chapter8「歪んだ花」

8-1

 あのへびがいを見つけた瞬間。ここまでだと悟った。これ以上探しても、何も見つからない。かといって、あの蛇の死骸と手紙が何を表しているのかも分からない。


 でも、アズサの死には明確な理由があった。そういう確信が僕の中に生まれていた。でも、それを知ることはできないんだと思う。手詰まりなのだ。


「今日は、少し遠出をしてみたいんだ。いいかな?」


 僕がアズサの件についての区切りをつけてから三日。リオの話に出てきた女性バイカーのように、僕はリオの自殺に毎晩付き合っていた。


「……うん、いいよ」


 時刻を見たらまだ十九時。大体、二十二時を過ぎたあたりから、彼女は行動するのに。どうやら、遠出というだけあって時間がかかる場所に行くつもりのようだ。


 夕食すらまだ食べてなかったが、彼女は大丈夫といって僕を連れ出していく。


 少し前までは、明るかったこの時刻も九月の半ばを過ぎれば薄暗さをまとっている。でも、残された明るさが少し騒がしく思えてしまう。


「電車を使うのか?」


 彼女は迷いなく駅を目指していた。遠出といっても歩いて行ける距離を想像していた僕は、財布の中身を確認して彼女に聞いた。


 彼女は頷く。さいわい、僕の財布の中身は十分な金額がある。どこまでいくかにもよるが、そこまで遠慮のない彼女ではない。


 リオは、五つ先の駅を指した。


 電車の中は、時間的にも混んでて仕方ないものだった。憂鬱な気分で乗り込み、窓の景色を眺めながら、目的地まで向かう。


 ふと、リオの方を見るとポケットに片手を突っ込んで何かをもてあそんでいるようだった。視線は下に注がれ、考え込んでいるように見える。


 僕の視線に気づいた彼女と目が合う。数秒間見つめ合って、そっと僕は窓の方に視線を戻す。


 ついたのは田舎の駅だった。普段あまり降りる人を見ないが、僕らを含めてソコソコの人数が下車する。


 遠くからかすかに聞こえるまつり囃子はやしと、駅に貼られている大きめのポスターによってリオの目的を理解した。


「秋祭り……」


「そう、ここから歩いて行ける所に、大きなコスモス畑があるの。そこで、お祭りをしているらしいよ」


 なるほど、と頷いてみたもののリオの思惑おもわくはわからないままだ。だって、僕らは彼女の自殺のために来たのだ。人が集まる場所は絶対にけるべきなのに。


「行こっ」


 彼女に手首を掴まれ引っ張られる。僕が足を一歩踏み出すと、彼女は手を離して前を進んでいく。


 やっぱり、何か考えがあるのだろう。どこか強引だし、いつもと違う気がする。それなのに、僕は追求することなく彼女の後を追っている。何故か、手首に残る冷たさに集中していた。


 祭り会場は思ったよりも人は少い。かと思えば、コスモス畑が広過ぎて、人があっちこっちに散らばっているだけのようだった。


 コスモスは意外と背が高く、かがめば遠目からは見えなくなるようで、それで見えない人達もいるようだ。祭りよりもライトアップされたコスモスを見に来る人の方が多いらしい。


 出店も少なく。小さい子供達にとってはさぞつまらないもよおし物だろう。


 リオは、そんな屋台を通り抜けてコスモス畑に入っていった。


「ちょっと早く来過ぎたかも。花火までまだ時間があるみたい」


「花火……」


 彼女はパーカーのポケットからパンフレットらしきものを取り出し僕に渡してきた。花火は最後の催し物で、あと三十分くらいはかかるようだった。


「ここの花火さ、かなり近くで打ち上げるみたいなんだよね。だから、ほぼ真下から見えるらしいの。中には寝転んで見る人もいるらしいよ」


「きたことあるのか?」


「うん、この前話したバイカーの人と。たまたまこの近くを通っていた時にやっていてさ。花火がとても綺麗で……見てたら死にたいって思いが無くなっていたんだ」


 そういってリオは夜空を見上げた。

 多分、彼女が見ている方向に花火は上がるのだろう。思い出しているのかもしれない。


「確かめたいの。また、花火を見れば落ち着くのか。死にたいって思いとか、ルイへの殺意とかがもし花火で落ち着くなら……他にも落ち着かせれる方法があるかもしれないじゃん」


 彼女は、そういうと僕に向かって微笑んできた。でも、いびつな笑みだった。リオは人としてそういった作りの表情が苦手のようだった。だって、人と全く関われない僕がわかるほどなんだから……。


 そこから、花火の時間が近づくまでコスモスを淡々と見て回ったり、屋台で夕食として焼きそばを買ったりして過ごした。


 そして、いよいよ打ち上がり始める直前。彼女は僕をつれて、コスモス畑をうろついていた。その足取りはあからさまに人を避けている様子で、誰にも見つからない場所を探しているようだった。


 人は居るが、人数に対して面積めんせきがはるかに広い、しかも屈めば周りから見えないし、花火が上がっている間は誰も動かないし、視線も上に行くだろう。場所は簡単に決まった。


 彼女はその場でしゃがんで空を見上げた。僕も、その横に座り時を待つ。気になっているのは、さっきからずっとリオはポケットに手を突っ込んで何かをいじっていることだ。パンフレットは、僕の手元にあるし、彼女はどこか落ち着かない様子でもある。


 気になっていると、真上の方で光とともに爆音が響き渡った。見上げると、僕らを包み込むように花火がほこっていた。


「すごい……」


 思わず、単純すぎる感想を口から漏らしてしまうほど、僕はその夜空の花に見とれていた。火薬の匂いが降り注いできて爆音が耳を叩く。


 目、鼻、耳。それらが花火に集中している中で、それに反応できたのは第六感としかいいようがなかった。気づいた時には、視線でとらえて、行動していた。


 リオが僕に向かって何かを突き出してきたのだ。僕はそれを間一髪でわし、腕を抱え込んだ。


 手の先を見ると、鋭利なナイフがにぎられていた。すぐに、彼女が僕を殺そうとしていたことに気づく。


 花火は効果がなかったのか……?

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