ましろ、本心が疼く
夏休みも中盤。
宿題の提出も兼ねた、夏期登校日の日を迎えた。
クローディアの試合を見たときから、ましろはずっと打ちのめされていた。
攻略法が見つからない。あれからもう数日が経つのに。
あんな試合をされては敵わない。
ワコに懇願され、長谷川茜を救う使命を負わされたが、自分にそんな大役が務まるのだろうか。胃が痛くなってくる。
今日も、教室でぐったりとしていた。帰る時間なのだが、脚が動かない。
「マシロ!」
クローディアが、抱きついてきた。
正確には、タックルだが。
「クロちゃん」
そういえば、クローディアと会うのは久々である。身体は無事なようだが。
クローディアと積もる話は山ほどある。
だが、クローディアはましろをガッチリとホールドし、離そうとしない。
「クロちゃん、ちょっと痛い」
ようやく、ましろは違和感に気づいた。
タックルの勢いが強すぎるのだ。
「ケガはもういいの?」
「あんなのタマニキズでーす」
かすり傷だ、と言いたかったのだろう。
「そんなことより、マシロ」
タックル状態のまま、クローディアは低い声で呟く。
「レッツファイト」
背中に、寒気が走った。
クローディアに抱えられたまま、ましろは、窓の向こうまで突き飛ばされる。
ここは、校舎の三階!
なのに、クローディアはノーブレーキで飛び出した。
このままでは、二人ともアスファルトの上に転落してしまう。
ましろは、一瞬死を覚悟した。
しかし、下には四角いリングが。
クローディアは、ましろをマットに叩き付けることなく、お姫様抱っこで衝撃を和らげた。
クローディアに下ろされるも、状況がよく分からない。ましろは、何度も辺りを見回す。
その間に、リングはましろとクローディアを乗せたまま、グラウンドまで移動を始めた。
「元気がなければ、試合をすればスッキリ。マシロ、今からファイトしましょう」
「今からって、学校で?」
「イエス。善は急げです」
登校日が、一瞬でましろとクローディアの準決勝へと変わった。
グラウンドには、生徒が集まりだしている。
正式なセッティングの間、ましろとクローディアは更衣室で準備を急ぐ。
「マシロ、元気ない」
カバンを両手で抱えて、クローディアがましろを気遣う。
「ごめんね、心配させて。ねえ、クロちゃんは、痛いのって辛くない?」
微笑みながら、クローディアは首を振った。
「ミーはファイターね。だから、戦うの好き」
「そんなに、ストイックになれるんだ」
戦闘狂だとでもいうのか、クローディアは。
「あのさ、クロちゃん、この間の試合、見たよ」
ましろは、クローディアに強い口調で言う。
「あんな試合、危ないよ。もっと自分を大事にしないと」
「何を言ってますか、ましろ?」
クローディアから、思わぬ反論が上がる。いつものひょうきんさとは違い、トーンも重い。
「ミーたちはファイター。あんなの、不可抗力です。想定の範囲内」
ましろにとっては危険なパフォーマンスに思えても、クローディアからすれば単なる演出にすぎないという。
「そんな。それでケガでもしたら」
「あの試合は、何もかも打ち合わせ通り」
あんなトラブルにしか見えない試合が、すべて演出だと?
「でも、真っ逆さまだったよ? 頭から落ちてた風に見えたけど……」
「床にクッション、ありました。だから一命、取り留めた。ミーも死にたくないです。安全第一です。だからこそレスラー、身体を張れます」
クローディアはドンと胸を叩く。
「だから、何の心配もない。後は、本気で試合をするだけでした」
決着以外は全て演出だとクローディアは言う。
「あれが、クロちゃんの求める、プロレスなの?」
「イエス。ミーは元々、痛いの怖くない。モンスターの役割も、ヒールのお仕事も、自分を解放できて楽しい」
ヒールの仕事が、楽しいと。
「マシロ、ミーと戦って下さい。ミーは飢えてます。戦わないと、おかしくなってしまう」
誰も乗っていないメリーゴーランドが稼働し、折りたたまれるように平たくなっていく。
「わたし、クロちゃんとは戦えないよ」
「何を言っているか、マシロ。ミーたちはファイター。挑まれたら全力で戦うのが礼儀です」
覚悟を孕んだ重い視線が、ましろを突き刺す。
腕が、不意に震え出す。ましろは反対の手で、震える腕を掴む。
歓喜のこもった目で見ないで。
そんな口調で語られたら、そんな笑顔を見せられたら。
嬉しくなってしまうじゃないか。
ましろは、心の中で興奮していた。
腕の震えが止まらない。
それは、武者震いというものだった。
しかし、ましろは自分が笑みを浮かべていることに気づく。
それほどまでに、ましろは強敵との戦いを所望していた?
その答えが見つからないまま、試合の準備が進んだ。
「レッツファイト、マシロ。楽しいショーを始めましょう」
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