ましろ、長谷川茜と再会する。が……

 予選の最終試合が終わってすぐ、組み合わせ抽選会が行われた。


 抽選会場である陸上競技場には、満員の観客が詰めかけている。


 選手たちは、競技場の中央に集められていた。

 だが、ひと枠足りない。いくら待っても、名前が呼ばれないのだ。


 会場が騒然とする中、リングアナが司会を進行する。

『本大会において、特別に、ジゼル南部から刺客が送り込まれました。その名も、クライシス・キュンキュンピサロ!』


 ヒップホップに乗って現れたのは、ましろのよく知っている人物だった。

「え、クロちゃん!?」


 クローディア・ピサロである。派手な衣装にケバい化粧をしているが、爆乳と温和な雰囲気は隠せない。


「ましろ、知り合いか?」

 隣にいる龍子が声をかけてきた。

「うん。クラスの留学生」


 ブーイングと拍手の中、クローディアが配置につく。ましろに気づいて、手を振ってくる。


 全員でくじを引き、抽選が終わった。  

『えー、一回戦の組み合わせが決まりました』

 ましろの出番はBブロック、龍子はAブロックだ。


「あっちゃーっ。ましろ、あんた、よりによって藤代会長がいる組かよ。クジ運が悪いな……」

 番号札を持つ龍子が、頭を抱える。


 トーナメント表を見た。

 勝ち上がれば、藤代ふじいろ 銀杏いちょうというレスラーと戦うことになるらしい。

 

 相手を見る。髪が長く、まるでスーパーモデルのような体型である。胸は控えめだが、大人の色気を感じた。

 

「そんなに強いの? あと、会長って何?」

「高校三年生で、時雨山女子しぐれやまじょしの生徒会長なんだ。去年のトーナメント優勝者だよ。一言で言うと優勝候補ってやつ」

 

 プロレス団体『ノーフューチャー』のトップファイターだという。実力だけなら、ジゼル南武とも肩を並べられるとか。


「マジで? わたし、勝てる気がしないよ」

 ましろも息を呑む。初戦から大物だ。

 

「まあ、あたしもセコンドに付くから」


 運営委員から、重大な発表があると告げられた。

『今回の格闘大会ですが、試合日程、会場などは、特に指定しておりません』


 運営委員の発言に、会場内が騒然となる。


『両者合意の場合、リングは用意致します。希望者は、いつ、どこで、試合を要求しても構いません』


「それって、いつ襲われるか分からないってことか?」

 龍子の質問に、運営は『はい』と答えた。


 会場のどよめきがさらに大きくなる。


『ただし、事前に運営の方に連絡がなければ違反として、失格と見なします。決められた選手以外の相手に試合を要求することも不可能です』

 

「連絡しとけば、襲撃し放題なんてな。笑えないぜ」

 要するに、ストリートファイトになる可能性もあるということか。

 

「しつもーん」

 選手の中でも特に背の低い少女が手を挙げる。

『はい、金剛院こんごういんさん』

「お客さんはどうするの?」

 金剛院という少女が質問をする。Aブロックで、長谷川茜と当たる可能性がある選手だ。

 

「そうだそうだ」という声が、会場内から漏れ出す。

 

『ご安心を。ちゃんと事前に情報は確認できます』

 試合時間や場所などは、ツブヤキ系サイトや、格闘技団体の公式ホームページなどで情報が公開されて、ゲリラ的に運営が行われる。

 当日は生放送でネット配信だ。

 どこにいようが放送衛星を通じて全世界に配信されるらしい。


『生で観戦できない方々のために、再放送もされます。見逃した方々はそちらをご利用下さい』

 たかが女子高生同士の取っ組み合いなのに、かなり大規模な予算が掛かっている。

 

「マットはあるんだろ? まさか、コンクリートの上で試合しろなんて言わないよね?」

『もちろん。当日はリングが用意されてから、試合開始となります。準備などは、すべてこちらで行いますので、ご安心を』

 

 なるほど、そういう準備をしなければならないから、事前連絡をしろと。

 

『なお、これらのサプライズ運営は、準決勝までです。決勝は、この会場で行われます』

 

 それまでは、いつどこで試合が行われるか分からない。

 

「悪い、ましろ。どうやら、あんたのセコンドにつくって約束は守れそうにないぜ」

「いいよ。何とかやってみる」

 これでも、格闘家の端くれだ。人に頼らず、できるところまでやる。

 

 説明会の終了間際、長谷川茜の姿が瞳に飛び込んできた。

 今追わなければ、もう声をかけられないような気がする。

 

「あの、はじめまして」といい、ぺこりとお辞儀をした。

「あなたは?」

 長谷川茜は、首をかしげた。

「小学六年の空手選手権であなたと戦うはずだった、大河ましろです」

 

 もう一度、頭を下げる。

 茜は、パッと何かを思い出したような顔になった。

「ああ、あなたが。そう。あなたが」

 一言だけ発し、茜はうなずき続ける。まるで、何か考えを巡らせるように。

 

 何事か、ましろは心配しつつも茜の行動を見守った。

 

「これも何かの縁でしょうね。決勝で会いましょう。会えればだけど」

 茜が、ましろに背を向けた。


「おい、茜、決勝でましろと当たるのは、あたしだぜ」

 龍子が、茜の前に立つ。


「ああ、あんたもいたわね。蒼月 龍子」

「茜、今ここであんたを叩き潰したいが、勝負は預けておくぜ」


 静かなにらみ合いが続く。


「ましろ、なにかありましたか?」

 まったく空気を読まず、クローディアが寄ってきた。

「二人は、同門なんだって」

「OH、オナジアナノムジナですね!」

「それを言うなら、『同じ釜の飯を食った仲』だよ、クロちゃん……」


 それにしても、クローディアがノーフューチャーだなんて。

 いやでも、カレイドスコープと敵対してしまうではないか。


「ノープロブレム。学校で襲いかかったりはしません。ましろが激辛ダメなのも、教えないね」

「クロちゃん!」


「ではシーユー、マシロ」

 どこまでも脳天気なクローディアが、茜を引っ張って帰って行った。

 茜は心底迷惑そうだったが。


 一瞬、不穏な空気に包まれたが、クローディアのおかげで毒気が抜かれたようだ。


「あたしらも帰って特訓しようぜ、ましろ」

「そうだね」

 龍子を連れて、ましろは会場を去った。

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