ましろ……初陣っ!

 龍子に連れられ、訪れた先は、四角いリングの上であった。

 ずっと手を引かれ、無理やりマットに上がらされる。


 辺り一面、龍子を称える歓声が飛び交う。

 同時に、困惑したような声が、アチコチから聞こえてきた。

 

『お聞き下さい、この大歓声! ムーンドラゴンが、謎のレスラーを引き連れての参戦。しかも、現在テレビ放送中の、魔法天使ホワイト・ティグリスのいでたちであります!』

 実況アナウンサーがハイテンションでましろの姿を描写する。


 龍子が、リングアナからマイクを取り上げた。対戦相手であろう人物を指差す。

「おい、スカルクロー! こいつがお前の挑戦者だぜ!」


 相手は黒のレオタードで構成されており、背中にドクロの入れ墨をしている。ガイコツを象ったマスクを被っていた。

 龍子の挑発を受けると、相手はわざとらしく肩をすぼめる。


 馬鹿にされた気がした。ましろは腹を立てる。


 レフェリーが、ましろの前にやってきた。

「そう言ってますが、参戦の意志は?」


「えっと、そんなこと言われても」

 どう言い訳しようか。

「アリだ」

 もたついていたせいで、ましろは龍子に口を塞がれてしまった。

 

「リングネームは?」

「ホワイト・ティグリス。そのまんまで」

 そう言って、龍子はましろの背中に生えた羽をむしり取った。


 選手紹介の場面となり、レフェリーがましろをホワイト・ティグリスと紹介する。

 

「わたし、顔出しだけど、いいの?」

「ティグリスだって顔出しじゃん。平気さ」

 そう言って、龍子はロープへ引っ込もうとする。

 

 すかさず、龍子の肩を掴む。

「ちょっと待ってよ。いくらなんでも勝手だよ! わたし、プロレスなんて」

「平気だって。相手も格下だ。さっきくらいに動けたら勝てるって。これはプロレスじゃない。アルティメットルールだ」


 なんでもあり、ってことか。

 寝技も立ち技も、蹴りも絞め技もOKのルールだ。

 脊髄や、急所攻撃以外は何をしてもかまわない。

 

「ちょっと待ってよ龍子! どうやって動けばいいの?」

 いきなりリングサイドに戻って、ましろは龍子を呼んだ。

「とにかく戦えばいいんだよ。ほら来た。後ろだ」

 

「ルールの説明をします。両者前へ」

 レフェリーが言う。

「行きな」と、龍子はましろの肩を叩いた。ロープの向こうへと消える。

 

 ルールは一ラウンド勝負だ。

 どちらかがダウンするか、降参するかで勝敗が決まる。

 ダウンして一〇カウント取られたら負け。ロープブレイクはアリ。打撃、寝技あり。


「ラウンドワン!」

 レフェリーが宣言した直後、ゴングが鳴った。


 身長の高いスカルクローが突進してきた。

 とっさに回り込んで、タックルをさばく。

 スカルクローも様子見だったらしく、特に悔しがる様子はない。


 円を描きながら、深呼吸を二つ繰り返し、隙を窺う。

 スカルが立ち止まり、手を伸ばしてきた。

 ましろも、手を握ったり閉じたりして、どうすべきか頭を巡らせる。

 

 相手は身体が大きい。すぐに潰してくるのではないか。

 だが、これは競技だ。むしろ挑発に乗ってやるべきなのでは。

 様々な考えが錯綜する。

 

「ホントに無理だって!」

 またロープに戻って、龍子に抗議した。

「大丈夫、やればできるってば。また来たぞ」

 龍子の声に振り返る。


 スカルの視線が動く。殺気の籠もった手刀が、ましろの肩をかすめた。


「ビビって声も出ないか? ああ?」

 舐めきったような目つきで、スカルはましろを嘲笑う。


 ここまでバカにされたら、引き下がれない。

 敵の膝めがけ、ローキックを繰り出す。数度、蹴りを入れては引く。敵が突っ込んできたらカウンターを見舞おうと考えての作戦。


 だが、相手は挑発には乗ってこない。

 スカルは力比べから潰しに掛かろうとしていた。瞬殺狙いだろう。あくまでも自分のペースを貫こうとしているようだ。


 ならば、こっちも乗ってやる道理はない。自分の得意な距離を保つ。

 敵も諦めたのだろう。伸ばしていた手を降ろす。

 もう一度ローを繰り出した。

 

「待て、ワナだ!」

 すぐ後ろで、龍子の叫び声が。


 だが、遅かった。

 ローキックは敵の手の平に吸い込まれる。スカルに足首を掴まれ、ましろは簡単に寝転がらされてしまった。

 

 俯せになったところで、重量のある身体がのしかかる。スカルはましろの背に座りながら、アキレス腱を極める。

 

 足首を捻られるような痛みが走った。

 声を上げそうになるところで、踏ん張る。


「ましろ、ブレイクだ!」

 龍子がリングサイドから檄を飛ばす。

 ホフク前進で、ロープへとにじり寄っていく。だが、ましろの手は届かない。

 このままでは、ギブアップを決められてしまう。


「転がれましろ、転がるんだ!」

 ロープの後ろで龍子が絶叫した。


 言うとおり、転がってロープまで近づく。

 その度に、足首がねじ切れそうな激痛がましろを追い詰める。

 何とかロープを掴んだ。


「ブレイク!」とレフェリーがましろと相手側の間に入り、引きはがす。


 すかさず立ち上がって、体制を立て直した。

 足は大丈夫そうだ。特にダメージはない。すぐに痛みも引いた。

 本気ではない? いや、確かにあの痛みは本物だ。悲鳴を上げそうなほどの激痛だった。


「あの人、本気じゃないみたいだった」

「対戦相手をキレさせる戦法さ。人を怒らせるのがうまいんだよ、あいつ。で、挑発に乗ったところを仕留める。次は掴まれるなよ」


 プロレスラーか。戦っていて、実に楽しい。

 ここまで付き合ってくれるなんて。でも、もう終わりだ。ここで決める。


 ましろの格闘家としてのエンジンが掛かり始めた。空手のフォームで構える。隙を狙ってハイキックを相手の首に打ち込んだ。


 分厚いゴムのような感触が、足に伝わってくる。

 相手の顔が大きく仰け反った。クリーンヒットだ。


 なのに、分厚い首の筋肉に、攻撃が簡単に吸収されてしまったようである。敵は二、三歩後ろに下がっただけだ。


 大したダメージにはなっていない? いや、よく相手を観察しろ。強がってるだけだ。


 続いて正拳突きを繰り出す。

 ドン、という鈍い音と共に、拳が相手の胸板に突き刺さる。

 まるで、石の詰まった砂袋を叩いているような。急所に食らわせたはずなのに。


 一発ではダメか。ならば、ラッシュはどうだ。

 

 スカルに連続攻撃を叩き込む。今度は掴まれないように、打ち込んでは素早く手足を引く。


 急所へ続けざまにダメージを負って、さすがのスカルも顔が青ざめ始めた。

 防御したところが急所となり、徐々に相手のガードが下がっていく。

 そこを、ましろは追撃した。


『おおっとホワイト・ティグリス、猛烈なラッシュ! スカルクロー動けない』


 スカルクローは抵抗を見せたが、龍子ほどのタフさはなかったようだ。あっけなくダウンする。

 起き上がることなく、勝敗が決した。


 ざわついていた観客たちの声が、ましろを賞賛する歓声に変わった。


『新人のティグリス選手、KO勝利を決めました! これにより、ホワイトティグリス選手、全国女子高生バトルトーナメント、予選第一試合突破です』

 

 この全国女子高生バトルトーナメントとやらがどんな試合かわからない。

 が、ましろはプロ相手に勝ってしまったのは事実のようだ。


 試合が終わり、スカルクローが立ち上がる。

「あんた、強いね。見直したよ」

 スカルクローに抱きしめられた。

「いえ、そんな」

「次は本戦だから。がんばんなよ」

「ええ、あ、はい……」

 満足しきった顔で、スカルクロー選手はリングのロープをくぐって去って行く。

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