chapter14「希望からの逃亡」

14-1

 いったん外に出て、家を半周して裏の庭についた。ヤヨイは無言で僕を先導してくる。やっぱり、何処か浮かない表情だ。僕は何を聞けばいいのかわからず、成り行きに任せてしまっている。


「この中にあの人はいます……ついてきてください」


 そう言ってヤヨイが倉庫らしき建物を開けると、中には大きな穴が開いていて、梯子が地下へと続いている。地下室があるのだ。そこにナオミさんと、多分リオもいるのだろう。


 ヤヨイは穴の横に立って、僕を先に行かせようとする。僕が穴の中に入ると、倉庫の扉を閉めて彼女も続いてくる。薄い豆電球がほのかに照らしている、かなり深い。梯子を下りると、目の前に錆びついた扉が一つ。この先か。


 ヤヨイは下りてきたが、なおも僕を先に行かせたいようだ。扉に手を当て、ゆっくりと押す。かなり固いが、一度動き始めるとスムーズに開いた。そして、扉を開けた先は異様に明るく、広い。それでいて何一つないその空間に彼女は座っていた。


「奥の扉にリオちゃんがいるよ。ババアに訊いたと思うけど、今は触れない方がいい。明日まではその状態は続くから」


 ナオミさんは起き上がると、ふらついた足取りで僕のもとに近づいてくる。どうやら、相当疲れているようだ。声も、かなり小さかった。この何もない場所だからこそ、僕の耳に届いてきたのだろう。


 そして、僕の目の前に来たナオミさんはゆっくりと、当たり前のように僕を抱きしめてきた。


「ルイ、ありがとう。よく、今まで生きてきてくれたね。つらかったでしょ? もう、大丈夫だから。ちゃんと、ルイの呪いは私が返してもらうから」


 僕は、彼女と同じくらい力なく、その抱擁をはがす。一歩、二歩と後ずさりすると、真後ろに立つヤヨイに肩をつかまれた。「大丈夫ですか?」と訊いてきたヤヨイに対して頷くことしかできない。


「いわれたとおり食べ物と飲み物を持ってきたよ。ほら、今はゆっくり休んで」

「ありがとう」


 崩れるように座り込んだナオミさんにヤヨイは水を渡す、キャップを開けてそれを一気に飲み干す。


「ルイ、もうさ。どうでもよくなったの。ここに来てもう、全部だめになっちゃったんだ」

 力ない声でナオミさんはそういった。


「私、ルイを殺す気だったの。いまここで」


 水を飲み干してナオミさんはハッキリとそう続けた。


「どういうことですか? リオに何かあったんですか?」


「うーん、順番に説明するね。まず、ルイの呪い。これを解くには今のところいくつかの方法があるの。話すのは一つだけ。他は別にどうでもいいから。大事なのは、ルイの呪いはルイを殺した人にも伝染していくことなの。つまり、ルイは人を呪うことができる」


 そして、リオはそうやって僕を殺すことで、呪いを自分の中に取り込もうとしていたらしい。すると、リオの中には蛇と呪いの二つが宿ることになる。


「そうなるとね、どっちも消えるの。蛇の霊が現世に出てきたのは自分の半身である『死』の性質が呪いとなって現世にあり続けているから。つまり、ルイが自殺した場合でも、霊は消える。呪いと霊が出会って本来の姿に戻っても消える。そして、今度はリオちゃんの霊について話すよ」


 ナオミさんが改めて調べてところ、恐ろしいことが分かったという。


「霊は誰にでも、憑りつくわけじゃなかったの。なんと、死の性質を持った人じゃないと憑りつけない。つまり、元々蛇は霊のままルイを探して、ルイに憑りつくことで呪いと共に消えるはずだった。でもね、面白いことに、リオちゃんは人間のくせに、『死』の性質を持っていたの。彼女は、元から死への願望があったわけ」


 そして、ここまでのことを彼女はまとめた。


 もともとの予定だと、ナオミさんはリオの霊を取り入れ、僕の呪いを封印することで完全な不老不死になるはずだった。でも、霊を取り入れるためには『死』の性質が必要とわかり。僕を殺して、呪いを移してもらう方向に考える。でも、よくよく考えると、霊と呪いが一つになった瞬間に消滅してしまう。


「ここまで偶然が重なったのに。最後の最後に詰んだのよ! 私の幸せ怠惰ライフの夢がこんなところで!」


 叫ぶ、ナオミさんの隣でヤヨイは少しだけ笑っていた。


「どうします? 今の魔女は私なんです。この人の力を借りればまた別の安全な方法でルイさんの呪いを解くこともできますよ。でも、今はダメですけどね。今やるとリオさんの方にどんな影響が出るかわかりませんから」


 ヤヨイがそういった瞬間。奥の部屋から女性の叫び声が聞こえた。リオの声だった。


 確かにリオの声なのだが、なぜか一瞬別人の声に聞こえてしまった。そして、ふと思ってしまう。


「だったら、もう少しだけ考えてみようと思う。参考までに、リオがここに来た理由を知りたいんだけど、何か聞きいた?」


 ヤヨイは首を横に振った。


「普通にうちの店にやってきて、お願いしますって。この人が、話を聞いたりして変に刺激すると考えが変わるかもって思ったようで、そこからは一気に現状までもっていきました」


「でも、意味はなかったんだけどね。もう、どうでもいいわ。望まないならルイは今のままでもいいと思うし。てか、そのうち解けるでしょ」


「ねぇ」とナオミさんがヤヨイに振ると、ヤヨイは少しだけ笑い「かもしれないね」と言った。


「もしかしたら、リオちゃんは解放されることで記憶が戻るかもしれない。そのときは良いけど、もし戻らなかったら。彼女一人、生きていくには難しい。だから、ルイちゃんと大切にしてあげなさいよね」


 何で僕がと頭に浮かんだが言葉にはしなかった。それに彼女にはミレイさんがいる。ミレイ案なら僕とは違って彼女のことを一番に思ってくれるだろう。


 すれでも僕は少し間を置いてそれに頷いた。


「んじゃ、もうやることはないから。私はここにいないといけないし。ルイは帰っていいよ。また、何かあったらヤヨイの方から連絡入れさせるから」


 そういうことで僕は再び地下から地上に戻った。

 よくわからないけど、ひとまずは何も考えなくてよさそうだ。問題はリオかもしれない。彼女がどうなるかで僕の未来は決まるだろう。


 ずっとポケットに忍ばせていたナイフを撫でる。もし、ナオミさんがあの場で僕を殺そうとしてならどうなっていただろうか? 彼女は僕が手ぶらだと思っていたんだろうけど、そうじゃなかった。返り討ちにはできたかもしれない。でも、やっただろうか?


 裏庭を歩いていると、窓を開けてミレイさんが声を掛けてきた。色々聞いてきたけど、僕はリオについてのことを軽く説明して詳しくは話さなかった。


 アケミさんもやってきて僕は彼女に帰ることを伝えた。ミレイさが送っていくと言って来てくれたけど、実は家からそう離れてはいない距離。色々と考えてたかったし、僕は徒歩で帰ることにした。


 個人的にかなりの疲れを感じている。この数日で一体どれくらいの情報を聞かされたのだろうか。こんなにあっという間に物事が進んで解決しようとしている。


 自分のこともハッキリとしないまま。


 最終的には自分で決めないといけないのだろうか? いつの間にか全部終わってしまうんじゃないだろうか。どっちにしても後戻りはできない。


ならいっそ自分に終時期になればいいのかもしれない。抑え込んでいたものを開放すればいいかもしれない。滅茶苦茶にして終わってもいいのかもしれない。


でも、やっぱり決心はつかない。だから僕は誰かがこう言ったらああしようとか、こんな結果になったらどうなろうとか。背中を押してくれる出来事を求めてしまっている。


 またナイフを撫でる。


 ハッキリと決めるべきだ。僕はやっぱり、この思いを彼女にぶつけるべきなんだ。あの夜の、花火の下の、コスモス畑の時のように。彼女が解放された後でも、あの不器用な笑顔を見せてくれたなら。

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