あらゆる格闘術に長けている。

 

 もう、相手のペースに付き合っては駄目だ。自分のスタイルで戦わないと。

 ましろは、空手の形を取る。


 銀杏が低空タックルで懐に飛び込んできた。


 対して、ましろは同じように低空から腕を伸ばす。

 相手の低い体勢に合わせたカウンターで、銀杏のタックルを撃ち落とす。

 

『あっと銀杏ダウン! カウンターのアッパーカットをもろに食らってしまった!』

 

 カウント五で、銀杏が立ち上がる。単なるスリップ程度のダメージしか受けてないだろう。

 

「ほう、打撃でわたくしに挑むと。いいでしょう」

 銀杏が、口元を手首で拭った。身体を横に向ける。

 腰を落とし、胸の位置で手を開いた。

 

 何のつもりか。

 しかし、先ほどのカウンターパンチもある。

 まだ仕掛けを持っているかもしれない。

 考え込んでいたって、相手に隙を与えるだけだ。躊躇わずに拳を撃ち込む。


 銀杏の細い手が、ましろの拳を斜め上へと受け流す。さらに一歩踏み込んで、反対側の腕を突き出した。しかも、初めの位置から一歩も動いていない。

 

 紙一重で、銀杏の掌打を避ける。距離を取り、構え直す。


「……詠春拳えいしゅんけん?」

「そうです。よくご存じで」

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