chapter11「酒占い」
11-1
中学二年。その秋に僕は彼女と出会った。
学校には行ったり行ってなかったりだった。両親は僕を放置していたし、クラスでもいてもいなくてもな存在として溶け込めていた。
その日は学校に行こうと思っていたんだけど、登校中に皆が体操着を着ていた。朝一番から運動会の練習が入っていることに気づいて、逃げるように来た道を引き返した。家に帰っても、まだ親がいる。父親が工場勤務で、昼頃起きて夜遅くに帰ってくるのだ。だから、まだ帰れない。
でも、制服姿でそこら辺にいれば学校に通報されてしまう。僕らが、進路とする高校は馬鹿な高校と、運動ができる馬鹿な高校の二つ。頭がいい人は何時間も電車に揺られて何駅も離れた私立の高校に向かう。つまり、彼らも馬鹿だ。
そんな馬鹿な未来しかない中学だからこそ、風紀は最悪だ。その分、地域の人たちは学生の行動に敏感で、度々苦情が来たからという理由で全校集会が怒っている。僕のせいで、他の生徒を巻き込みたくはない。それだと、僕まで馬鹿みたいになってしまう。
僕は少し離れた場所にある公園へと向かった。理由は簡単。公園の便所で時間を潰そうと考えたからだ。バックの中にはお気に入りの小説が数冊は言っている。時間つぶしには十分だ。僕にはそんな発想しかできないし、それを実行することができるくらいプライドってものがない。
公園につくと、腹を抱えて登校中に腹が痛くなった学生を演じてトイレへと足を運んだ。時間的に人はそこそこいる時間だ。稀に、教師が見回りに来るなんて噂もある。
トイレの近くのベンチで、酒を飲んでいる女性がいた。綺麗な人で、その人にはトイレに行く姿を見られてくはないなと思ってしまった。でも、目が合って、僕は今腹を抱えている。仕方なく、早歩きでトイレに駆け込んだ。
外で見られてしまったせいか、僕は長居ができなかった。別にあの人はそこまで僕のことを気にしてないだろうし、よくよく考えれば朝っぱらから公園で酒を飲んでいるような人だ。僕よりもあの人の方が恥ずかしい。それでも、やっぱり耐え難かった。
三十分くらいたった。一時間はいるつもりだった。そして、あの人がもういなくなっていたらまた便所に戻ろう。そう思っていたのに、気になってすぐに出てしまってあの人はまだベンチにいる。
目と目が合う。軽く会釈をして、その場を離れようとすると、空になったビールの缶をこっちに投げ飛ばしてきた。僕も目の前で缶が鳴らした音は、何処か威嚇しているような耳障りな音だった。
「ごめん、ミスっちゃった」
そう笑って彼女は近づいてくる。ヘラついた笑みとは裏腹に目は死んだように固まっていた。瞳は真っすぐ僕を見据えている。危険を感じて視線を落とす、目の前に落ちている缶を拾おうか悩んでいると、助走をつけて女性は缶を蹴っ飛ばした。
見事な放物線を描いて、缶は数メートル先のゴミ箱の中に入っていった。でも、やっぱり僕の目の前に投げたのはわざとだろう。そうじゃなければ彼女は皮肉なくらいノーコンということだ。
「君、自殺しようとしてたでしょ?」
生暖かい吐息が当たるくらい間近で囁かれる。僕は少しだけ下がって首を振った。酔った大人に絡まれてしまったということなのだろうか。
「んじゃなに? 普通にトイレがしたかっただけなの?」
僕は一瞬ほんとのことをいうべきか悩んだけど、思いとどまって頷いた。
「うんうん、なるほどね。学校に行きたくなくなったけど、今は帰れない事情があってトイレで時間を潰そうと思ったけど、私がそこにいたせいでうまくいかなかったと……」
「……そうです。何で分かったんですか?」
「お姉さん、占い師だから。お酒占い」
そう言って、その人はベンチに戻り缶ビールを開けて一口飲むと、隣をたたいて僕を誘ってきた。帰りますと言える勇気のない僕はそれに従う。彼女に何かしらの魅力を感じていたこともあると思う。僕自身が変な奴だから、僕以上に変な人を見ると安心してしまうのだ。
「名前教えて。後、歳と星座と血液型。占ってあげる」
「寺沢ルイ。十四歳でおとめ座、O型です」
「オッケー」
女性はビールを一気に飲み干すと、その間を投げ飛ばした。ノーコンというわけではなかったようで、見事にその空き缶はゴミ籠の中に納まった。
「うん、寺沢ルイ。君は、二か月後に死にます」
「そうですか」
「……冗談」
微笑んで彼女は僕の肩をたたいてくる。からかわれているようだけれど、悪い気はしなかった。その後も面白おかしい占いが続くのかと思ったが、その一言で占いは終わりのようだった。
彼女は『梁間ナオミ』という自分の名前を語り、その後は普通に簡単な会話を交わした。彼女の会話のペースはぐちゃぐちゃのようで、僕に合わせているようでもあった。まるで、超えてはならない一線を探るように、ある程度話題が彫り下がると、次の話題にといった感じだ。
僕はナオミさんとの会話に。夢中になっていた。だって、家族以外の他人とここまで会話ができたことなかったから。
彼女は僕に合わせてくれる。会話はキャッチボールやドッジボールなどの投げ合いに形容されることがあるが、よりよい会話はダンスのようだと感じた。大切なのは、投げる強さじゃなくて距離の近さということなのかもしれない。
「今日はもう学校には行かないの?」
「……はい、いまさらも行ってもって感じだから」
「何時ごろに帰るの?」
「一時まで時間を潰します」
そうはいっても、まだ十時にもなっていない。制服でうろつくわけにもいかないし、僕はナオミさんと別れたら、またトイレを探してそこで時間を潰すのだろう。
「じゃあ、ちょっといいとこ行こうか……」
髪をかき上げて、まっすぐに僕の目を見た来た彼女に少しドキッとした半面、やっぱり自分はからかわれているだけなんだなと感じた。
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