chapter10「呪い」

10-1

 よく考えれば、リオと共に大学で過ごしていた期間は二週間にも満たない。しかし、後期が始まってからずっとだったからか、その風景は見慣れないものとなっていた。


 なんか、居心地が悪い。やっぱり、側に誰かいるということは、どことなく落ち着くものだったのだろう。


 それでも、また昔の状態に戻っただけだ。今、何かをやらかすとのろいが襲ってくるだろうし、何かが起これば一人だけで解決していかないといけない。少し前の緊張感が戻って来ている。結局僕は一人になれば弱いままなのだ。


 頭の中で、樋口ミレイが言った『魔女』の存在がチラつく。信じないようにすればするほど、意識してしまい、視線が女性の方に向かってしまう。視線は凶器だ。今の状態で、女性と目があったりしたら、そして向こうがかいな表情をしたら。僕は簡単に壊れてしまう。


 変なとこまで来てしまったなと思う。元々は僕が子供の頃に蛇を殺してしまったのが原因らしいが、僕からしたらアズサと出逢であったことから始まったように思える。


 アズサと出会い、満たされた日々を過ごし、彼女は死んで僕はリオと出逢った。そこから殺されなければならないだの呪いだのという事になり、気がつけばそんなリオと共に暮らしている。住む家も記憶すらもない彼女を家に泊めて、リオはその恩を返すためにバイトを始めた。おかしな話だ……。


 この、敷かれたレールの上を走っているような日々はいつ終わるのだろうか。確固たる答えは見つからない。僕が死ぬことで彼女が解放される保証はない。だからと言って、このままじゃいつまでたっても変わりはない。そのうち、抑えきれなくなったリオが僕を殺すだろう。


 一度は死んでもいいと思えた僕だけど、今はやっぱり生きていたい。彼女との日々をもう少しだけ、味わっていたい。空になってしまった何かが、再び満たされるまで、僕は死ねない。


 そんな中で飛び出してきた『魔女』という言葉。馬鹿馬鹿しく信じる気にもなれないでいたが、手詰まりな現状、少しだけ期待してみたい思いも出始めているのが事実だ。


 面白いことに、考えれば考えるほど大学の講義があっという間に終わっていく。苦痛な時間がすぐに終わるのは良いことだ。でも、そんな苦痛な日常がつい最近までは僕に生きている実感を与えていた。僕を置いていくように加速する時間の中、背後に死が迫っているような気がしてしまう。


 少し、落ち着く必要がある。




 ここには早い段階で何もないことをさとっていたし、あまり来る気にもなれていなかった。僕とアズサが出会った場所。近所の公園は肌寒くなったこの時期でも王国は健在だ。


 ベンチに腰かけて子供たちが作り出すじゅんすいな世界を観察する。不思議なことに、あの頃のようなりょくをそこには感じなかった。だからと言って、アズサを失ったときのような込み上げてくる怒りもない。もう、傷はスッカリえてしまったのだろうか。


 何となく、この憂鬱さは今の季節に合っている気がする。太陽の光が心地いい公園のベンチで、僕は持ってきた本を広げた。その瞬間、誰かが声を掛けてきてくれるような気がして、少しほっとした。まだ、傷は残っていたんだ。


「なにを読んでいるんですか?」


 読書を初めて数分。まだ物語の主人公が男なのか女なのかもはっきりしない場面でそう声を掛けられた。声的に女性。しかも、若い。顔をあげてゆっくりとその人物を見上げた。


「あっ……」

「お久しぶりです。すみません、あの時は急に変なことを言って……」


 その少女と最初出会った時、ただ雰囲気がしつだったし、言っていることもおかしかったから、思わず逃げ出してしまった。でも、しっかりと見れば彼女が元より異質だということに気づく。


 寒くなって来たのに、ブレザーを腰の位置に巻いて、半袖のシャツのポケットに三色のボールペンを挿している。左耳には、高校生なのに堂々とイアリングをつけて……まぁ、とにかく他と違う。


 普通なのは、落ち着いた黒いボブカットの髪か……いや、ボブカットってのも高校生がする髪型なのか……。


 今となってはかなり昔に思える。アズサの死を一人で解明しようと歩き回っていた際に、僕は彼女と出会った。霊感れいかんがあると言って僕に何かがりついていると指摘してきた少女。たまたま、ここに来ていたのだろうか?


「僕もあの時はごめん、手の傷はあとになっていない?」

「目立たない程度なので大丈夫です。隣良いですか?」


 僕が頷くと、少女は隣。アズサが座っていた場所に腰を下ろした。


「私、ヤヨイって言います。梁間はりまヤヨイ」

「……梁間?」


 ついつい言葉を漏らしてしまう。首をかしげたヤヨイを見て、すぐに自分の名を語った。彼女が少し表情を変えたが、僕はそれを気にしなかった。それより気になったことがあったからだ。


 偶然なのだろうか。僕はもう一人『梁間』という名字の女性を知っている。梁間ナオミ。僕の初恋の相手で、僕の身に起きた異常をはじめに見つけてくれた人物。


 そう、あの時も。この目の前の少女のように『何か良くないものが君には宿っている』と言われたのが始まりだった気がする。


「あの時と比べて……オーラが弱まっているように見えます」


 ヤヨイは恐る恐るといった感じにその話題を出してきた。僕が「そんな気はしている」と話を合わせると、表情を明るくした。下校の時刻、子供達が遊ぶ公園のベンチ、大学生の男と女子高校生。そんなシチュエーションに似合わない話が僕らの間で交わされた。


 ヤヨイの言うオーラは影のようなもので、わざわいを招くものは黒く、災いから守るものは色が違うがどれも少し光っているという。僕に宿るオーラは黒く大きいものだったが、今は黒いままだが大きさが小さくなっているようだ。


 リオとの日々の中で変わってきたのだろう。一体何が良かったのかはわからないが、呪いの力が弱くなっていることは僕自身感じることはある。


 子供たちの世界に魅力を感じなくなっていることや、ヤヨイとこうやって普通に話ができていることが大きな違いといえる。でも、ヤヨイと話せているのはどこかアズサと通ずるものがあるからだろう。見た目の異質さはリオにも通じる。比較的慣れた相手ということだ。


「ところでルイさん。ちょっと変な話をしますが」


 今までの話も十分に変だったが、ヤヨイはどこか探るようにそう付け加えて僕にある女性の名前を出してきた。


「梁間ナオミって名前に覚えはないですか?」


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