ましろ VS 詠春拳《えいしゅんけん》
必要最小限の動きで、相手を撃つ倒す拳法だ。カンフー映画のように、跳んだり跳ねたりはしない。
かつて俳優のブルース・リーが会得し、後のジークンドーの発展に繋がる。
「ジゼル南武社長からは、本物の格闘家が現れるまで、この技は封印せよ、と仰せつかっています」
「どうして?」
「地味だからです」
なるほど。ましろは、疑問が解消された。
無駄のない動きは、武術としては完成されている。
しかし、ノーフューチャーはプロレス団体だ。観客を魅了しなければ。
「しかも、わたくしの動きに付いてこられる者など、そうそういません。ベテランですら、ほんの一握り。おそらくジゼル南武クラスでなければ、対処できないでしょう」
地味な性格故か、銀杏は詠春拳を気に入った。他の武術より早く会得したらしい。
「けれど、あなたのような武術家なら、わたくしの詠春拳をぶつけられる。これでようやく、まともに戦えるのです。ジゼル南武には感謝しなくては」
銀杏の目に、闘志の炎が宿る。
ススス、と無駄のない突撃を繰り出してきた。
一瞬で、銀杏は懐に飛び込み、ましろのみぞおちへと肉薄する。
両腕を交差させて、ましろは後ろへ飛ぶ。
それでも、強烈な掌打により、後方へ弾け飛んだ。
優雅な笑みを銀杏が零す。頬にできたアザを手の甲で拭う。
ましろはインパクトの瞬間、回し蹴りを見舞ったのだ。
「あの劣勢から反撃を行うとは。さすがですわ、大河ましろさん! やはり、闘争はこうでなければ!」
銀杏の表情が、段々活き活きとしてくる。
ましろを、強敵と認めたのだ。
身体を横にして中腰に構え、手の指を曲げる。虎の前足をイメージして、突き出す。
「ほう、虎の拳法ですか。それが、あなたの技……。ホワイト・ティグリスにちなんで、白虎の爪を思わせますね」
今度は、ましろが前に出た。
詠春拳、どれほどのものか。
右手の轟拳を突き出すも、銀杏が手の甲で払う。左掌底は体捌きで避けられる。
虎が獲物を抱え込むように、両の手を突きだす。
それさえ、銀杏は難なく受け流した。カウンターの肘をこめかみへ当ててくる。
「もっとです。大河ましろさん。あなたは、こんなものではない!」
ゼロ距離で、銀杏が拳を放ってきた。胸の前で手を回すように、肘を回転させる。
ましろも腕を払おうと手を回すが、追いつかない。連続パンチをまともに食らってしまう。
肘の回転が止まった。
途端、腹に鉄柱を突き刺されたような衝撃が走る。
銀杏の肘が入ったのだ。
大きく後ろへ吹き飛ばされ、コーナーポストに背中を打ち付けてしまう。
『すごいです。まるで映画を見ていようですね』
実況が、ましろと同じ感想を言う。
このような殺陣のごとき戦闘は、格闘技の試合ではまず見ない。
もっと実戦的な格闘術が、もてはやされている。
ましろは、ロープの上に飛び乗った。詠春拳に空中戦はない。対策はされているかも知れないが、やってみる価値はある。
開いた手を突き出し、銀杏は迎え撃つ。
ロープの反動を利用して高く舞い上がる。二段回し蹴り。これは、ホワイトティグリスの得意技だ。
一撃目を、銀杏は手で払い迎撃する。
もう一撃を、銀杏の肘に当てた。銀杏の腕に着地した形となる。そこで、反対に回転する。
バランスを崩し、ましろは銀杏の肘の上でスリップした。
チャンスとばかりに、銀杏の突きが飛んでくる。
伸びきった銀杏の腕を取って、ましろは旋回した。回し蹴りを繰り出す。
銀杏の頬に、キックがクリーンヒットした。
マットに足を付け、ましろは身構える。関節までは取れなかったが、攻撃はヒットした。
「この早い切り返し、見事ですわ」
詠春拳に隙はない。なら作ればいいだけ。
敵は銀杏だ。詠春拳そのものじゃない。
詠春拳に無くとも、銀杏個人になら、スキを作れるかもしれない、と踏んだのだ。
先ほどは、銀杏の分析グセを逆手に取った。
確実に仕留めるためか、銀杏は相手の動きを読み過ぎる。
とっさの判断には弱いと踏んだ。
だから、インパクトの瞬間をほんの数秒ずらした。
とはいえ、ラッキーパンチは続かないだろう。後は、練習の成果を試すのみ。
「次で、終わらせます。銀杏さん」
「こちらはとっくにそのつもりなんですわよ。ましろさん」
対する銀杏は、元の冷静さをすっかり取り戻している。さっきのように、油断したりはしないだろう。
迷わず踏み込む。当たらなければ活路も何もない。
また、肘を回すような連続パンチが飛んできた。これだけ早いのに、銀杏は的確にこちらの急所を狙ってくるとは。
拳を叩き込んでは相手の攻撃を防ぎ、さばき、受け流す。
こちらも伊達に殺陣を学んでいない。技さえ見てしまえば、おなじようなことができる。
銀杏が、パンチの速度を上げてきた。
「なんの!」
ましろも速度を上げる。
全身の神経をフル稼働させて、迎え撃つ。
銀杏に焦りの表情が浮かんだ。
決着が付かないと思ってか、銀杏が後ろへ下がる。
全力を込めた前蹴りが飛んできた。
蹴ってきた足を掴み、鉄棒の要領で回る。銀杏の延髄へ、蹴りを食らわせる。
銀杏が怯む。
ましろは低空状態から懐へ飛び込んだ。
渾身の掌底を、銀杏のアゴに食らわせる。続けざまに、腹に拳を叩き込む。
銀杏は反撃のローを繰り出す。
ましろは、ローを足の裏で撃ち落とした。
『おっと、出た。タイガーレイジです!』
最後は、意趣返しの連続パンチ。
銀杏の詠春拳を模倣したのだ。
「な、その技は!?」
負けじと、銀杏も詠春拳の連続打撃を発動させた。
円を描くように動き、互いに打撃を打ち込む。
パンチを叩き込みつつ、相手のパンチを受け流す。
両者まったく同じ動きだ。まるでトレースしたように。
「わたしの詠春拳を、この短時間でマスターするとは」
「見よう見まねです。あなたは強い。詠春拳の技量も、プロレスの技術も。それでも!」
ましろの中にいる虎が目を覚ます。
動物の野生に任せて、ましろは続けざまに銀杏の全身へ拳やキックを叩き込む。
反撃を試みるも、銀杏の拳は野生化したましろには届かない。
銀杏のような強敵と出会えた感謝、畏怖、憧れ。
ましろは、そのすべてを両の拳脚に込める。
満身創痍ながらも、銀杏はまだ倒れない。
とどめに、ましろは強烈なアッパーを見舞う。
大きく身体を揺らし、銀杏が俯せに倒れ込む。
今度こそ、銀杏の意識を刈り取った。
『あっと、銀杏選手ダウン! 立てない。試合終了です。プロレストーナメント優勝者が沈むという大番狂わせだ! 強豪、藤代銀杏を破って、ホワイトティグリス、準決勝へ駒を進めました!』
勝ち名乗りを受けた後、急いで銀杏に呼びかける。
「ありがとうございました。銀杏さん」
肩を貸し、銀杏を起こす。
「わたくしの方こそ、ありがとうございます。おかげで、詠春拳の可能性、素晴らしさを世に広められたと思います」
よろめきながらも、銀杏は自力で立った。
ましろの手を、自分の手の平で優しく包む。
「準決勝、わたくしの分まで全力で戦って下さいね」
「はいっ!」
リングを降りて、ましろはジゼル南武の元へ。
「あの、ジゼルさん。今日はありがとうございました」
ジゼルの前に立ち、お辞儀をする。
「頭を下げないで。まだカメラが回ってるのよん」
「はうっ、すみません」
また頭を下げそうになった。
ジゼルが、ましろのアゴをつまむ。
それだけで、ましろの心臓が跳ね上がった。
おそらく、これは武者震いだ。
ましろの身体が、ジゼル南武を無意識に強者だと認識している。
「いいのよん」
ジゼルは指をアゴに這わせながら、ましろと距離を取った。
ましろも軽めに構えて、ジゼルと臨戦態勢であると、カメラにアピールする。
「今日は、ビックリしました」
「ごめんなさいね、あなたにとってはサプライズだったもの」
「でも、勝ててよかったです。ありがとうございました」
ましろが礼を言うと、ジゼルは何を思ったか、メガホンを取り出す。
「これで勝ったと思わないコトね、ホワイトティグリス! また、新たな刺客を送り込むから、待ってなさい!」
「ノオオーッ!」と、ジゼルは手を水平に構えて叫んだ。
銀杏も、同じようなポーズを取った。若干恥ずかしそうに。
「フューチャー!」
ジゼルが、水平にした両腕を、バツ印に交差させた。
「ふゅーちゃ」と、銀杏も小さく指で×を付けた。
その後、二人はヘリに乗って退散していく。
手を振ったらまたジゼルに怒られそうだ。
かといって、文句を言っては小物感が出てしまう。
何もできないまま、ましろはヘリを見送った。
「ジゼルを見た感想はどうじゃ? 面白いヤツじゃろ?」
ワコに聞かれて、ましろは肯定する。
「館長、もっと鍛えてください。わたし、もっと強くなる!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます