10-2

 僕は目を見開いて彼女見た。やっぱり知り合いだったのか? 妹なのだろうか。僕が頷くとヤヨイはやっぱりとどこか愉快そうに笑って見せた。何か嫌な予感がする。


「本当にラッキーな人だな……。ねぇ、ルイさん。丁度あの人、貴方のことを探しているんですよ。まさか、こんなところで会えるなんて」

「えっ?」


 彼女のは僕の心に空虚に響く。だってそれはあり得ない。もう、終わった話のはずなのに。


 梁間ナオミは僕が中学を卒業するのと同時に目の前から消えた。何も伝えず、結局あの日々に意味があったのかもわからないまま。嘘のようにいなくなった。存在自体が、僕の中ではあいまいになっていた。


 そんな彼女が僕を探している? そもそも、あの時も彼女が僕を探すことなんてなかった。いっつも僕が探す側だった。


「どういうことだ? どうしてナオミさんが僕を探しているんだ?」


 僕は思わず立ち上がって、ヤヨイを見下ろした。彼女はジョーカーを握っているような、何かを隠して出すべき瞬間を伺うようなあからさまな顔で僕を見上げる


「私も詳しくは知らないんですよ。でも、納得いきました。貴方があの人の言っていた中学生なら、そのオーラもそういうことなんだって」


 ひとまず、興奮を落ち着かせるように僕はベンチに座りなおす。


「今なら、あの人はルイさんの呪いを解くことができます」


 その言葉を聞いたとき、少し期待を抱いた。彼女なら本当に解いてくれそうだと思ってしまったから。でも、それと同時に少しだけ何かを恐れるような気持にもなる。


「昔はできなかったから、ある方法での呪いを弱めたらしいです。本当かどうかはわからないし、なぜそこまでして生かそうとしたのかわかりませんが。とにかく、あの魔女はルイさんにあるの魔法を掛けて、放置したってわけです」


『――それは、恋の魔法』

 呪いを解くことができるという話を聞いたせいか。その話はあまり頭に入ってこなかった。でも、確認するように何度か頭の中で繰り返すうちに酷い悪寒に明かされた。全身から血の気が引いていくような感覚。


「今度、直接あの人と会ってくれませんか? 私は聞いただけですし。本人から聞くのが一番です」


 声が出せないまま頷き。ヤヨイと連絡先を交換した。僕の様子の変化に気づいたのか『すみません、でも本当かどうかはわからなですから。あの人がそんな魔法が使えるなんて嘘かもしれませんし』と慰めるように言ってくる。その後彼女と別れて、一人になった。


 だいぶ寒くなってきたが違う。これは、違う。そう、これは呪いだ。でもなぜ? 確かに衝撃ていなはなしだったけど、ヤヨイは話しやすくて緊張状態に陥るようなことはなかった。


 立ち上がり、危険を感じて足取りを速める。このままじゃ、家に帰る前に感情が漏れ出してしまいそうだった。リオのように自殺をしてしまうかもしれない。


 全部嘘だったんだ。僕が抱いた幼い恋心のように、あの優しい言葉の数々も。今ならわかる。だって、今僕を埋め尽くしているのはそれしかないから。


『自己嫌悪』それが呪いのトリガーだった。いや、トリガーって解釈も違う。僕の中には呪いと僕がいて、僕が自分を失うと呪いが話浮き出てくるんだ。そして、最悪呪いに染め上げられると。僕はリオのように自殺をしてしまうのかもしれない。


 ナオミさんは、僕が僕を見失わないために、恋をという人間らしさを与えた。でも、それが偽りだと分かった今。僕は俺を抑えきれないかもしれない。


 なんとか家に辿りついて、自分の部屋に入っ。その瞬間我慢してきたすべてが僕を襲った。ベッドに潜り込む余裕もなく、窓から入る西日に懺悔をするように僕はひざまずいて頭を抱えた。


ふと、顔を上げるとテーブルの上で何かが光った。西日を反射させて、主張するように僕の眼と光が重なる。それは、リオが置いていったナイフ。光を反射させているのはそのケースの留め具部分だった。


 その後のことは良く覚えていない。ここまで酷い呪いは初めてだった。多分、あの時無効になったはずの分も襲い掛かってきたのではないだろうか。


「死にたくない」そう呟いた自分の声で、意識は回復した。外はもう薄暗く、時計を見ると一時間半くらい時間がたっていた。部屋の隅には大事にナイフを抱えてしゃがみこんでいるリオがいる。


 目の前のテーブルにグラスに注がれた水があった。リオが入れてくれたのだろうか。僕はそれを飲み干す。ゆっくりと、冷たいものが体中に広がる感覚をあじわい、意識もはっきりしてくる。


「ずっと見てたの?」


 呪いの瞬間だけはリオには見られてくなかった。自殺した後の弱ったリオは僕に自分の過去を聞かせた。それみたいに、僕も何かしらの弱さを彼女にさらしてしまうんじゃないかと思っていた。恥に恥を重ねたくはない。


 リオは力なく頷く。


「僕、変なこと言ってなかった?」

「……ずっと、小声で。死にたいって」


 リオは、うつ向いていた顔をあげて上目遣いでこちらも見てきた。僕が、彼女の自殺を見ていた時のように、リオも僕に対して申し訳ない思いを抱いているのかもしれない。


「もう、大丈夫だから。……これが僕の中にある呪いなんだ。リオには見せたくなかった」


 そう言って、まだ震えの収まらない手を撫でた。なにか、奇妙な感覚が手の中に残っている。つい最近にもこの感覚を味わった気がする。呪いは完全に収まった。今震えているこの手は別のことが原因のようだった。


「私は、どうすればよかったのかな……」


 そういって、彼女が自身の胸をでた時、僕は気が付いてしまった。気が付いた瞬間不気味にも手の震えが収まる。


 記憶はない。記憶消失とは違う、完全にないんだ。だから、どういう状況だったかはわからない。確かめたくはない。ただ、この手に残っていた感覚は紛れもなく『人を刺した時の感覚』だった。


 彼女は再びうつ向き、それからはこちらがどう声を掛けようが黙ったままだった。寝るときに『おやすみ』といっても、帰ってこない。


 しばらく、寝つけないでいると鼻をすする音と、えつを漏らすかすかな声が聞こえた。


 ――リオが泣いている。


 僕の記憶がない時間。彼女はどんな苦しい時間を過ごしていたのだろうか。僕が弱るよりも、彼女が弱ってしまっている。なんて、苦しい夜だ。


 布団の中で考える。なぜ僕は呪いから抜け出せたのか。再び自分を取り戻せたのか。彼女の鳴き声を背中で浴びて僕は、梁間ナオミに向き合うことを決意した。


 その数日後。ヤヨイから連絡があり、僕はその場に向かう。リオはバイトで僕一人。今日に限っては僕は一人の方がよかった。


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