chapter5「何度も散りゆく」

5-1

 僕の人生、辿たどってきた道の中にやり残したことなんて数えきれないほどある。


 でも、これをやったら死んでもいい。なんて思えるものは一つもない。これをやらなければ、死んでも死に切れないなんてものはいくつもあるのだけれど。


 とはいえ、今すぐそれらを一枚の紙に取り残しなく書き記せと言われたら無理だ。


「別に、全部やる必要はないと思うよ。ルイはさ、行きたいところとかない? 海外に行きたいとか、こんな景色が見たいとか。短い期間で何かを成し遂げたりすることなんてできないんだからさ。私はそんな小さなやりたい事をやっていくのがいいと思うんだけど」


 一向に、ペンが進まない僕に呆れてか、リオはそうアドバイスをしてきた。


「何か、でっかいイベントの後だったら一思いにルイのことを殺せそうだし。勢いに任せておりゃーって感じでさ」


 冗談なのか本気なのか、もしかしたらそのどちらでもあるのかもしれない。出会って間もないからか、未だにこの樋口リオという人物がわからない。死なないだの、蛇が取りいているだのを除いてもだ。


「でも、まぁ。取りあええずやっておきたいって思っていることはあるかな……」


 リオは短い期間で何かを成し遂げたりはできないと言った。でも、やっぱり何もなし得ないまま死んでいくなんてのは嫌だ。そして何よりも、これについては本心から知りたいのだ。


『藤井アズサの自殺の理由を知る』


「それって、あの小学生の女の子だよね。ニュースになってる。……知り合いなの?」


「まぁ、少しだけ。アズサが自殺するほんの数日前まで一緒に遊んだりしてたんだ」


「ふーん。んで、アレでしょ。確かその子、遺書も何も書かずに死んで、事故みたいな扱いになってるって聞いた気がするけど」


「変わってたけど、そんな何も無しに死ぬ子じゃなかった。アズサが何かを残しているなら、それを見つけられるのは僕だと思う」


「よくわからないけど、死人に口なしって言うし……。遺書や手紙とか、何かしら残したものの手がかりがない限り無駄に終わるのがオチと思うんだけど、そこんところどうなの?」


「手がかりとかは特にはないよ。でも、もし、死ぬ前にやっておきたいってことがあるなら、これだし。これしかやることがなさそうだから……」


 結局、僕にはこれしかない。リオが言うように、海外に行ったりとか、大きなイベントがあったとしても僕は楽しめない。それを改めて実感して死ぬなんて最悪にも程があると言うものだ。


 とはいえ、アズサの件にしても完全に見込みはない。ここ数日記事を読んだりニュースを見たりしても進展はないし、このまま情報の波に流されていくのだろう。自分ひとりでの捜索も限界がある。


 この日から、僕はまた公園や図書館。アズサと歩いた道をなぞったりして、何かしらの気づきが得られないか歩き回った。大学では後期の授業が始まり、少しづつ夏が終わる雰囲気が濃くなっていった。


 アズサの件や大学へ行く際もリオは観察と言ってついてきた。次第に呆れたように僕を見たり、馬鹿にしてきたりしたが、ずっと付いて来ているということは、彼女はまだ悩み続けているのだろう。


「一人でいると、意味もなく死にたくなるから……。でも、ルイといるとそうでもないかな。自殺我慢日数が更新されたし」そんな、ことを笑顔で語ってくるのだからどう言う反応をすればいいのかわからなくなってしまう。そもそも、僕は彼女が不死であることに関してはまだ疑っているくらいだ。


 こんなに、死にたがりな少女が不死で、まだ生き続けたい僕が殺されそうになっている。世界の理不尽さを改めて実感する。たぶん、リオもそうなんじゃないだろうか。


 それでも、健全に生きていくためにはやるべきことをやらないといけない。殺されそうになっているから、大学の講義に行かない。それは、生きることを諦めているような気がした。


 そういう考えがあったからだろう。前期は重い体を引きずりながら向かっていた大学も、堂々と足を運ぶことができた。


 しかし、今日という今日もリオは着いてくる。僕が講義を受けようものなら隣に座り、今はこうして向かいあって学食で昼飯をとっている。


「何か、ルイさ。ここに来くると、かなり小さく見えるね。いつも弱っちい感じだけど、今日は酷いよ」


「……まぁ、大学は苦手だから。でも来ないと単位取れないし、卒業できないから」


「どうせ死ぬのに」


 そう言いながら、リオは食堂で僕と同じく昼飯を取っている学生たちを見渡した。


 リオは、不死なだけあって、食事を摂らない。口が寂しいからといってガムやグミを噛んでいることはあったけど、今もそうだが食事という食事を摂らないでいる。


 それでも、疑い続ける僕は、やっぱり納得がいってないだけなのだろう。「どうせ死ぬのに」という、その言葉を浴びせられた時に、怒りが湧き上がってしまったのも。


 リオが僕を殺さなかったら僕は生き続けられる。そして、リオも生き続ける。僕はリオの『死にたい』という思いが理解できない。だから、それが最善さいぜんだと思うのに……。


「何で、ルイはそこまでまして生きたいの? いろんなものに怯えながら生きてさ……いっそ死んじゃいたいって思わないの?」


むしろ今、リオがなぜそこまでして死にたいって思っているのか考えていたところなんだけど……」


「なるほど、それなら私達って意外と似ているのかもしれないね。でも、お互いのことは全くわからない。……どうしてだろう?」


「似ている……」


 また、言われた。一度はアズサに言われて、今はリオに言われた。そして、同じだ。結局、同じであれ僕はアズサのことを理解できていなかったし、リオのこともわからない。


 それでいいのか?


「……変な話だけど、やっぱり僕にだってプライドみたいなものがあるんだ」


 別に後悔するとか、間違えをおかしたくないとかそんな話じゃない。ただ、何となく彼女が知りたがっている今、僕の思っていることを伝えるべきだと思った。理解されるされないにしても、結果が変わらないにしても。それで、彼女の思いが変わって僕が生き延びられたら万々歳だ。


「……自分で話してもみじめに思える話なんだけどさ、もっと意味を持って死にたいんだ。こんな人生だけど、いつか良いことがあるんじゃないかって。ほら、二十歳だし、まだ若いしさ。それって普通のことだと思うんだけど」


 そう、普通のことだ。でも、それってつまりは、自分の現状が悲惨ひさんであることを認めてしまっているということと同義。自分の中にある現状に満足といった強がりを押し込めなければならない。僕の中での生きたいという思いは強がりでもあり、自分の弱さを認めることにもなる。そのバランスが今の僕を生かしているのだろう。


「ふーん。じゃぁ、どうやったらルイは死んでもいいって思うの? 幸せになったらなったで死にたくないってのが普通じゃん?」


「まぁ、そうだけど」


「バカみたい。やっぱり死んだほうがいいよ」


 彼女はうっすらと笑みを浮かべてそういった。勝ちほこったようにも見える。でも、何となくリオはまだ僕を殺さないんだろうなと思う。ここ数日彼女と共に過ごす中でそれはわかっていた。リオは僕のやり残したことが終わるまで絶対に手を出そうとしないという意思が感じられていたからだ。彼女を強く刺激しない限りこの関係は期限までは続くだろう。


 午後の講義に行こうとしたが、リオが口が寂しくなったといって来たので売店でガムを買った。講義が始まってから横でクチャクチャを噛む音が聞こえて集中できずに講義は終わってしまう。


 授業中、何度か注意したい、それでも声を出して目立ちたくはないなんていう葛藤を抱えてリオの方を何度か見たが、たましいが抜けたようにボーッとしたままガムを噛み続けていた。


 改めて、他人に話して思う。僕にとってこの生きたいって思いは純粋はなく、自分のありとあらゆる都合が混ざり合ってできた物なのだと。だからこそ、それを本気で理解してくれる人は少ない。


 中学という一番わけもわからず、色んなことに悩んでいた時期、そんな中で『梁間はりまナオミ』という変人に出会った事がいけなかったのだろうか。彼女との出会いがなければ今のように絶妙なバランスにならず、どこかで崩壊ほうかいしていたのかもしれない。


 樋口リオという少女を巻き込まずに済んだのかもしれない。

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