chapter7「口寄せ」

7-1

 ふと、さびしさを感じたのはやはり彼女がいないならなのだろうか。


 あの日、リオは僕に自身の話を聞かせて、夜の中に消えていった。あれ以上踏み込もうとすると、彼女を傷つけ、最悪命がなかったかもしれない。そうなれば彼女は更に傷つく。


 帰ってくると思っていたけど、あの日からもう数日たった。帰る気配はなく、だからと言って彼女を探しに行くのは違う気がする。


 だから今日も変わらず、アズサの自殺の理由を探るためにウロウロとまよっていた。でも、そろそろできることがなくなってきた。記憶に残っているアズサが読んでいた本はあらかた読み終えた。


 限界がきている。諦めどきは近いのかもしれない。


 人から話を聞いたりはできない。そんなことしたら、のろいによってあの気味の悪い感覚に襲われてしまう。あの時間だけ僕は死にたくて仕方がなくなる。もし、その場にリオがいたら……。


「でも、もう何もないんだよ……」


 希望は薄くなる一方だ。本を読んでも、それらしき手がかりはない。子供っぽく、本のページに手紙を挟んでたりしないかと思ったけど、それもない。


 最後に、一つだけ希望が持てる場所がある。アズサの秘密基地だ。夏の暑い間は、その気になれず、外から中を見るくらいしかしなかった。


 でも、今更になって思えば、本よりも秘密基地に何かがある可能性の方がよっぽど高い。もし秘密基地に彼女が何かを残していたならば、それは必然的に僕あてのものになる。あの場所のことを彼女が教えたのは僕だけのはずだからだ。


 ほぼ日課のようになった図書館通いもこれで終わりだろう。秘密基地で何かあってもなくても、終わりだからだ。


 図書館をでてそのまま、秘密基地に向かうのもよかったが、僕は一度家に帰ることにした。少しだけ期待している自分がいる。もしかしたらと思うたびに疑問が湧いてくる。


「……帰ってないか」


 落胆したように呟いてしまった自分自身がよくわからない。だって相手は僕を殺そうとしているのに。


 蛇にかれた少女、樋口リオ。何となくの流れで数日感ほぼ離れずに共に過ごした彼女は嘘のように姿を消した。


 僕にとっては喜ぶべきことだ。僕は呪いのせいで社会に馴染なじめないとしても、どんなに辛く険しい世界でも、死にたくはない。そんな、僕を彼女は殺そうとしてくるのだ。その理由は蛇から解放され、完全に死ぬため。リオは僕と違い死を望んでいる。


 だからこそ、分かり合えない。それを僕が知った時、同時に彼女も理解した。そして彼女は僕の目の前から消えた。


 僕は帰るたびにため息をついている。どうしてだろう、ずっと一人で生きてきたのに。家族がいても、友がいても孤独を感じ、ここまで生き抜いてきたのに。僕は相当弱ってしまっている。


 家の様子を見たら、直ぐにアズサの秘密基地に行こうと思っていた。でも、なんだか行動する気が湧き上がらない。結局、部屋に上がりベッドに横になってしまう。

 

 彼女がいっつも、きゅうくつそうな体制で丸まっていた部屋の端は、今は無だ。まるで何もなかったかのように、一度も満たされてにいように空っぽのまま利用されるのを待っているようだった。


 花でも飾ってみようか、なんて思ってみるけどなんか謹慎きんしんだし、すぐにらしてしまいそうだ。僕は逃げるように寝返りを打った。


 全部嘘だったら。良いのに、呪いもリオも何もかも……。


 結局、行動し始めたの日がしずんだ後だった。暗いし、今日はもう諦めればいいのに、気になり始めると居ても立っても居られなくなった。


 夕食を食べてなかったし、途中でスーパーに寄ってパンでも買おうと思ったが、月見フェアと書いて団子が売っているのが目に付いた。


 満月っていつだろうなんて思ったが、どうせ僕は何もしないだろう。とはいえ、いいことを思いついてしまった。僕は、パンの代わりに三色団子が三本入ったパックを買って店を出だ。


 日中の間にここを訪れたことは何度もあるが、夜中に来たことはまずない。いい感じにススキが生えて、川のなかで満月になりきれてない微妙な月が泳いでいる。


 ススキ畑の中に入ると、流石に水に映る月は見えない。でも、まぁ主役は月な訳だし。上等だろう。


 そう思ったが、いざ目的地に着くと。また思い付きで行動した。ボロボロの車の上に登って座ったのだ。


 すると、ギリギリみなに映る月が見えた。ちょうどいい高さだ。買ってきた、三色団子を一本取り出して、一口。


「……うまい」


 ペットボトルの濃いめのお茶を飲みながら月を見る。満月じゃなくても十分すぎる。それでも、また満月の時に来たいと思わせてくるほど、その景色は綺麗きれいだった。


 少し、どんよりとした気分だったが、こんな小さなことでも立て直すことはできる。僕は、今最高に生を実感している。一人でも僕は大丈夫……。


 そっと、口笛を吹いた。モヤっと広がりかけた不安を隠すためか、ただ上機嫌に勢いが乗っただけか。よくわからないけど、口笛を鳴らした。


 しかし、調子に乗りすぎたということだろう。背後から人が近づいてくる足音が聞こえた瞬間。僕は固まってしまった。


「夜に口笛を吹くと、蛇がくるって聞いたことない?」


 その声には聞き覚えがあった。僕は勢い良く振り向いてその姿を瞳に写した。


「でも一説によると。昔、男の人と女の人がこっそり夜に会う時の合図に使って、それを子供達が真似しないために、この噂を広めたって話もあるらしいよ」


 樋口リオ、まだ三、四日くらいしか経ってないというのに、その顔はひどく久しく思えてしまう。


「……で、ルイはこんなところで何してるの?」


 そう聞かれた瞬間、背筋に嫌な感覚が通り過ぎて言った。これは、呪い? と思ったが、単に恥ずかしかっただけのようだった。満月でもないのに月見をして、上機嫌に口笛まで吹いているのをみられたから。


「月見……かな? たまたまスーパーで売っていたから、買ったんだけどさ。あと、ここ。アズサの秘密基地なんだ。何か手がかりがあるかもって思って」


 少し、早口で説明すると、納得したのかしなかったのか。「私も乗せて」と言って、リオは車に登ろうとして来た。その瞬間、車のきしむ音が響いたため、交代するように僕は降りた。


「いい眺めじゃん」


 満足げにそう言ったリオは、しばらく楽しむわけでもなく、すぐに降りて来た。


「……」


 何となく感じる。彼女はまだ何か無理をしているようだ。


「どうすればいいのか、まだわからないんだよね。でも、このままじゃいつか必ずルイを殺してしまう。ごめん、出てこない方がよかったかも」


 僕の方ではなく、月を見ながらリオはそう言った。確かにリオの言う通り、本来の僕にとって彼女は、僕を殺そうとしてくる存在のわけだから、いない方がいいに決まっている。


 でも、今の僕は何だか……そう悪い気はしない。寧ろ彼女が出てきてくれたことを喜んでいるふしもある。でもそれは、死にたいとか、殺されたいとかそういった意味合いは一切含んでいない。複雑なようで純粋なようで……よくわからない。


「いいよ。前にも言ったけど、リオは被害者なんだから。気にしなくていい」


 そう、彼女は被害者だ。リオは僕が蛇を殺したことにも、蛇が僕を呪ったことにも関係していない。僕を殺そうとしているのは『樋口リオ』ではなく、彼女の中に宿る蛇なのだ。


「そっか。なら、帰ってもいい?」

「別に悪いって言った覚えはないんだけど」

「うん、そういえば。そうだったね」

「それじゃあ、簡単に調べて帰ろうか」


 もともとこの場所に来たのは、アズサの死の理由の手がかりを探すため。別に月見をするためでも、リオと再会するためでもないのだ。でも、今は何も見つからなくても落ち込まない気がする。

 

 車の中は、前席は意外と綺麗だった。衛生えいせい的には決して綺麗ではないけど、子供の遊び場としては上等なものだ。でも、後部座席の方は漁るのが億劫おっくうになるくらいの散らかりようだ。草が生えていたりするし。


「これ、何だろう?」


 リオがそれを見つけたのは、トランクの中だった。煎餅せんべいとかが入ってそうな銀の缶箱。明らかに、誰かがここに持ってきたものだろう。そして、考えられる人物は一人だ。


「開ける?」


 受け取ってみると中に何かが入っているのがわかった。微妙な重さだ。からではない。少しどっしりとしている。


 中身が想像できないまま、僕は缶を開けた。その中身を見た瞬間、缶を手放して飛び下がってしまった。


「うっわ……何これ?」


 缶の中をのぞいて、リオは眉を潜めてそう言葉を吐き漏らした。


 中にあったのは、蛇の死体だった。そして、それ以外に一枚の便箋びんせんが折りたためられている。


 恐る恐る、缶の中に手を入れその紙を取り上げる。開いてみると、鉛筆えんぴつで濃く、大きく、『ごめんなさい』と書かれていた。

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