ましろ、リングで妖怪と出会う

 続いて、龍子の試合が始まる。

 彼女のリングネームは、「ムーンドラゴン」と言うらしい。

 ましろはジャージに着替え、セコンドにつく。ましろは正規の選手ではないが、特別に許可をもらった。龍子が口を利いてくれたのだ。

 

 相手は、ましろと同じマスクマン、スカルクロー二号である。

 ましろが戦った相手を、白黒反転させたようなビジュアルだ。

 ましろのときと同じように、龍子と対戦相手はお互い円を描き、睨み合いを続ける。

 

 二人同時に組み付いた。首相撲の姿勢、プロレスではよく見る光景だ。

 ロープに龍子が振られる。龍子の小柄な身体が跳ね返った。

 戻ってきた龍子の胴体を掴み、二号が後ろへ身体を仰け反らせる。裏投げだ。

 マットに叩き付けられ、龍子の身体がバウンドした。

 

「龍子!」

 ましろが声をかけると、サムズアップで龍子は応えた。

 だが、反撃する様子はない。

 

 相手が龍子に覆い被さり、マウントの体制を取ろうする。

 

 瞬間、龍子が跳ね起きた。

 困惑した相手の身体を、ロープへと放り投げる。同時に跳躍し、戻ってきた相手選手の首を、右腕で巻き取る。そのまま引き寄せて、脇で挟み込んだ。次の瞬間、龍子がグルッと宙返りする。

 相手の脳天が、マットに沈んだ。

 

『三日月です! 相手の首を脇に挟み込んで一回転しマットに沈めるDDT。通称「三日月」で、ムーンドラゴン選手がダウンを取りました! ムーン・ドラゴン選手、予選第一試合突破です!』


 実況アナが技の説明をする。

 確かに鮮やかだった。これがプロレスなのか。

 

 しかし、トラブルが起きた。龍子が勝ち名乗りを請けようとしていた矢先、スカルクロー二号がレフェリーを突き飛ばしたのだ。 

「龍子、あんたどういうつもりだ! 説明しな!」

 

『おっと、待って下さい。ここで相手選手側から抗議が入りました。ノーフューチャー、スカルクロー二号選手がリング上で言い争っています。一号も上がってきた』


 スカルクロー二号が、レフェリーに詰め寄った。ロープを揺さぶりながら地団駄を踏んでいる。

 ましろ対スカルクロー一号の試合結果に、納得していないようだ。


「待ちなさぁい」

 妙に気の抜けた声が、リング外から聞こえた。マイクを持っていないというのに、よく通る声である。


「ジゼル南武だ!」と、観客の一人が叫ぶ。

 それを皮切りに、場内が一斉にわき上がった。

 

 前髪をまっすぐに切り揃えた三〇代くらいの女性が並ぶ。こちらは紫のビキニを身に纏い、白くて長いフェイクファーを首に巻いている。

 

 反対の花道からは大永マキも現れた。

 紫の衣装がリングに上がり、マイクをレフェリーから受け取る。


「あんたたち、これ以上ウチの評判を汚さないでよねん」

 どうも、先ほどリング外で聞こえた声は、ジゼル南武からもたらされたようだ。

「あんたは負けたのよん。おとなしく引き下がりなさいな」


「ですが、非公式の対戦相手に負けたとあっては、ノーフューチャーの威厳に……」

 二号の抗議は止まらない。

「って言っているけどぉ、どうなんですかぁ、社長?」


 話を振られ、大永マキ社長は咳払いのあと、マイクを握る。

「ティグリスは、うちの選手よ。一号は、うちの用意した相手に負けたの。この試合結果は、覆らないわ」

 

 大永マキの発言を不服に思ったのだろう。スカルクロー二号がリング下にいる大永につっかかろうと、身を乗り出す。

 

 そこに、リング上のジゼル南武が立ちはだかる。

「どいて下さい」と、スカルクロー二号がジゼル南武の横を通り過ぎようとする。

「どこの馬の骨ともわからない相手をリングに上げるなんて」


 ジゼルが手の平を自分の頭の上に上げる。


「だからさぁ……えいっ」


 二号に向けて、ジゼル南武が腕を振り下ろす。

 平手打ちだ。

 

 スカルクロー二号の身体が斜めに「落下」した。

 厳密には倒れ込んだ。が、あまりのビンタの威力に「打ち落とされた」としか表現できない。

 

 まるでボールを払い落とすかのように、ジゼル南武はビンタ一発で、スカルクロー二号の巨体をマットに叩き付けた。


 盛り上がっていた観客の声が、一気に静まりかえる。

 

「その『どこの馬の骨ともわからない人』さんに、あんたたちは負けたのよん。それを言ってるの。これはどう言い訳するのかなぁ?」


 しゃがみこんだジゼルは、指先で二号の顎を撫でた。

 その動作だけで、二号は全身に鳥肌が立ち、汗が玉のように噴き出す。


「まだ、何か文句があるのん? 言っとくけど、大永マキはあたしより強いわよん?」

「……ありません」

「それじゃあ、リングを降りなさいな」

 言われるまま、スカルクロー二号は、一号の肩を借りながらリングアウトした。

 

「ごめんねぇ、龍子ちゃん。嫌な思いさせて。予選突破おめでとさん」

 何事もなかったかのように、ジゼル南武は龍子に手を振る。


「いえ」と、龍子は言葉少なに頭を下げた。龍子もこんな顔をするのか。


「それと、あなた誰? マッキーんとこの新人さん?」

「いえ、わたしは……」

 

 無理やり連れてこられたと言うべきか? 

 いや、この女性は少しとっつきにくい。

 下手なことを言えば、話がややこしくなりそうだ。そうなるとここを離れづらくなる。


「待って」

 状況を打開したのは、大永マキであった。

「敵に詳しい事情を説明してあげる義理はないわ。彼女はカレイドスコープ預かりよ。細かいデータは後日にでも発表するわ」


 ジゼルは案外黙って聞いていた。もっと異議を申し立てると思っていたが。

「それでいいわね、龍子?」

「ああ」と、龍子もマキ社長の意見に納得したようだ。

「じゃあジゼル、そういうことだから」

 

「ふーん。それでオッケーよん。まあ、誰が来ようと勝つのはウチら、ノーフューチャーだからねぇ」

 ましろや龍子に興味をなくしたのか、ジゼルはおとなしく引き下がった。

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