chapter16「おとぎ話なんて知らない」

16-1

「お疲れ様、リオちゃん。そして、おめでとう。貴方は解放された。貴方は次死ねば本当に死ねる。年も取るし、病気にもなる。リオちゃんはリオちゃんとして生きていけるの」


 体に力が入らない。声を聴くことで精いっぱいだ。でも、あぁ。生きている。私は、生きている。


 ゆっくりと目を開ける。真っ暗な部屋の中、隣に人の気配が感じる。声を聴いた感じ、何処かで聞いた声だ。……あぁ。そうだ、ナオミさんだ。だんだんと思い出してきた。なんたって、昔の記憶を掘り起こしたばかりなんだ。最近の記憶の方が曖昧になってしまう。


「ここは……どこですか?」

「私の家。もう少し休んだ方がいいよ。はい、水。飲める?」


 ナオミさんの手から水を受け取る。目が慣れてくると、和室で私は布団の上で寝かされていたようだった。水を見干すと、全身に冷たいものが広がっていく。渇きが潤って、もっと欲しいと唸ってくる。


「もう、一杯。もらっていいですか?」

「えぇ」


 差し出したコップに再び水を注いでくれる。それも飲み干して、私は一息つく。だんだんと意識もはっきりとしてきて。すると、現状の理解に苦しんで混乱が始まる。あれ、私どうしてここにいるんだっけ?


「ちゃんと説明もするから、今は体を休めることだけを考えて。意外とメンタル面に異常はなさそうね。体もちゃんと動いているみたいだし。ひとまず安静にね」


 そう言って、ナオミさんは部屋から出ていく。

 そして、しばらくすると勢いよく誰かがこっちに来る足音が聞こえてきた。ルイかなと思ったけど違った。でも、がっかりはしなかった。寧ろ、彼女の方が、今はルイよりも会いたかったかもしれない。


「ミレイ……おかしいよ。あんた本当にどうかしている。私、全然『樋口』じゃないじゃん。なんなの、『樋口リオ』って」

「リオ……全部思い出したの?」

「うん、ごめんね。ずっと忘れていて。なんにも気づいてあげられなくて」


 開けた障子の横に立っていた彼女は。ゆっくりと中に入ってきて、閉めた。

 ミレイは私の枕横に座ると、勢いよく抱き着いてきた。


「よかった。本当に良かった……リオ、リオ。私、貴方が学校からいなくなった後、本当に後悔してて。ずっと伝えたかったのに。やっと、見つけたと思ったら記憶がないなんて……。苦しかった」


 彼女はいつも通り涙を流す。私の過去の記憶にいる高校三年生の彼女はもう少し、しっかりしていたような気がする。もう少し、怖かった。


 私もそうかもしれない。こんなに、胸が熱くなることなんてなかった。私は、人間になったんだと思う。私も、涙が出てきてしまう。そうか、過去の私も記憶を無くした後の私も人間じゃなかった。その二つの過去のお陰で、私は人間になれたんだ。


 その後、ナオミさんに食事に誘われ食事をとった。私がナオミさんにお願いした日から三日たっている。私は、結局解放を選んだのだ。一度は逃げたけど、その夜に自殺して一気に冷めた。自分がしていることがバカバカしくなって。悩んでいることの異常さに気づいた。後は勢いだけだ。


 そして、そんな私の行動を知ったルイはなぜかミレイと一緒にいたらしい。二人でこの家まで来て、事情を知ったミレイは私が起き上がるまで毎日通い続けていたという。それと、ヤヨイちゃんも私の解放のための手伝いをしてくれていたらしく、ここにいる。

 

 ナオミさんのおばあちゃんであるアケミさんの料理は温かく、ほっこりとする味だった。こんな大勢で食事をするのは初めてだったのもあるかもしれない。でも、何処かピリっとした空気がある。


「リオちゃんは、これからどうするの? 家族のこと思い出したなら、その人達のところに送ってあげる」

「いや、家族はもういないので……」


 ミレイが、こっちに顔を向けてきた。彼女には、母親と弟のことも話していた。私の回答で何かを察したのだろう。


「そういえば。ルイは、帰っているんですか? 彼ともう一度話がしたいんですけど」


 その一言で完全に場が凍り付く。ヤヨイちゃんとアケミさんがナオミさんを睨んで彼女は目を逸らしてまずい顔をしている。ルイに何かあったんだろうか。


「ルイは、行方不明なんだよね。連絡しても出ないし。家にもいない」

「えっ」


 それから私はある程度の事情を聴くことになる。途中途中でアケミさんとナオミさんが言い争いになったりしたけど、私にはよくわからなかった。魔女だの呪いを作るだの。でも、私は現に蛇に憑かれていた。蛇が中にいる感触を少しだけ思い出すこともできる。


 私の中にいた蛇は今鏡の中に封印しているという。打つ手はないけど、ルイの生存確認にも使えるし何かに利用できるかもしれないからと、ナオミさんは言ってきた。


 別に私は魔女の都合なんてものは知らない。私の中から蛇がいなくなった。そのことは感謝している。その蛇はもともとナオミさんによって生まれたと聞いても、ピンとこないかったし、やっぱり責めたりはしない。


でも、ルイはどうだったんだろう。ルイはどうやらナオミさんと知り合いだったみたいだった。その人が自分を苦しめる呪いを作ったと聞いたら。


 さらに聞くと、ルイの『生きたい』という意思を植え付けたのもナオミさんであり、ルイが探していた『アズサちゃんの死』にも魔女が関係しているという。逃げ出した理由はそれ?


 ルイは、そこまで弱い人間なのだろうか。記憶が戻った今、彼との生活は長い人生の中のほんの一部分でしかない。それでも、彼のことはミレイよりもわかる気がする。私たちはどこか似ていたのだ。


「でも、まぁ。もう何も心配ないってことは確かだよ。後は、ルイを見つけてあの子の呪いを解くだけ」

 そういったナオミさんに足してアケミさんはため息を吐いて文句を並べた。ナオミさんが更に煽るようなことを言って、怒鳴らせると、ヤヨイちゃんが仲裁に入った。

 

 なんだか楽しそうに話しているが、もう私に関係ないことだ。今となっては自分が不老不死だったことに疑いを覚えてしまう。なぜ、私は蛇に憑かれたんだろうか? あの蛇のたくさんいた小屋は何だったんだだろう。

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