11-2

 ナオミさんについて行くと、彼女は車に乗り込んだ。「飲酒運転じゃないですか?」とおそるおそる聞くと、助手席の足元に置いていたクーラーボックスから彼女はさっきほどのお酒と同じものを出して渡してきた。


「ノンアルコール。飲む?」


 僕は首を横に振った。


「ノンアルコールってお酒何ですか?」

「私の中じゃお酒に入らないよ。世間的にはどうなんだろう? まぁ、飲酒運転にならないのは確かだよ。そのためのノンアルコールなんだから」


 ……なら、お酒占いはそもそも成立してはなかったのか。僕は少しホッとして、ほんの少しだけがっかりした。「二か月後に死ぬ」彼女との会話の中で最も魅かれたのがその言葉だったから。


 僕が連れていかれたのは家からそう離れてはいないアパートの一室だった。「仕事場なの」と彼女は言っていたが、看板とかは一切ない。


「占ってていう人を相手にしているわけじゃないの。君みたいに私がたまたま見つけた人や、そういった人たちが知り合いの紹介してみたいな。儲からないんだけど、半分仕事で半分趣味みたいなものだしね」


 そういう彼女に招かれた一室は簡素なもんだった。手前には、応接用の向かい合うソファーがあり、一番奥にパソコンのおかれたデスクがある。その二つの間には三3×3のカラーボックスがあり、怪しい本がびっしりと詰まっている。


 簡素なようでどこか禍々しさがある一室がそこには広がっていた。


 ソファーに腰かけたナオミさんと向かい合うように座る。


「んじゃあ、暇つぶしに簡単な占いを。今度は冗談じゃないから」


 そうはいったものの彼女は手ぶらだった。水晶玉とか、カードとか使うのかと思ったけど違うようだ。


 ナオミさんはそれから、僕が言葉に出来なかった不安や悩みを解き明かしてきた。僕は、完全に彼女を理解者として認識していた。それが嬉しくてたまらない反面怖かった。そんなの初めてだったから。


 ナオミさんは人には見えないものが見えるという。人によって見え方が違うが、親しい人なら、死期が近いことも悟れるという。僕はそれを信じていなかったけど、『君の中には何かが宿っているの。それが君を普通じゃなくしている。君は人間だけど、私には人とは言えないものとして見える。……本来の君のの上に何かがある。なんていうか、マスクをかぶっているみたいな』と言われたときは妙に納得して、どこまで信じればいいのか混乱してしまった。


 マスクをかぶっているとかそういうのはわからないが、僕は人間ではない部分があるのではと思うことはあった。僕が中学に入ってすぐに経験した、あの苦痛。あれは入学後も何度も僕を苦しめた。一回、医者に診てもらったが満足のいく回答は得られなかった。誰にも共感されなかった。


 もしかして僕は人間じゃないのか? そこまでいかなくても、自分は本当の息子じゃないのではと疑念を抱いて両親に近づけないでいた。


 そういった部分は隠していたし、誰に語ったこともない。ナオミさんはそれを見つけた。それなら、信じてもいいんじゃないだろうか?


 家まで送ってもらった後も僕は悩んでいた。そして恐れていた。これがすべて夢で、または夢のように一瞬で消えてしまうんじゃないかということを。だから僕は次の日、学校に行く途中で公園に寄った。


 ナオミさんは今日もそこで同じ銘柄のノンアルコール缶ビールを飲んでいて、まるで待っていたように、僕に手を振ってきた。


「僕の今日の運勢を教えてください」


 僕がそういうと、ナオミさんは脇に置いていた空の缶をつかむとごみ籠に向かって投げた。しかし、今日は入らず、籠に当たりもせずに地面に落ちる。


「あー、微妙だね。昨日休んだことが今日は響くよ。でも、あの缶をごみ籠の中に入れたら、少しだけマシになる」


「そうですかと」といって僕はその場を去って学校まで行った。なんか、自分の運命を変に変えたはなかった。ナオミさんの冗談なのかもしれにけど、その日の僕はやたらと不幸に敏感になっていた。


 でも、学校では何もなくて家に帰ってら微妙な運勢を痛感した。なぜか昨日じゃなくて、今日僕は学校をさぼったこと怒られたのだ。僕は良くさぼるし、いつもは呆れたように一言二言、言われるだけだった。


 でも、どうやら兄の部屋からやっていなかった夏休みの宿題が見つかったらしく、僕もまとめて怒られたのだ。完全に、ついでだったけど勢いにのった母は今までの分をぶつけるように激しく怒ってきた。


「お前が昨日サボったせいで無駄に怒られた……」


 兄からそういわれたときに、これだと思った。



 

 次の日も、その次の日も僕はナオミさんに運勢を聞いた。「いつも公園にいるわけじゃないから、期待しないでよ」なんて言われた翌日、ナオミさんは公園にはいなかった。見捨てられたと絶望していたら、帰りにコンビニ前で飲んでいる彼女がいた。僕はそれを横目で通り過ぎよとしたら、缶が投げ飛ばされてきた。


 彼女のもとにそれを持っていくと、明日の運勢を教えてもらえた。


 その出来事の後から、僕は彼女のもとに行くというより、軽く探して運よく見つかったら運勢を聞くという感じになった。


 謎の酒占いは、当たる日もあれば何とも言えない日もあった。


 でもそれが僕の支えになっていた。


 だからこそ、中学三年が終わりを迎えて、高校までの長い春休みになった瞬間に彼女が消えた時、僕は泣いていた。たまたま会えないだけとは考えなかった。卒業式の日に、出会ったあの公園で占いをしてもらって『最高』がでた。彼女は『サイコーの旅立ちになるよ』って言ってくれた。


 でも、卒業式自体はつまらなく、皆が別れを惜しむ中一番に教室を出ていったのは決してサイコーの旅たちとは言えなかった。


 ナオミさんが何をもってサイコーの旅立ちと言ってくれたのか。僕にはわからなかった。高校に入っても、僕は彼女を探していた。だって、僕を本当に理解してくれるのはあの人だけだった。そして何より、僕はあの人が好きだった。


 梁間ナオミという女性への異常なまでの執着。それは、なにより好きだという思いから湧いていた。あの日、出会った次の日。僕が運勢を聞きに行った時から気づいていた。だから、ナオミさんもわかっていたはずだ。


 結局、やっぱり僕はからかわれているだけだったんだ。いや違うか……。僕は、ずっと中学を卒業するまでこの思いが変わらないなら伝えようと思っていたのだ。これは、彼女なりの回答ということなのではないだろうか。


 僕は、回答の見えない失恋を味わった。でも、その人間らしい永遠の痛みのお陰で僕は、普通を理解した。高校では、目立たず立ち回りサボることなく学生生活を送った。友と呼べるような奴も、一人だけできて。なんとか、大学にも行けるようになった。


 だいぶ痛みは和らいでいて、それでも僕はまだ引きずっている。和らいでいる自分を認めたくなくて、傷ついている振りをしている。


 僕は再び『梁間ナオミ』と再会する。そして、僕の非日常は終わりへと進んでいく……。


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