chapter15「かわいそうな少女のお話」
15-1
いる。ここは暗い。私は動けない。縛られている。でも、感じる、いるんだ。目の前に誰かが。その子は私と似た声で「ただいま」なんて言ってきて、私の中に入ってこようとする。
欠けた部分とぴったり重なる誰か。すぐにわかった。私の半身。失ったはずの少女。ゆっくりと思い出していく。
私の母は、意味不明なくらい弱くて父は無意味なくらい強気で弱虫だった。
私はいまだ、愛を知らないし、私が十歳の頃に生まれた弟は、もう明日を知らない。そうだった……。私は、一人だったんだ。意味もなく戦って、助けてもらって、それでもまた別のところで戦って。
戦って、戦って、戦って……それなのに、失うばかりだった。
脳は以前掘り返す。湧き出た感情を整理するためにも、私はこの体の所有者である誰かの記憶を見つめていく。
小学校の頃。父と母は別々に暮らしていた。私は母とその両親の下で楽しく暮らしていた。
あの頃は……実は父が好きだった。たまに会いにきてくれる父は優しくて、私をよく撫でてくれた。
そんな日々が急変したのは、祖父母が事故で死んだ後からだ。小学五年生の夏。覚えている。蝉時雨の中で感じた、これから起こるであろう悲劇の予感。うだる暑さよりも明確に、体を冷やす悪寒。
母は、ろくに仕事をしていなかった。それもそうだろう、母は若かったのだ。二十六歳。私が十一歳だと考えると、その恐ろしさがわかる。
後に母と二人っきりで生活することになってから教えてもらうのだが、母は高校は卒業できたが、その時期の身内や周りからの目がトラウマで社会に出れないのだという。
私のことを愛しているのに、その頃を堂々と言えないジレンマが辛くてたまらなかったという。
そして、本気で子供を愛すことでできなくなったと……。
言い訳だと思った。
そんな、母は保険に入っていた両親が残してくれた遺産でなんとか私を育てようとした。不安で不安で仕方なかった彼女は最悪の選択をする。
――父と暮らすことにしたのだ。
私は嬉しかった。今まで一年に二、三回しか会えなかった人と一緒にいられると。
でも、すぐに気づく。あの笑顔や優しさは、母方の両親を騙すための仮面だったことに。父はクズだった。でも、それは仕方がない。
父の両親もかなりのクズだったのだ。同情の余地はないが、父はそのグズから相手にされてなかった。真面目に働いて、人前でいい格好ができる父だったが、家の中だと酷かった。
小学生6年の頃。弟ができた。
父は弟の鳴き声がうるさいからと言って金だけ送って一年くらい帰ってこなくなった。それでも、まぁ。いい人だと思える。まだこの時は……。
家にいる時の父は、精神が不安定で泣きながら殴ったりなんて当たり前だった。それを泣きながら受けて、謝り続ける母の姿。そんなら滑稽な光景を何度見た事か。
それを、赤ん坊に見せたくはなかったのか。母への優しさなのか。父の行動は決して愛のない行動とは言い難いものだ。
そんな生活が一年しか続かなかったわけ。父が帰ってきた理由は母にあった。
無理だったのだ。母は、弟に恐怖していた。弟にというよりもこんなにか弱い我が子すら愛せない自分に。
弟の泣き声にイラつき、乱暴に扱うこともあった。流石に、障害が残る様なことはしなかったが……。
最終的に私がほとんどの面倒を見てあげていた。それがわるかった。
ヒステリックを起こした母は、自分なんかいらない。と言って、自身を傷付ける行動を始めて、最終的には入院まで至った。
母が入院したことで、父は呼び出され。母が入院している間、私達の世話をすることになった。
「お前がやっとけ。学校なんて行かなくてもどうかなるだろう」
中学入学直後だったが、私はそれに従って不登校状態で、弟の世話をした。
しかし、そのせいで学校からの呼び出しかあったりして、父も次第に壊れていった。変に真面目で、時に衝動的な父にとって、私達はタブーな存在だった。それがチラつくのが嫌で、父は逃げ出していたのだ。
だから、遂に父も歯止めが効かなくなった。母とは逆に「お前らがいなければ」と、私達に当たる様になった。
弟を守りたい一心で、私は黙ってあらゆる暴行を耐えて、耐えて、耐え続けた。
そして、母が退院した中学一年後期。
落ち着いていた母は、父と私に相談を持ちかけた。
「入院している間。ずっと思っていたの。やっぱり、私には無理だったんだって。だから、出て行こうと思うの。今度は私が……」
父もその時は至って正常だった。でも、やっぱり、私達の存在が嫌だから「ガキも連れて行け」と言い出した。
それからは、子供の押し付け合い。
そのやりとりを見ながら、やっぱり私達っていらない子だったんだと……。本気でショックを受けた。今まで、父に抱いていたカスな希望も、母に対しての同情みたいなものも。全てがどうでもよくなった。
結果的に私と弟。片方が片方の面倒をみることになった。私は、父の元に弟を置いておきたくはなかった。母も危険だけど、父は本気で殴るし蹴る。今まで、守ってきたのに守れなくなる。それはダメだ。そう思って私が父の方に着くと、母は悲しそうな顔をして、父は満更でもなさそうに笑った。
「こっちは手間がかからなそうだからな……。貰っておこう」
そういって、小学生の時みたいに頭を撫でてきた。それが、どれだけ嫌だったか。どれだけ、手を振り払いたかったか。
それでも、弟を守る事ができる。私は耐えながら、そう思う事で自分自身を安心させた。
さて、今までのは単に親がクズで子供が可哀想なだけだった。でも、中学二年。学校に通いだした、私の日々が闇そのものとなった。
クズの父母の背中を見て育った私は少し歪みがあった。学校に通いだして、それに気づき、直すまでの間に私はイジメの標的にされていた。
一年の時に学校に行かなかったせいか、授業は別の教室で、同じような二人の学生とともに受けた。それが唯一の救い。
家に帰れば、家事をして帰ってきた父に暴行を受ける。更に、何を勘違いしたのか。私が父を選んだせいで、父は私が自分のことを好きでいると勘違いしてきた。つまり、私を娘じゃなく、自分に気のある女として見てきたのだ。
そりゃあ、この男と私がともにいた時間ってわずかだ。そんな風に見られるかもしれない。それでも、超えてはならない一線ってのは存在するわけだ。
それを超えてきたのだから。私の失ったものの大きさがわかる。得られるべきだった青春、円満な家庭、恋心。この家に生まれてきてしまったために……。私は普通を失ってしまった。
暗い中学時代は続く。それでも、学校に通っていたのは、高校に行くためだった。ヤッた後の父は、至って冷静だからその際に「高校に行きたい」といったところ。「行かない気だったのか?人間としてクズだろ、それ」なんて言われた。
私の地区には高校は二つあった。バカな高校とスポーツができるバカな高校の二つだ。私をいじめてきた人達の殆どが、バカな高校を馬鹿にしながら、スポーツのできるバカな高校に入ろうとした。
私は、難なくバカな高校に入り、中学生活の中でなんとか矯正した普通を使ってやり過ごす気でいた。
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