準決勝 開幕!

茜、悪友との死闘

 準決勝第一試合は、リング上で行われる。

 両者たっての希望だ。誰にも邪魔をされない。

「プロレスの試合会場でなければ決着をつける意味がない」と、茜は告げたのだ。

 茜の提案に、龍子が応えた形である。

 

 両者が、リング中央で睨み合う。

 

 レフェリーが二人を引き離した瞬間、ゴングが鳴った。


 試合開始早々、空中戦を龍子は仕掛けてくる。派手な蹴りを飛ばしてきた。

 

『あっと、開始早々ドロップキック! ムーンドラゴン選手、序盤から仕掛けてくる』


 茜に届かないと見るや、龍子はロープへと飛んでいく。体操の鞍馬のように、ロープの反動を利用して身体を旋回させた。加速を付ける。

 

 トップロープに着地した瞬間、龍子はロープのしなりを活かしたムーンサルトを放った。


 一撃目はかわす。

 

 しかし、龍子は間髪入れずに、かかとを落としてきた。


 腕を交差させて防ぐ。

  十分い加速と重さが載った踵蹴りを食らって、腕が痺れる。

 

『おお、二段踵落としです! ムーンサルトからの踵落とし二発。とんでもない運動神経だ!』

 

 たしか、この技は……。


「そうさ。ましろの親父さんが演じた特撮の必殺技だ! あたしは、あの番組が大好きだったからずっと練習してた。この技を最初に食らわせるのは、あんただって決めてたんだよ!」


 指を差し、龍子が声を上げた。

 

 茜も、その番組は見たことがある。そのときだけは、龍子と肩を並べてTVにかじりついていた。

 もっとも、自分が応援していたのは悪役の方だったが。

 

「どうした、あんたもかかって来いよ、茜!」

 龍子が挑発してきた。

 

 言われるまでもない。

 龍子を追い詰めようと、フットワークで円を描く。

 

 ところが、龍子はこちらの格闘には付き合わず、プロレスに固執する。

 宙返りからの延髄斬り。

 リアルファイトにとっては余り意味のない攻撃だ。

 

 かわすまでもなく、攻撃は大きく逸れた。


 このスキを突いて寝技に……駄目か。


 龍子はすぐに立ち上がる。こちらの格闘に付き合う気はないらしい。龍子はプロレスに拘っている。エンターテインメントに。


 その姿勢は、茜を苛立たせた。

 こちらのファイトスタイルを殺す作戦か?


『覇我音選手、執拗に格闘戦に持ち込もうとしてます。が、ムーンドラゴンが付き合いません。警戒しているんでしょうか?』

『かもしれませんね』

『まるで、五年前の蒼月ワコ対ジゼル南武戦を思い出しますね』

 

 解説の言葉を聞いて、唐突に頭がクリアになった。

 そうか、龍子はこれを狙って。


 どれくらいの時間、よそ見をしていたのか。

 後頭部を狙ったローリングソバットに対応できなかった。

 蹴りをまともに食らい、マットに倒れ込む。

 視界がグルグルと回り、吐き気が口の中に広がる。

 

『ただ、五年前とは立場は逆ですね。蒼月ワコが真剣勝負を求めて、ひたすらジゼルがおどけて煽ってました。今は蒼月龍子がプロレスに拘って、長谷川茜が真剣勝負を仕掛けてきます』

 実況や解説も、口調が乗ってくる。


 思い出したくもない試合だった。

 その試合があった日は、父の命日だから。


 ジゼルは、父が死んだ夜、無様に負けたのだ。

 そんな母親に、いいように育てられてやるものか。

 そういう憎しみが茜を強くしていった。


「本気を出しなさい、蒼月龍子は、こんなものじゃないはずよ!」

「うるせえ! ジゼル南武がどういう気持ちで戦っていたのか分かってないくせに!」

 怒りの籠もった鋭い蹴りが、茜のポニーテールをかすめた。

 

 観客がドッと沸き出す。

 

 その空気感さえ不快だった。 

 勝負というものは、もっと純粋であるべきだ。

 怒りや憎しみさえ通り過ぎて、ようやく高みに到達できる。

 

 ならば、やはり自分は、見世物には向いてない。

 なのに、人を引きつけてしまう。

 自分の中に流れるジゼルの血が、そうさせるのか。

 

「あの人の気持ちなんて知りたくもない! 無関係のあなたに何が分かるっていうの!?」


 茜の蹴りと龍子の掌底が、互いのアゴにクリーンヒットする。


 目の前を星が瞬き、両足が言うことを聞かなくなった。

 固いマットに茜の背中がバウンドする。


 それは龍子も同じなようだ。争点の合わない両目で、宙を仰いである。


『おっと両名ダウンする。しかし、同じタイミングで立ち上がります』

 

 幽鬼のようにふらつきながら、龍子は茜を睨む。


「あたしには、本当の家族がいない」

「知ってるわよ」


 赤ん坊だった龍子を置いて、母親は息絶えたと。父親は、龍子も知らないらしい。


「あたしじゃ、家族を憎むあんたの気持ちなんて分からない。だから、あたしはあんたを倒す相手に、何も背負っていないましろを選んだ。あたしじゃ、あんたを倒せても、あんたの心までは、晴れさせてやれないんだよ」

 

「そんなの、誰も頼んでない!」


 茜の右ハイキックを、龍子は胸板で受け止めてきた。茜の足を抱え込んで、ドラゴンスクリューで反撃してくる。

 

「あたしは困るんだよ。あんた、このままじゃ、何もかも憎みながら戦わなきゃいけなくなる。そのうち、格闘技まで嫌いになっちまう。あたしはそんなの嫌なんだよ!」

 

 自分が恵まれている。

 そう聞かされて、茜は怖気が走った。

 茜は心を覇我音のものにして、拳を交える。

「私はただの戦闘マシーンだ。私に家族はいない。欲しいとも思わない!」

 

「ジゼルはあんたに賭けてる。あんたなら、家族の不幸も乗り越えられるって」

 拳と蹴り、投げの応酬が続く。

  

「あなたがどうしてジゼルの味方をするの!?」

「あたしは天涯孤独だ。だから、ジゼル南武の気持ちがよくわかる。子を思う親の気持ちが。あんたは、甘ったれてるんだよ! ジゼルはあんたを大切に思ってるのに!」


 息もつかせぬ攻防に、観客が静まりかえる。


 いや、龍子の言葉に、意識が向きすぎているんだ。


「家族に振り回された私の気持ちなんて、あなたには分からないわ!」

「振り回してくれる家族なんて、あたしにはいなかったからね!」

「……もう、うんざりよ。終わらせてやるわっ!」

 茜が腰を低く落とす。砕雲掌の構えだ。

 

 こちらへ龍子がダッシュしてくる。

 龍子の脇が開く。三日月の体勢だ。

 

 手の平が、龍子の脇腹を的確に捉えた。

 

 だが、龍子は死なない。砕雲掌をまともに食らってもなお、茜の首を捉えた。

 

 視界が反転し、一瞬で天と地が反転する。直後、脳天に激痛が走った。

 

『覇我音の必殺掌打! しかし、ムーンドラゴンのカウンターで三日月が炸裂! 相打ち!』

 

 龍子が息を吹き返した。腹に相当のダメージを食らったのだろう。動きがない。

 

 茜も立とうとする。

 が、脚に力が入らない。

 肩で大きく息をして、酸素を肺に送り込む。背中に嫌な汗が流れる。

 

 砕雲掌でも、倒しきれなかった。

 ノーダメージというわけじゃないだろうが。

 

 一撃で仕留められなかった事実が、予想以上に精神的ダメージを与えている。


 ならば、もう一発食らわせるまで。

 もう一度腰を落とした。呼吸を整え力を溜め込む。


 性懲りもなく、龍子はまたもイノシシのようにこちらへ突撃。


『再度、砕雲掌の構え。蒼月流の奥義を構えます覇我音選手、相手の突進に付き合う!』

 

 前にダッシュして、龍子も迎え撃つ。

 またも、三日月。

 

 二人がインパクトする瞬間、龍子の腹がドスン、と音を立てた。

 

 茜が突きだした足の先が、龍子のみぞおちにヒットする。

 

 瞳から力が消え、龍子の身体が足にもたれかかった。

 

『あっと、足で砕雲掌! いえ、砕雲脚というべきでしょうか。ムーンドラゴン失神!』


 茜は、龍子をそっと降ろす。

 レフェリーが両手を振ってゴングが鳴り響く。

 

 蒼月ワコと大河ましろが、倒れている龍子の元に駆けつけ、タンカに乗せる。

 

 茜は声をかけない。

 フェリーに手を上げられそうになったが、振り払ってリングを早々と降りる。


 一刻も早く、ここからいなくなりたかった。これ以上は耐えられない。


「茜さん!」

 花道を抜けたとき、後ろから声をかけられた。

 声の方へ身体を向ける。


 視界にいたのは、大河ましろだ。

 龍子をタンカに乗せたはずだが。

 

「龍子は、どうしたの?」

「起き上がって、タンカを降りちゃいました。自分で帰れるからって」


 いかにも龍子らしい行動だ。

 しかし、砕雲脚をまともに浴びて、すぐ起き上がるなんて。

 

「そう。でも、ちゃんと見てあげてね」

「はい……あの、茜さん」

 

 まだ、何か聞きたいことがあるのか。


「茜さんは、この試合、どう感じました?」

 答えづらい質問だ。


「そうね。私はもっと、蒼月流同士のぶつかり合いがしたかったわ。あの娘がプロレスに拘る気持ちもわかるけど」


 戦いながら、龍子がずっと別のことに拘っている感じを受けていた。


 試合以外で、何を理解しろというのか。

 その雑念が、敗北に繋がっていては、元も子もないというのに。


「茜さん、龍子が何を思って、試合をしていたかは――」


「興味ないわ」と、茜は言い捨てる。

「勝つか負けるかでしか、私たちは何も語れない。だから、何か聞きたいなら拳で語りなさい。私達格闘家は、その方法しか許されないのだから」

 

 これは、本心だ。

 答えなんて、茜にだって分からない。

 勝ち上がって掴み取るものだ。

 

「そう、ですね。すいません。必ず勝って、茜さんにわかってもらいます」

 ましろはそれだけ言うと、足早に龍子の元へと走って行く。


「決勝のリングで待っているわ」

 見えなくなったましろに語りかける。

 これも、本心からの言葉だ。

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