chapter13「語るは謎を生むのみ」
13-1
リオは何時間待っても帰ってこない。
それはわかっていたはずだ。わかったうえで僕は彼女を逃がした。
ナオミさんにはどう言えばいいか。彼女の中の最悪ではないにしても、焦るかもしれない。簡単に目的は不老不死なんて言っていたけれども、よく考えればとんでもないことだし、話を聞いた限りかなりの偶然が重なって現在に至っているようだった。
そう簡単にはあきらめてはくれないだろう。
そして、リオのことを言おうにも僕自身の回答もまだ定まっていない。「じゃあ、仕方ないから。まずはルイから」なんて言われたらどうしようか。
そんなわけで、リオのこと自分のことでいっぱいになって動けない僕に鞭を打つようにインターホンが部屋内に響いた。一瞬リオかと思ったけど違うだろう。となると、ナオミさんかもしれない。
気を引き締めて玄関へと向かう。ある程度の予想ができていたせいか確認もせずにそのままドアを開けてしまう。
「やぁ、調子はどう?」
目の前に現れたのは男物っぽい防寒着を着込んで脇にヘルメットを抱えている女性だった。『樋口ミレイ』。そういえば、この人もインターホンを鳴らす候補の一人だ。
「リオはいませんよ」
「えっ、あぁそうなの。いや、いいの。前回と同じで君に用事があるんだから。寧ろリオだけだった時のほうが気まずいし」
「魔女なら、いましたよ」
「え、嘘?」と言いながらも少し笑っている彼女は僕を馬鹿にしているのだろうか? 魔女とか言い出したのはそっちの方なのに。
詳しく話すべきなのだろうか。彼女はそもそもリオとはどういう関係なんだろう。話は聞いたけど、リオが覚えているより前のことはこの人しかわからない。なぜ、リオに自分と同じ『樋口』という名前を教えたのか。この人はなぜここまで彼女にかかわろうとするのか。
「少し、お願いがあります。聞いてくれたら、色々教えますから」
ミレイさんは少しだけ身構えて僕をにらみつけてくる。ただのお願いなのにそこまで警戒されることなのだろうか。これだと、お願いをいっても、ますます警戒されそうだ。
「少しの間だけ、泊まらせてくれませんか? リオみたいに僕も遠くに逃げたいんです」
僕の言葉に面食らってように目を見開いて、硬直するミレイさん。視線を横に流して、「えーっと」を繰り返して、じれったくも答えをなかなか出してくれない。
催促はしない。無理って言われたら引くし、彼女が決めるまでは無言で待つつもりだ。それが圧力に思われても、一番だと思う。
単なる思い付きだし、縋るようなことでもない。
「いいよ。うん、そうだね。私も、一度君とはゆっくりと話がしたかったんだ。君も聞きたいことがあるだろうし」
「ありがとうございます」
ヘルメットを渡されて、バイクの後ろに乗り込む。女性の後ろに乗るっていうのは少し恥ずかしい感覚があるけど、ヘルメットをかぶるとそういった感覚は薄れていった。顔を見られないことって感慨安心するものだ。
暗くなった夜の世界をバイクは走る。布越しに風が吹き荒れ、聞こえるエンジン音はどこか心地いい。この感覚、この景色。これをリオも見てきたんだろう。
ミレイさんの住んでいるアパートは一時間ほどの場所にあった。意外と遠い気もするし、近いような気もする。微妙な位置だ。どうやら、仕事場が僕のところの近くにあるらしい。
招かれ足を踏み入れたその空間は僕の部屋と比べて趣味の色合いが強く、どちらかといえば男っぽい感じがする。壁にはロックバンドやバイクのポスターが張られて、雑誌が隅でタワーになっている。
「さっきリオみたいに遠くに逃げたいって言っていたけどさ、なんで君もリオも逃げているの? てか、何から逃げてるの?」
「魔女から逃げています。でも、逃げている理由を言葉にするのは難しいです」
そう、確かに僕らは魔女であるナオミさんから逃げている。でも、何かが違う。どちらかというと自分自身から逃げている? 変わることから逃げている? 結局自分自身でもわからなくて魔女から逃げていることにした。
「その、何? さっきから魔女って。本当に魔女がいるの?」
「最初に魔女って言ったのはミレイさんですよ」
「そうだけど……。うん、わかったわ。ちゃんと説明するから」
結論から言うと、ミレイさんが言った『魔女』は完全なでまかせだったらしい。
「本当はあの時、リオと話をするために君の家に行ったの。私、彼氏と別れてさ。そんな時にまたリオと再会しちゃったから。勝手だってわかっていたけど、また一緒に暮らしたいなって。でも、言えなかった。だから君に逃げた」
でも、僕に逃げたミレイさんは今度は僕と何を話せばいいのかわからなくなってしまった。そこで出てきたのがリオを開放する方法があるというものだった。
「昔ね、小学生くらいの頃にお母さんから読んでもらったお気に入りの本があったの。それは、小さい男の子が呪いで眠ったままの幼馴染を助けるために魔女にお願いする話。魔女は男の子に無理難題を出すんだけど男の子はそれを全部やり遂げる。そして、魔女は呪いを解きハッピーエンド。その話をおもいだして、でまかせを言ったのよ」
その本を僕は知っていた。アズサが読んでいた本。彼女は魔女に関した本をよく読んでいた。その中にそういった本があった気がする。あまりに子供向きだったから、目を通すだけで全部は読んでいないが。
ミレイにとってはいいアイディアだと感じたらしい。だって、進捗を確認するためにまた来る口実ができたのだから。でも、疑ってきた僕にまずいと思い、慌てて帰ったと。
そんな、都合のいい嘘が今は現実になろうとしている。僕はミレイさんに簡単な説明をした。僕とリオの中に宿るもの。ナオミさんのこと。
でも、これらは全部ミレイさんには関係ない話。目の前で相槌を打ちながら真剣な顔で聞く彼女を不思議に思いながら、僕が語ると彼女は安堵のようなため息を漏らす。
「よかった。じゃあ、本当にリオは開放されるんだね。やっと……やっと」
少し涙を浮かべてミレイさんは何度も頷く。リオに聞いた通り涙もろい人なのかもしれない。
「でも、どうしてそこまで他人のことに真剣になれるんですか? 過去のリオとあなたとの間に何かがあったんですか?」
過去のリオそれは僕と出会う前の彼女ではない。まだリオが『樋口リオ』ではなかった時のこと。僕の言いたいことが分かったのか、ミレイさんはおもむろに携帯をいじりだして一枚の写真を見せてきた。
そこに移るのは二人の黒髪の少女。片方は紙が短く、笑顔。すぐにミレイさんだとわかった。そして、もう一人。黒髪ロングでカメラではなくどこか遠くを見ている少女。
「この子が高校一年の頃のリオ。金髪は不老不死になった後に染めたけど、髪はそれより前、高校から消えた時にある理由で切った。そのとき、私はあの子に『恋』をした。どうして、真剣になれるかって? 好きだからだよ」
窓の外を見つめながら『樋口ミレイ』はそういった。好きだから。恋をしたから真剣になれる。離れても、相手が不老不死になろうが。
「ある理由ってのはリオが父親を殺したことと関係があるんですか?」
「……そこまでリオから聞いているのね。そうよ、てかそれ。あの子は父親の脳天に包丁をぶっ刺したの。そのあと、後悔したのか、死体を抱きしめて泣き喚いたみたい。私はその場にいなかったからわからないんだけどね。でも、リオから連絡が来て私が向かったときあの子は血まみれだった。髪にも血が。だから、切ったのよ。私は、父親って存在が憎いの。でも、結局私は何もできないままだった。だから、それを成しえたあの子の血に染まった姿が美しくて、一瞬で堕ちた」
リオが父親を殺したという話は聞いていたが、まさかそこまで過激な殺し方をしたとは。一体、リオは何をされていたのだろうか。あの少女をそこまで暴走させるような。でも、さすがにそれは聞けなかった。知るとしても、ミレイさんの口からは聞くべきじゃない。
「んじゃ、また私から質問してもいい?」
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