chapter12「再開は期待を運ぶ」

12-1

 ヤヨイの後に続いて店内に入ってすぐに、あの人だということに気づいた。「あの人です」とヤヨイが指し、指差されて女性は何気なしに振り返ると、平然と手を振ってみせる。


 少しだけ動悸が早くなる。かなりの時が経った。それでも、ナオミさんの他人とは違うって思わせる何かは色褪せていなかった。というか、歳をとったことで磨きがかかっている。


 怖いと思った。多分意図的に、そういう雰囲気を作り出そうとしているんだろう。あのいかにも作られたという笑顔がそれを物語っている。


 ヤヨイはナオミさんの隣に座り、僕は二人に向かいあって座った。


「久しぶりです」


「そうね、六年……いや五年?まぁ、いっか。てか、君もずいぶんと変わったね」


『ルイ』と彼女は、目を細めていった。観察するようでもあり、懐かしむようでもある。


「お陰様でのうのうと生きていますよ」


「……ヤヨイから話を聞いたらしいわね。本来、種明かしで解ける魔法なんだけど……。意外と、大丈夫そうね」


「いや、結構キツかったですよ。でも、なんとかなりました」


 やっぱり、あの呪いはおかしかった。でもあれが普通だったんだ。よく考えれば中学入ってすぐに発症した呪いはあまりのキツさに汗をかいたまま気絶して、次の日風邪をひいた。


 本来、呪いは僕をしに追い込む恐ろしいものなのだ。僕を苦しめるだけのものではなかった。それを、ナオミさんは偽りの恋を与えることで、弱めた。


 原理はわからないけど、ヤヨイが言うにナオミさんは『魔女』らしい。そう考えるとあらゆることに納得してしまいそうにはなる。


「……僕の呪いを解けるようになったって。そう聞いたんですけど」


「そう、解けるよ。もう、ルイは苦しまなくていい。私は元魔女。魔女といえば呪い。まぁ、色んな分野があるんだけどね。私の専門は呪いなの」


 言いながら彼女は机の上に8の字を描いていく。それを見ていると背筋がぞくぞくしてしまう。もしかして、呪いが蛇の呪いであることもわかっているのだろうか?


「で、どうする? 今すぐにってのはできないけど、こういうのは本人の意思が大切だからさ。ここではっきりさせておいた方がいいと思うんだけど」


「あっ、いや。僕の呪いも解けるというなら嬉しいんですけど、実は他に訊きたいことがあるんです。それを聞いてからでいいですか?」


「……うん、いいけど」


 別に逃げたわけじゃい。いや、でも逃げたのかもしれない。ハッキリと回答が出せない自分に少し驚きながら、僕はここに来た本来の目的を二人に話した。


 本来の目的といっても、呪いのことや、ナオミさんの魔法のことを確認したかったのもしっかりとした目的だ。でも、そんな僕のことよりも優先したいことがある。


『樋口リオを開放できるか』それを聞きたかった。本人を連れてくるのが一番なんだろうけど、彼女にはナオミさんとの過去を聞かれたくはなかった。悩んだ挙句、口で何とか説明することにした。


 蛇の呪いとは別に蛇に憑りつかれた少女。不老不死で死にたがり。僕を殺すことで解放される気がするという理由で二度僕を殺そうとして、結局はもう殺せなくなっている。そんな彼女のことを丁寧に二人に話していく。


 ヤヨイは驚いた表情で、ナオミさんはどこか渋い顔で聞いてきた。僕が話し終わったと同時に、ナオミさんは大きなため息を吐いた。


「……なるほどねぇ。偶然? いや、こればかりは当然のことなのかも。それなら、ルイが今生きていることが本当に謎なんだけど……」


 そう、ぶつぶつと呟くナオミさんをヤヨイは不安げに見つめている。何か様子がおかしい。確かに不老不死や蛇に憑かれているっていうのはおかしな話だ。でも、呪いがあるし、魔女もいた。僕らは今そんな非日常に生きているはずだ。


「まさか、リオちゃんの名が出てくるか……。しかも、同居中。計算が完全に狂っちゃたよ。でも、まぁ。ある意味では単純になったともいえるし」


「リオを知っているんですか?」


 そう来てみたものの、ナオミさんは考え込んでいるようでずっと何かを呟いていた。中学の頃はいつも、余裕の表情を崩さなかった彼女のこういった側面を今頃になって見れたことに少しだけ残念な気持ちになってしまう。


「あっ、実はですね。リオさんは、私たちの家でバイトしているんですよ。親デザイナーの父の作ったものを置いた雑貨屋。この人は居候なのでたまに店番もしているんです。私も、たまに手伝いを。なので、面識はあるんですよ。……でして」


 何を言えばいいか、迷った様子のヤヨイ。すると、やっとまとまったようでナオミさんが「おっけー、おっけー」と手を叩いた。


「今から、うちに行こう。全部話す。そのうえで、ルイとリオちゃんには答えを出してもらうよ」


 リオにも答えをも取るるのか。それって、僕と同じように彼女も解放することができるということなのか。この二人がリオを知っているということは、『見えている』ということなのだろう。そのうえで、できるというのなら……。


 二人に続いて店を出た。

 目的地に着く間、僕はヤヨイに少しだけ気になっていたことを聞いた。ナオミさんが『居候』とさっきヤヨイが言った。似てはいないが、僕は二人が兄弟だと思っていた。


 ヤヨイが言うに、ナオミさんの両親は母親の方は行方不明。父親は、事故で亡くなったという。大学に行けなくなった彼女は、占いをはじめその時期に僕にあった。それから二年後に、ヤヨイの家に来たという。


 厄介者扱いだったが、ヤヨイだけはナオミさんの味方であったという。


「簡単な話ですよ。私は人が見えないものが見えてしまうのが嫌だったんです。でも、やっと理解してくれる人が来てくれた。手放したくなくて必死だったんです。でも、最終的に親は私よりもこの人を優遇するようになりましたけどね」


「あの時のヤヨイは反抗期だったからね。私が仲介人になることで、家出の役割を作ったの。必要な人になるのって案外簡単よ」


 そんなこんなで、僕らは目的地に到着した。喫茶店からはそう遠くは離れていない。普通に歩いていける距離だった。


「あれ? どうしたのルイ? それにナオミさんにヤヨイちゃん。えっ、本当に何?」


 困惑するリオをと僕を連れてナオミさんは奥の部屋へと向かった。店番はヤヨイに任せ、まずはリオに簡単な事情を離した。彼女は複雑な表情でそれを聞いていた。


「すみません。理解はできたんですけど、どう受け止めたらいいかわからない」


「まぁ、そうだよね。でも、これだけじゃないの。内緒にしちゃうつもりだったんだけども、私は二人に謝ることがあるの」


 そう前置きをして、ナオミさんは僕らに衝撃的な話をし始めた。


「ルイを呪って、リオちゃんに憑りついたその蛇。作ったのは私なの。元々はね、ある実験をしていたの。でも、全然成功しなくて何度もやっていたら、失敗作の被検体を逃がしちゃったの。それがその蛇」


「ある実験? それは魔女の……」


「そう、ルイに入ったけど、私の専門は『呪い』。そして、私の目的は『不老不死』なの。まだ魔女だった頃、山奥の小屋で不死の呪いを研究していたわ。その時に見つけたのが蛇」


 ナオミさんは語る。蛇には『死と再生』の性質があり、『再生』の性質を持った呪いを作り上げようとしたと。しかし、できたのは『死』の性質をもった蛇ばかり。魔女として、しっかりと後処理をしたつもりだが、一匹だけ逃がしてしまった。


 僕はその蛇を殺して呪われ、リオは憑りつかれた。逃がしたことがバレたナオミさんは魔女としての権利を剥奪されたとか。それで、実験ができなくて、僕を見つけた時呪いを処理できなかった。


 しかし、今その魔女の権利は回りに回ってヤヨイのもとに来たという。それを利用すればできるらしい。


「そう、できるの。私の求めてきた『不老不死』を実現することが。簡単な話、リオちゃんの中の蛇を私の中に取り込んで、リオの呪いを封印する。呪いがなくなると、霊も消えちゃうからね」


 それが、ナオミさんが語った。謝ることと、彼女の目的の全てだった。


「霊のことは完全に偶然。もし、魔女の権利があればルイの呪いは解いていただろうしね。寧ろ、生きていけるように魔法を掛けたからこそ、霊が湧いて出たって考えられるかも」


「魔法……?」


「いや、リオ。それより、僕らはやっと解放されるんだ。君はどうするんだ?」


「実はね、前から『見えていた』からこっそり準備はしていたの。すぐにでも取り掛かることはできる。元々、結構強引な方法で拘束しようと思っていたんだけど。流石に慌て過ぎていたわ」


 強引に話を逸らした僕に何か不満のような表情を少しだけ見せたのち、リオは「そうだね」と言って下を向いた。


 僕としたら少し意外だった。彼女ならすぐに答えを出すだろうと考えていた。そうやってすぐに決まってくれれば、勢いで僕も回答を出せるかもなんて。


「少しだけ、時間をください」


 リオの回答はそれだった。僕もナオミさんも険しい顔になってしまう。


「まぁ、そうだよね。いいよ。整理する時間は必要だし。でもね、変なことだけはしないでね。さっき言ったけど、呪いが消えれば霊も消える。つまりはリオちゃんが感じていたルイを殺すと解放されるっていうのは本当のこと。私はそんな馬鹿な終わり方は認めないから」


「それは、大丈夫です」と笑ったリオだったけど、さすがに信用できないのか、ナオミさんは僕の住所を聞いてきた。あまり時間がたち過ぎたらこっちから向かう。そう言ってきた。


 リオのバイトは今日は打ち切り。僕らは二人で帰ることになった。戦闘を歩くリオの背中を見ながら、やっぱり僕は自分の答えが見つからないままだった。


「どうして、すぐに決められなかったんだ? ずっと望んでいたことじゃないか」


「そうだね、でもやっぱり怖いのが一番かな」


 そういってリオは笑顔で振り返ってきた。あの夜、彼女が車道に飛び出して自殺したときのことを一瞬思い出したけど、そういう気は内容だった。


「過去のこともよくわからないしさ。私は不老不死だからこそ生きてこれた。私の目的は本来の『死』だったんだけどさ、今は死にたくはないかなって。自分でも、よくわからないんだけどね。そういった部分の整理もできたら……ね」


 そう言いながら彼女はどんどん暗い顔になっていく。前を向き直り彼女はまた歩き出す。


 家に帰り着いて、すぐにリオは定位置の部屋隅に行き座った。まだ夕方。何もすることはなく、何だか気まずい部屋の中ただただ時間が過ぎるのを待つだけ。


 嬉しい知らせのはずだ。僕はやっと呪いから解放される。ナオミさんの魔法が解けて、本当の呪いが僕を襲ってくるようになった。何かやらかしてしまう前に、お願いした方がいいはずなのに。


 リオの方を向く。彼女と目が合ってすぐにお互い逸らしてしまう。怖いのかもしれない。例えば、ナオミさんとのことがすべて偽りだったかのように。すべてが終わり、蓋を開ければ全部が全部嘘だったら。僕は、どうしようもないまま死を選ぶかもしれない。


 結局呪いがあろうがなかろうが、僕は弱くて死にやすい。


 リオはどうだろうか? 彼女の場合は大きく変わってしまう。死んでしまうようになる。彼女は死にたくなくなったと言っていた。でも、不老不死がなくなれば、身分もない彼女は生きていけるのか。


「ルイ……ごめんね」


 沈黙に染まった部屋だからこそ聞こえた消え入りそうなその声。僕が再びリオの方を向くと、彼女は膝に顔をうずめて少し泣いているようだった。


「わかっているのにさ。見たのにさ。ルイが呪いでどれだけ苦しんでいるのかわかっているんだよ。それなのに、怖くて。死んじゃえばいいのに。前から、そういってきたのに。いざ、死が近づいてくるとさ……」


「大丈夫だよ。結局さ、僕らは被害者だったんだよ。その中でもリオは本当に理不尽な被害。今は自分のことを考えるだけで十分だ。ゆっくりと考えればいいから。答えを出せないのは僕も同じだよ」


「うん……うん、そうかもね。でも、やっぱりごめん」


 リオはおもむろに立ち上がる。少し赤くなった目の周りが一瞬僕の視界に入る。それを隠すようにフードを深くかぶると、彼女は玄関の方に向かった。


 僕も立ち上がり。追おうと思ったがなぜか足が止まってしまう。そんなことをしているうちにリオは部屋を出て行ってしまう。


「ごめん、リオ」


 彼女を追うことはできない。ハッキリとわかった。僕は呪いを解きたくない。まだ心に残り渇き飢えるこの思い。この思いがあるのは呪いがあったからだ。もし、これもまた呪いだというのなら。僕はどうしても手放したくはないんだ。


 リオをここに置いておけば最終的に決めなければいけなくなる。単なる時間稼ぎにしかならないかもしれない。でも、僕はその時間稼ぎのために彼女を行かせてしまった。


 あぁ、また悪寒が走る。僕はゆっくりと、ごみ箱の方に向かう。ゴミ箱の下。そこにはリオが置いていったナイフがある。バイトに抜かう時は隠して行っているようだった。


 ナイフを握る。全身を呪いに支配されていく。大丈夫。そこまで強い呪いじゃない。すぐに止む。意識もしっかりしている。死にたいなんて思わない。


 ナイフを抱え込んで押し寄せてくる緩やかな呪いを受け止めていく。いつもは死にたいと思ってしまうのに今日は少しだけ違った。自分でも気持ち悪くなってしまうほど狂気的な感情。


 消えてしまうと呪いも理解しているのかもしれない。だからこそ、成し得たいこの感情。何もかもをめちゃくちゃにしたいと叫んでいる。


 それから数十分で嘘のように治まった。僕はナイフを握ったままリオのように逃げてみようかなんて考えながらまだここにいる。一体僕のどれが呪いで。どこが僕自身なのだろうか。


 リオ、僕も怖い。君とは違うかもしれないけど、怖くて仕方がない。でも、このままでいることも怖い。非日常に流されるままここに来た僕は自分の力ではどこにも行けなくなってしまったんだ。


 ケースが付いたままのナイフで自分の胸をつつきながらそっとため息を吐いた。

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