chapter2「失いから生まれる期待」

2-1

 どんなにたいな人物であろうと、好奇心には勝てないと思う。知りたいという気持ちは時に人生そのものを大きく変えてしまう。


 僕の中で成長していくこの好奇心はその種のものだ。これを知れば、僕の中の何かが変わる。


 ――アズサの死の理由を解明する。


 夏休みの終わりまで、残り一週間。あっという間だった。今まではなんとなくで消費してきた季節を、綺麗なものに変えてくれた少女。彼女の死には何かしらの意味があるはずだ。


 色々、思うことはある。でも、結局は願いなのだ。彼女の死に僕が関係していて欲しい。アズサを失い、途方にくれる僕が唯一つ救われる方法がそれだと思う。


 彼女の死についての記事は一通り読んだ。ネットの世界で浮かんでいく憶測はどれもよく考えられているもので、それでいてどれも間違っているように見えた。


 まだ、幼い少女。大人たちが見えない霊的な何かに誘われて死の世界に連れ去られた、という馬鹿馬鹿しい話の方がなぜだが真実めいて見えた。


 でも、ここに書いているのは、アズサと話したことが一度もないような人物達の言葉。短い間ながらも、彼女と言葉を交わした僕だからこそ見つけられる真実があるのではないだろうか。


「貴方と私は似ている」というアズサの言葉だけが頼りだ。彼女から似ていると言われたのだ。彼女の見た景色と思い描いた思想を僕も見ることができるかもしれない。


 期待を押し込めて、まずは出会った公園に向かった。ベンチの上には流石にもう蛇の姿はない。


 そのベンチに座り、遊具広場の方を見る。い子供達の王国は今も健在している。アズサはもともとあの王国の住民ではない。彼女がいなくなってもあの世界は回り続けるのだろう。


 なんだか、いつも見ていた光景がひどにくたらしく映り出す。僕が勝手に見続けていただけの光景なのに、文句を言いたくなってくる。


 ここはダメだ。この場所を否定してしまったら、僕の居場所は自宅くらいしか無くなってしまう。また落ち着いたらここに来よう。


 今度は図書館に向かった。


 元々、本を読むことは嫌いではなかった。本を読むという行為は、夢と現実のはざにいられるものだとだと考えている。夢を見るように、現実の辛さや苦しさを忘れることができる。


 そうやって僕が、一種の現実逃避の道具として扱ってきたそれを、アズサは楽しそうに読み漁っていった。


 よくよく考えると、アズサは本を読むたびに雰囲気が少し変わっていたような気がする。日に日に彼女のことを見ていたあの時は、気づかなかったが、断片的な思い出を掘り起こしている今となると、その考えは確信になってくる。


 そうか、彼女は意外にも読む本に大きくえいきょうされていたのかも知れない。そういった子供らしい一面もしっかり持っていたのだろう。


 彼女自らが選び、読みけていた作品達を追っていく。不思議なことに、ある二つの種類に大きく分けることができた。


 子供らしいファンタジー溢れる本。特に魔女に関係した本が多い、中学生の男子ならまだわかるが、アズサがこれを読んでいたのは少し意外だった。


 もう一つは小説に多かったのだが、どの作品の主人公も鬱っぽさがあるのだ。もしかして……と考え、それらの作品のラストシーンを見てみる。


 予想とは違い、そのどれもが弱めのハッピーエンドで締めくくられていた。自殺などで終わっている作品はない。


「これでもないか……」


 これは、昔から僕が抱き続けているものなのだが。僕は、図書館というものに対しての期待が大きい。


 そこに行けば、答えが見つかる。なぜか、そんな気がしてならなかった。いざいってみると、見つかる時もあれば見つからない時が大半。ガッカリして帰るのだが、また次も何かしらの期待をして向かう。


 今日もそんな感じだ。僕は何も変わっていない。何年も前から変わってない僕だ。数週間前の自分から変わるなんて難しい話。たった一人の少女を失ったことすら、受け入れられないのも、そういうことなのだろう。


 残念ながら、結構な時間を共に過ごしてきたアズサだが、行った場所が限られていた。


 もっと、多くの場所に行っておけばよかったと思う。動物園、水族館、映画館。夏だからプールや海もいい。


 小学生だからなんだ。社会がなんだ。


 こんなに、後悔してしまうんだと知っていたら。大きな思い出の一つくらい作ったというのに……。


 そんな、数々の今更になってをなぞりながら足を運んできたこの場所。今、頭で浮かべた妄想がかすむくらい、その場所は僕らにとっての思い出だった。


 何故、こんな林の中にポツンと一台の車が置かれているのだろうか。かなりびついて、ボロボロだ。少女は何故、一人だけでこの場所を見つけ、秘密基地にして、僕だけに教えてくれだのだろうか。


 知りたい……でも、もう……。


「本当……どうしてなんだよ?」


 呟いてみても返事は帰ってこない。


「馬鹿馬鹿しい……よな……」


 ここまで来たけど、この場所にあるのはこの車だけだ。一応、中をのぞいたりしてみたけど、特に何もない。


 変に荒らしたくもなかったし、込み上がってくる気持ちを落ち着けたかった。今日のところは帰ることにした。


 時間はもっとかけるつもりだった。それなのに、やろうとしていたことは案外スムーズに片付いていき、長い道のりだと思っていた場所は意外に短い距離だったり。


 実際、図書館で少し時間を潰したくらいで、日も落ちていない。昼過ぎに家を出て四時間くらいか。


 世間的にはもう、夏休みは終わっているようで、学校帰りの学生達とすれ違いながら帰宅する。


 甲高い騒ぎ声。やかましい笑い声。


 なんで、こんな不気味な音に囲まれて人々は暮らしていけるんだろうか。大学では、ずっとイヤホンをつけてかき消しているが、今は手元にない。大事なものなのに忘れて来てしまっていた。


 少しイライラしていた。もしかしたら、酷い顔だったのかもしれない。すれ違った一人の女子高生が、「うわっ!」と怯えた声を発して僕を避けた。


『あぁ……ごめんなさい』そんな言葉を心の中で発して、足を早めた。とにかく、もう帰りたい。これ以上、恥を作りたくない。そんな一心だった。


「待ってください!」


 肩を掴まれた瞬間。限界が来た。僕の心の中にあるギターの弦のような張り詰めた糸が切れた。勢いよく、肩に置かれた手を振り払う。


「いたっ!」

「あっ……」


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