ましろ、ラストバトル

ましろ、決意を新たに

 クローディアとの死闘から数日、道場にて、ましろは龍子と汗を流していた。

 

 龍子がましろのボディへ掌打を浴びせてきた。

 オープンフィンガーグローブをはめた拳で、ましろも正拳を叩き込む。


 本気の殴打の応酬。

 手加減はできない。

 顔面、こめかみ、ボディ、隙あらば打撃を打ち込んだ。

 カウンターもいくらか入ったが構わない。

 相手を殺すつもりで破壊に掛かる。


 互いに打ち込み疲れ、距離を取る。


 肩で息をする龍子。その表情からは、いつものクレバーな気配はなりを潜めている。

 

 こんな小さな相手に、自分は翻弄されている。だが、龍子は二〇キロもある体格差を物ともしない。やはり、大した選手だ。

 

「どうして、そのパワーを本番で活かさなかったの? 蒼月流の技を使えば、勝てたかもしれないじゃん」

 

「それじゃあ、あたしじゃないんだよ。どれだけ蒼月流を極めても、あたしの本流はプロレスだ。それを捨てて勝つなんて、あたしを捨てるってこった。それで勝ったって嬉しくねえよ」

 プロレスラー、龍子は語る。

 

「今度の相手は蒼月流の達人クラスじゃ。うかうかしておれん。本格的な稽古をせねば」

 状況を見守っていたワコ館長が檄を飛ばす。

 

「わかってるよ。ましろ、この構えをよーく覚えておけよ」

 龍子は腰を落とし、身体を横に向けた。

 腕を大きく引き、拳を握り込む。

 

「これが、あいつの父親が得意だった打撃技、『砕雲掌』だ。雲を砕く掌、って書く」

 

 龍子の拳が、ましろの腹部に軽く突き刺さった。

 わずかに、ましろの身体が後ろに下がる。

 

「あたしも型だけしかわかってない。ワコ館長ですら、うまく再現できないんだ」


 その後、二人は夕方まで稽古を続けた。


 今度は自分が食事を奢るからと、ましろは龍子たちを馴染みの店へと連れて行く。

 

 着いた先は、ビュッフェタイプの定食屋だ。

 九〇分の間、何を頼んでもいい。

 父がひいきにしている店で、ましろはよくここへ連れてきてもらっていた。

 

「アルコールは別料金です。すいません」

 ましろはワコとマキに断りを入れる。

 

「構わん。酒は嗜まんでな」

 ワコは気にしている様子はない。

 マキも、ワコと同じく、お茶を頼む。


 ましろと龍子は、ジョッキのオレンジジュースで乾杯。

 決戦に向けて、しっかりと腹に食事を入れていく。

 

 肉団子を頬張りながら、龍子は「ここが馴染みの店なんだな」と尋ねてくる。


「マンガが多いんだよ」

 壁一面に大量の漫画が置かれている。

 食事処なので多少は汚れているが、きれいに保管されている方だ。

 

「うわあ、『餓狼の拳』じゃんか。孤児院でよく読んだよ」

 龍子が眼を輝かせて、本を手にする。

 

「ここらのマンガを大量に読んでさ、技の研究をしてたの」

「なるほど、ここは、ましろの修行場でもあるってわけか」

 龍子はうんうんと納得した。

 

 ここには、ましろのルーツが沢山ある。

 ましろはこれら大量の漫画からインスピレーションを得て、技を編み出していた。

 

 しかし、これだけインプットしても、長谷川茜打倒の突破口が見つからない。

 

「色々考えたんだけどさ、わたしみたいな何もない人間が格闘技なんかしていていいのかな?」

 オレンジシュースを一気飲みして、ましろはテーブルにジョッキを置く。

 

 クローディアと戦った後、ましろはずっと自分のあり方を自問自答していた。


 どうせ自分が茜に勝ったくらいで、茜のカリスマ性はなくならない。

 

 ましろだって、立場はあまり変わらないだろう。

 大きい仕事くらいは来るとは思うが、そこで結果を出せなければ、また元の生活に逆戻りだ。

 

 けれど、逃げようとは思わない。

 どれだけ強い相手でも戦ってきたし、勝ってきた。


 それはなぜだ?

 女優を続けたいからか?

 茜と差を付けたい?

 茜を出し抜く?


 いくつもの疑問が生まれたが、どれも違う。

 

 茜を救うという目的も、ワコや龍子たちの願いだ。

 ましろにとっては、どうでもいい。

 茜は茜であり続けているからこそ、美しいのであって。


 ましろはましろだ。

 ただ、本能のままに戦うだけ。

 純粋な闘争心のぶつかり合い。

 それこそ、ましろは望んでいる。

 けれど、それでいいのか、と思う自分もいた。

 

 龍子が、おかわりに瓶コーラを頼む。

「格闘技は好きなんだよな?」

「うん」

「それは、相手をぶちのめすのがか? 自分を高められるからか? それとも別の理由があるのか?」


 おそらく、ましろはここまで悩んだことはない。

 そこまで追い詰められたことがないから。

 

「想像したこともなかった。目の前にある物事をやっていくのに必死すぎて、自己追求なんてしなかったな」


「わかった。話題を変えようか。なんで女優になろうとしたんだ? それだったら、イメージしやすいんじゃないか?」


「うちはね、父がスタントマンで、母が声優なんだよ」

 今でこそ注目されることも多くなったが、それまではずっと裏方だった。

 二人は芝居そのものが好きで、共演したことから交際が始まった。

 仕事の大きさ関係なく、黙々と続けている。

 ましろは、そんな両親が好きだ。

 

「なるほどな。それじゃあ、ましろ。芝居をしていて辛かったことはないか?」

「セリフがうまく話せないとか色々あるけど、だからってやめようって考えたことはないかな」

「そっか。格闘技が嫌いになったことってあるか?」

 ましろは首を振った。

「ないよ。生活の一部になって、て……」


 龍子のおかげで、なんとなくだが、自分がどうして格闘をしているのかわかった気がする。

 

 続けることに、理由なんてない。

 格闘技が、ましろそのもの。

 戦うこと自体が、ましろのライフスタイルとなっている。


 当たり前のように格闘技が側にありすぎて、身体の、生活の一部となっていた。

 格闘技を捨てたら、それはましろではなくなってしまう。

 だから、大々的な目的は何だと尋ねられても、答えられなかったのだ。

 

「やっぱり、あたしの見込んだ通りの娘だったよ、ましろは」

 龍子はコーラ瓶をコン、とましろのジョッキに当てる。

「お前みたいな純粋な格闘バカが格闘技をやってくれているのが、あたしは嬉しいんだ。だから、あたしはアンタに賭けたんだよ」

 語り終えた後、龍子がコーラを飲み干す。


「ありがとう龍子、何となくだけど、自分を見つけれたって思うよ」

「そう言ってもらえると照れるなぁ」

「龍子、わたし、絶対に噛ませになんかならない。なってやるもんか」


 ましろには、最終戦について、考えていることがあった。

 龍子と戦いながらずっと構想を練っていたのだ。


「社長、決勝戦の前に、記者会見を開い欲しいのですが、お願いできますか?」

 ましろは、会見の調製を大永マキに頼んだ。


「ドラマチックな展開にできそう?」

「ご期待には、添えると思います」

 ましろは笑った。


「わかったわ。じゃあ今からジゼルと打ち合わせするから、席を外すわね」

 善は急げとばかりに、マキはスマホを持って店の外へ。


「ましろよ、辛い役目を押しつけてしまい、すまぬ」

 ワコが詫びる。


「いいえ、わたしにしか、できないことなんですよね?」

「左様か。ならば決勝まで、徹底的に仕上げるからのう」

 ましろの身体に緊張が走る。そのとき。


「なんですって!?」

 スマホに向かって、マキが叫んだ。

 

「大変よ!」

 通話を終えた社長が、血相を変えて店の扉を開けた。

 

「なんだよ、今やっとましろがやる気を出して」

「それどころじゃないわ! さっきジゼルに電話したら、とんでもない事になっていて」

 マキは、スマホを強く握りしめている。


「ジゼル南武が、長谷川茜に負けたって!」

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