8-2
リオが、体重を乗せて回転した。僕も抵抗せずに転がる。今は、この腕から離れないことが一番だと思った。
でも、僕は運動なんて全くやっていない。そして、彼女の力は異様に強かった。すぐに引き
それでも、なんとか、彼女の両手首を掴んで抵抗する。
急に、彼女の力が抜けた。充電が切れた機械のように、僕の上で動かなくなる。
助かったと思った。僕の頬に水滴が落ちてきた。
見上げた空には終わりが近いのだろうか。これでもかというくらい、何発もの花火が咲き誇っていた。そんな中でも、彼女の泣き顔はハッキリと見えていた。
「まだ……」
花火の音は確かに聞こえる。かなり大きい。地面を揺らすほどの爆音だ。でも、ほんの小さなリオの、
「助けて……ルイ……」
それで、彼女の言いたいことがわかったからといって行動できる自分が、怖かった。彼女をどかして、押し倒し、今度は僕が馬乗りになる。
後ろの方で一瞬、静寂が訪れた。最後のラッシュが終わってしまったようだ。そう思ったら、ヒューと花火が上がる音がした。最後は大きな一発で終わりということだろう。
良かった。一番いいところを彼女は見れるのだから。花火に集中してくれるだろうから。
彼女の手から、ナイフを奪う。
彼女が襲ってきた時、僕は怖くて仕方がなかった。でも、それは死ぬことじゃ無い。僕は、何故か自分が生きることを確信していた。だからこそ、僕が
この前は戻ってきた。でも、今回はもう戻ってこないだろう。
その前に、伝えておきたかった。
これを伝えたら、殺されてもいい。引かれてもいい。嫌われてもいい。それだけ、僕という人間はおかしくなってしまっているんだ。それを、やっと理解した。
後ろの方で、花火が弾けると同時に僕はそっと呟いた。
「君のことが好きだ」
花火の余韻を彼女に与える間も無く、僕はナイフでリオを突き刺した。一度でなく、二度、三度と刺す。
それは、僕が呪われているからこそ、歪んでしまったからこそ味わえる幸福だった。
彼女のポケットからナイフのケースを取り出してそれに差し込む。それを、自分のポケットに入れると、僕は彼女を置いてその場を去った。
人々は、花火の余韻に
僕みたいに、さっさと帰ろうとする人物はまるで空気が読めないやつのようだった。
体がざわついている。きっと、帰れば呪いが降り注いでくるだろう。告白なんて行為をしたんだ。きっと、今まで味わったことのない苦痛な時間になるだろう。
もし、限界だったら、このナイフで死ねばいい。今の僕にはそれができる。
駅に着き時刻表を確認すると、もう少し待たなければいけなかった。あの場で多くの人が余韻を楽しんでいたのは、急いでも仕方ないことを知っていたからなのだろうか……。
電車を待っていると、続々と人がホームに入ってきた。小さな祭りだといっても、多くの人が見にきていたようで、混雑とはいかなくても、かなりの人数がいる。
でも、リオの姿はなかった。当たり前だ。彼女はもう、僕の目の前に現れない。彼女は優しい人だ。僕を殺すなんてできるわけのない、純粋な人だ。記憶のない過去に父親を殺したことがあるらしいが、それでも何らかの理由があったに違いない。
僕を殺すのは彼女の中にいる蛇で、リオではないのだ。彼女は今日のことで確信しただろう。これ以上僕といれば、リオの意思関係なく彼女は殺人鬼になってしまう。
僕は、被害者でありながらどこまでも優しさを持つ彼女に
彼女の悲痛な
電車が来て、人混みとともに乗り込む。
夜の景色は真っ暗でほとんど何も見えない。薄っすらと窓に浮かぶ自分の顔が情けない表情をしている。
目的地に着き、改札口を出て、自宅を目指す。肌寒さが心地よく、逆に綺麗な星空が憂鬱にさせてきた。
家に着き、扉の前でうずくまっていたそれを見て僕は言葉を失った。
「リオ……? なんで」
僕の声を聞いて彼女は顔を上げる。
「あの人……この前言ったバイカーの彼女。あの人も、また祭りに来ていたの。偶然の再会……。話しかけるつもりなかったけど、事情が事情だからさ。頼んでここまで運んできてもらっちゃった……」
確かに、僕は駅で電車を待ち、更に最寄駅くらここまで数十分歩いたりした。バイクで後を追っかけてきたら先につくのも頷ける。でも、違う。そこじゃない……。
「とりあえず、入ろうよ」
言葉に従って。ドアの鍵を開けて、中に入った。続いて彼女も入ってきたのだが、入ってきた瞬間、彼女は僕の背中に抱きついてきた。
「……ありがとう」
そう言って彼女は噛み殺すように、静かに泣いた。後ろで彼女の冷たさを感じながら、僕は彼女の優しさを見誤っていたことに気づいた。せっかく満たされていたものが、どんどん乾いていく。
僕は、どうしようもない奴だ。好きな人の為に死ぬことすらできない。
呪いの予兆はなぜか止んでいて、苦しめられることはなかった。彼女に無様な姿を
ポケットに入れていたナイフを彼女に返す。リオは悩ましげにそれを弄んで、ゴミ箱の方に目をやった。それでも、彼女はナイフをポケットに入れて定位置である部屋の端に腰を下ろした。
その日はもう一言もお互い話すことはなかった。いつも何となくで『おやすみ』を言っていたけど、今日はいらない気がした。
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