13-2
次の日、硬い床の上で僕は目を覚ます。ミレイさんはすでに起きていて朝飯を作っていた。
「まだ、リオには及ばないの。あの子、家の家事とか全部任されていたみたいだし、ファミレスの厨房でバイトしていたし。火には慣れていたわ」
そういって出された飯は普通においしかった。そういえば僕は一度もリオから飯を作ってもらっていないな。なんて思いながら食事進める。
ミレイさんとの無言の朝食の中、急に僕の携帯が鳴り始める。目を向けると、ヤヨイから通話が来ている。僕はそれを切って、また食事をとり始める。ミレイさんは何も聞かずにもぐもぐと食べている。よく見ると、ぼーっとしている。もしかしたら単に朝に弱いだけなのでは?
次にメッセージが携帯の画面に表示された。ついでに画像も一枚。僕はそのメッセージに驚き、携帯に手を取った。さすがにミレイさんも気になったようで「どうしたの?」と聞いてきた。
「リオが、魔女の元に行ったみたいです。どうやら、決心がつたみたいです」
「君も行くの?」
「僕は……」
実際僕は決心がついていない。でも、リオがナオミさんたちのもとに行ったならもう逃げる気にはなれない。
「行きます」というと、「乗せていくよ」と言われた。今日は今日は日曜。仕事はないという。
「え、でも昨日うちに来たのは? 仕事のついでじゃないんですか?」
「あー、あれだよ。土曜出勤。社会人は大変だからさ」
またこの人はでまかせを。
そういうことで、僕らはヤヨイから送られてきた古民家に向かうことになった。そう、ただの古民家。ヤヨイが送ってきたメッセージの中にはもう、リオ開放の作業は進んでいるとのことだった。こんな古民家でできることなのだろうか。
考え事をしているとあっという間に古民家につく。威嚇するようにバイクをふかして、ミレイさんは敷地内に入った。魔女については詳しい説明をしていない。もしかしたら、何か違う心意気で乗り込もうとしているのではないだろうか。
バイクを止めて遠慮なしにインターホンを鳴らした。完全に臨戦態勢だった、ミレイさんだったけど目の前に現れた人を見て固まってしまう。
「待ってましたよ。どうぞ、おあがりください」
背筋がピンと立った、若さあふれるおばあさん。ナオミさんでもヤヨイでもなく彼女は柔らかな笑顔で僕らを招き入れた。かなりすらっとした体形で重力にも負けていない。体中にしわがあることで年を取っているであろうことはわかるが不思議な感じだった。まさしく魔女がそこにいる。
そんなおばあさんに続いて客間的な場所に入れられる。お茶を用意されて僕らは大きな木製の机を間において、座って彼女と対峙する。
「私は、梁間アケミといいます。ナオミちゃんとヤヨイちゃんのおばあちゃん」
僕ら二人も彼女に自己紹介をする。僕のことはあらかじめ分かっているようだったけど、ミレイさんのことはさすがに知らなかった。「彼とリオの友達です。たまたま一緒にいたのでついてきました。いろいろ来ているので以上はわかります」というと、アケミさんは納得したように頷いた。僕は、納得はできそうになかったが話をややこしくはしたくない。無言でそれに頷いて見せた。
「リオはどこに? それにナオミさんもヤヨイも」
「まぁ、待ちなさい。もう、儀式は始まりました。かれこれ三日はかかりますから、あわてる必要はありません。だからこそ、ルイさんにはあの子がやろうとしてることを理解して欲しいのです」
そう言って、アケミさんは一冊の本を持ってきた。どこかで見たことがあるような気がするその本は文庫本くらいの大きさで、表紙がかなり豪華に彩られている。でも、紙を見る限りかなり古い本のようだった。
「代ごとに作り直すのが習わしなのですが、私の次の代は男しかいなかったのです。一代分進展がなかった分、ナオミちゃんは熱心にやってくれていたわ」
本を受け取り、内容を確認する。そこには『魔女』についての記述が書き記されていた。家系図のようなものや魔女の歴史。そして、ページを進めていく。一ページだけ付箋が張られている。たぶんアケミさんが見せたいのはこのページなのだろう。
「呪いの作り方……」
見出しを思わず声に出して、説明を求めるように彼女の方を見る。
「見えるよ。ルイさん。貴方に纏わりつく、あの子が作った呪いが見える。私は、事の全てを知っている。ナオミのことも、アズサのことも」
「なぜ、アズサの名前が……?」
急に出てきたその名前。全く予想していなかった僕は驚きを顔に出してしまう。そんな僕をみて、アケミさんは軽くため息を吐いた。
「やっぱり知らなかったのね。実は、アズサちゃんも魔女だったのよ」
「アズサが魔女? でも……」
目線を下ろしてさっきの本に止まる。思い出した。この本は初めてアズサと出会ったあの日。彼女が読んでいた本だ。タイトルが分からず結局図書館で見つからなかった本。でも、本当にアズサは魔女だったというのか?
「本来、私がこの本を託すはずだったのはナオミちゃん。でもね、あの子は呪いを作ってその呪いを外に出してしまった。だからあの子から本を取り上げたの。ヤヨイちゃんに渡すともしかしたらナオミちゃんが本を奪うかもしれない。だから、遠い親戚の中で唯一『見える』アズサちゃんに渡したの。まだ小さい子だったから、他人と自分の見える者の違いが分かっていないような子だったけど。彼女しかいなかったの」
「そのことは、アズサの死と関係があるんですか?」
僕が求めていた謎の答えはここにあったのか。アズサの死、秘密基地の蛇の死骸。魔女。それらはどうつながるのか? アケミさんは詳しく僕に教えてくれた。
「私の考えとは裏腹にアズサちゃんはすぐにナオミちゃんと接触することになったの。そこで、アズサちゃんはナオミちゃんには自分と同じものが見えることに気づいたみたい。その後、ルイさん。貴方にあったアズサちゃんは本の知識で貴方の呪いをどうにかしようとしたんだけど、手詰まり。そして、ナオミちゃんに相談することにしたみたいなの」
失った本が戻ってきた。ナオミさんからすれば棚から牡丹餅。ここまでラッキーなことはないだろう。でも、彼女は特に何もしなかったらしい。そこまで魔女へのこだわりも薄れていたのかもしれない。
ナオミさんは、アズサに呪いに関しての知識をアズサに教えるだけで後はアズサに任せたという。アズサは一人で呪いの実験を始めたようだが、失敗。呪いを自身で受けてしまい。自殺した。
「あの子がどこでどんな実験をしていたのかはわからない。でも、その本についている付箋。それはアズサが付けたものなの。ナオミちゃんも道具を貸しぐらいはしてあげたって言っていたし、何よりあの不可解な死に方はそれしか考えられないわ」
アズサは僕を救おうとして自爆した。それがあの子の自殺の真実。僕は言葉を失っていた。
何でそこまで、どうして僕のためにそこまで。そう考えた時、ふいにミレイさんの言葉を思い出した。それを確かめることはできない。できたとしても、どう答えればいいかわからない。でも、もしそうなら僕は最低な人間なんだろう。
『どうして真剣になれるのか? 好きだからだよ』
それは決して『恋』としての好きではなかったのかもしれない。僕があの子に興味を持ったように、あの子も僕の呪いに興味を持った。でもあの夏の日々は本当に楽しかった。僕は、なぜ彼女を失った後、あんなに必死になって探したのだろうか。
でも、それなら……。彼女を失った傷が癒えていた最近の僕は。あの蛇を見つけたことであきらめがついてしまった僕は。僕は、やっぱり最低の人間だ。
また、全身に悪寒が走る。やばい、呪いだ。ここじゃあ、まずい。
「ルイさん、大丈夫ですよ。深呼吸してそのお茶を飲んでください」
言われるがままにお茶を飲む。すると、滑稽なくらい、皮肉なくらい僕の悪寒は治まり、温かいものに満たされていく。
「私も、元魔女ですからね。心を落ち着かせる魔法を掛けたんですよ。アズサのことで心を痛めるのもわかりますが、今は彼女のためにもご自分で決心をするときです」
アケミさんがそういうのと同時に部屋の中にヤヨイが入ってきた。手には固形食糧とペットボトルの水が入ったビニール袋を持っていた。その顔はどこか暗い。何かあったのだろうか。
「ひとまず、できることは終わりました。リオさんはこれからが山場ですね。ひとまず、話したいことがあるみたいなんでルイさんはこっちに来てください」
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