ましろと、謎のマシュマロ系転校生

 試合の翌日、ましろは白いワンピース型の制服に身を包み、学校へ。

 学園生活の他に、格闘技新人戦の予定も追加された。それと併用したドラマの撮影もある。

 

「おっす、ましろ」

 バス停から歩いてくる女子が、ましろに声をかけてくる。

 龍子だ。夏らしい、水色のブレザー型制服で。時雨山女子の制服である。


 しかし、ましろはもっと驚きの声を上げてしまう。

 やたら長身の女性が、龍子の隣で立っていたのだ。ましろより大きいが、清楚な感じが全身に溢れている。


「えと、あの……初めまして」

 ましろは人見知りの性格なので、初対面の相手と満足に話せない。

「初めましてじゃないのよね。ワタシは」

 声に聞き覚えがあった。化粧は取れているが、確かにこの声は。

 

「ひょっとして、スカルクロー 一号さん、ですか?」

 ましろが当てると、少女はウインクした。「おはよう、ましろさん」と挨拶してくる。

 慌てて、ましろも頭を下げた。


 それにしても、えらい変わり様だ。

 とても以前戦った相手とは思えないほど、様変わりしている。

 マスクを取っただけで、ここまで変わるのか。

 

「龍子と同じ、時雨山女子学園なんですね?」

「そうなの。クラスメイトよ」

「似合わないだろ、この制服」

 大きくスカートを摘まみながら、龍子は苦笑いを浮かべる。

 ましろも、スカートを穿いている龍子に違和感を覚えた。

 

「確かに、ね。お嬢様学校だものね」

 正直な感想が漏れてしまう。

 真面目に学校へ通う龍子は立派だ。

 とはいえ、お嬢様学校の制服は、龍子の持ち味である牙を削いでしまう。


「でもね、世話になって以上、学校を辞めるわけには、いかなくってさ」

「どういうこと?」

「あたしの学費、蒼月流から出てるんだよ。あたし、あの人の養子だから」

 それは、初めて聞く。

 

「でも、蒼月流の師範は確か、独り身だよね?」

「あたし、捨て子でさ、両親いないんだ。それを、蒼月流に拾ってもらったんだ。跡取りが生まれなくて、孤児を集めてたらしい。その代わり、跡取りとしての修行は目一杯やらされたけどね」

「よく脱走していたのよ。この子の脱走先が、ワタシの家だったの」

 

 龍子の過去を垣間見て、ましろは笑みが漏れた。

 

 龍子が時計を見てホームへ急ぐ。

「ああ、もう行こうぜ、電車に乗り遅れちまう。それじゃ、あたしらはこっちだから」

 別のホームへ向かう龍子を、ましろは見送った。

 電車に乗って、母校の榎本高校えのもとこうこうへ。


 下足場で、友人から声をかけられる。

「おはようましろっ、見たよ! カッコよかったね!」

「試合のこと? うん。怖かったけど、やりきったよ。え、えへへ……」

 ましろが面映ゆく感じていると、友人は盛大に首を振った。

 

「違うって! 新ドラマ新ドラマ! あんた主役じゃん!」

「……え?」

 一瞬何を聞かれたのか分からなかった。


「ああ、わたし、主役だった」

 ほうけていると、「もう、しっかりしなよ、ましろ」と、友人に肩を叩かれた。

 

 確か、自分はホワイト・ティグリスとして、特撮ドラマの主役になったのだ。

 朝の子供番組ではなく、深夜番組なので、カルト的なファンは付いているらしい。

 

 てっきり、敵役の長谷川茜に人気が集中しているかと思われたが。

 フタを開けてみると、案外ましろにもファンがついていたのが驚きだ。

「エゴサーチはするな」と、大永社長や龍子から止められている。よって間接的にしか知らないけれど。

 

「めっちゃかっこいいじゃん、ましろ。モチーフが虎だから、てっきりゴツイのかなと思ったけど、ましろって可愛いから」

 

 友人から喝采を浴びた。

 が、ましろにはまだ実感が湧かない。本当にアレは、自分だったのか。

 可愛いか、自分は? まだ実感できていない。

 

「今日から転校生が来るんだって。聞いて驚くなよー、留学生だってよ!」

「うわ、バイリンガルかよ。あたし、うまく英語しゃべれるかな?」

 教室に入ると、女子が騒いでいる。

 

「へえ、ウチもグローバルになったもんだねぇ」と、ましろはつぶやく。

 そんな他愛もない会話をしていると、朝礼が始まった。早速、転校生を紹介する。

 

 廊下からショートカットの少女が歩み寄り、教師の隣に立つ。見た目はかなりぽっちゃりで、体格も大きい。


 少女の手の中で、チョークが黒板を滑る。力強い筆圧でいて、音は優しい。

 

「クローディア・ピサロでーす。よろしくでーす」

 カタコトの日本語で挨拶をして、頭を下げる。

 

「おーう! マシロ!」

 かと思えば、クローディアは真っ白なフレアスカートをはためかせ、真っ先にましろに抱きついた。

「ナイスファイト、マシロ! 面白い試合するネ!」

 緑色に光る瞳を大きく見開き、クローディアはましろの両手を取った。ブンブンと腕を振るように握手をする。

 

「あ、あわわ」

 ましろはいきなりのことで戸惑う。

 先生にいなだめられ、クローディアは席に戻された。


 日本語こそ怪しいものの、クローディアの学習能力は高く、運動神経も抜群だ。

 ただ、休憩時間になると必ず何か食べ物を開けている。一限目が終わるとメロンパンを開け、二限目が終わるとツナマヨおにぎり、三限目が終わるとウエハースチョコのアソート、という流れだ。

 

 昼食となり、クローディアが学食へ行きたいと誘われた。

 クローディアの献立は、ハーフサイズのカツ丼がついたきつねうどん定食と、おやつのたい焼きである。

 

 ましろは母親特製の弁当だ。卵焼きとタコウインナーの定番メニューである。


 カツ丼を頬張りながら、「ニホンの御飯はおいしい」と、クローディアは何度も連呼した。こちらのウインアーを凝視している。

 

「クロちゃん、よかったら食べる?」

「センキュー。お礼にたい焼きをあげるです」

 クローディアは、紙袋からたい焼きをひとつ出した。

 

「あ、ありがとう、卵焼きもどうぞ」

「おーう、ましろ親切ネ」

 シェアしたウインナーと卵焼きを頬張りながら、クローディアがまたたい焼きを差し出す。

 

 クローディアの昼食はこれで収まらなかった。ハンバーグ、カレー、鯖の塩焼き。気がつけば、食堂のテーブルが空の皿で埋まっていた。

 

「ニホンの食事は、味付けが絶妙で最高ネ」

 パンパンに膨れた腹をさすりながら、たい焼きを口に含んだ。

 

「ところで、ましろはいつからマーシャルアーツの試合してるネ?」

 唐突にクローディアから質問が飛んできた。

「この間からだよ。あれが初戦だけど?」


 現在出演しているキャラクターのキャンペーンだと語った。それ以上は企業秘密である。


「おーう。カレイドスコープ、色々手を伸ばしてるネ。面白い」

「クロちゃん、プロレス好きなの?」

 女性で、この歳でプロレス好きとは珍しい。

「ここだけの話、ミーもレスラーでス」


 ましろは呆気にとられた。けれど、レスラーならこの食事量は頷ける。大きくならなければ行けないのだろう。


「いつから?」

「子供の頃からネ」

 随分、年季が入っている。

「けれど、ミーは悪役レスラー。だから正体バレるのはよくないネ。だからクワイエット、いいネ?」

「お、オッケーオッケー」と、ましろも同意する。


 しかし、この愛らしいルックスでレスラー、しかも悪役とは意外だ。全くイメージできない。


「どこの所属なの?」

「試合までのお楽しみでーす。本格参戦まで待つネ。時が来れば、ユーと試合するかもしれないネ。そのときは全力でいくネ」

「よ、よろしくねっ」

 

 試合をするなら、ましろが出ている高校生ファイト王の選手権ではないか。それとなく尋ねてみた。

 

「イエス。ミーも参戦しているネ。でもクワイエット、よろしくデス」

 

 放課後は、お互いトレーニングだからと、帰りは別々に。

 もっと、落ち着いて話せたらよかったが。

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