15-2

 父は「あの女みたいになりたくないなら、今のうちにバイトでもやっとけ」なんて言ってきた。本当にわからない人だった。


 高校に入ってから。そんな感じで、父の様子が徐々に変わってきたのだ。暴力の数は減り、口数が増え、私の将来のことを考えてくれるようになった。


 それでも、夜の方は変わらなかったけど……。


 そんな父の助言のもと、ファミレスでバイトを始めたのだが、それがキツかった。


 手際は良かった。弟の面倒を見たりしていたためか、常人の枠になんとか入れて、迷惑をかけることはなかった。でも、接客だけは困難だった。


 長い、長い間に何とか獲得した普通。そんな私に、一日や二日で態度や心得を会得するのは無理に近かった。


 仕方なく、裏方で料理や清掃に回るのだが、私の働く時間帯は、パートの主婦層がその辺りを仕切っていたせいで、私よりも数段に手際がいい。


 正直、いらない子扱いだった。

 それでも、私は働き続けた。結局は、母とは違うっていうのを意地でもこの身にわからせたかったのだ。


 中学の頃にいじめてきていた奴が、幸せそうに彼氏ときていたり、一度だけ死にそうな母が来たりと色々あったけど。裏方だったし、どうでも良かった。


 そんな、普通の高校生活。高望みはしない、それが私の望んだ普通。あの子のようになんてのは苦しくなるだけだ。そんな中でも、出会いはあり、転機が来るもの。


 私が思っていた以上に、高校という檻の中には普通じゃない人がいた。


 二つ上の女の先輩、樋口レイミは私がバイトで酷いミスをした帰り、余りに耐え難くて胃の中身をぶちまけていた時に出会った人物だ。


「家まで送るよ」


 見たものを見なかったことにして、何気ない笑顔で近づいて来た彼女に、私は酷く恐怖していた。


 私の知らない人種だった。私の隅の隅までわかろうとして来るような。ここまで他人に興味や関心を抱かれたことはなかった。彼女は、巧みに私の心に入り込もうとして来た。


 その出会いがあった次の日。帰ろうとした時に、ミレイから声をかけられ、何度も吐いていた理由を聞かれポロッとバイトのことを言ってしまってからだ。


 彼女は、聞き上手で聞き出し上手だった。さらに私の話下手があり、一を説明するために芋づる式にいくつもの私情を語って言った。


 何故か彼女は、私につきまとった。彼女は、私から何かを聞き出そうとしている。そんな感じだった。そして、私はそれを理解していた。


 家族のことだ。主に父のこと。


 私が、絶対に触れないようにして話をしていたのが家族のことだ。バイトや中学時代のいじめの話をしても、家族のことだけは言わなかった。


 私も両親が、娘や息子の事を他人に詮索されたくないように、私もそう育ってしまったのだ。


 それでも、ミレイは諦めずに半年の間。私につきまとった。夏休みのバイト帰りにも現れたりして、やっぱり私は恐怖していた。


「私……親父に犯されたの」


 先に折れたのは、私ではなくミレイだった。


「目……っていうか。なんだろう? でも、わかるんだよね。犯されるってレベルじゃないかもしれないけど、××も親父から暴力とかは受けているでしょ?」


 落ち着いているようで、何処か震えた声だった。


「母がいない時にさ、近所の人が私の喘ぎごえを聞いてさ。母に告げ口したの。浮気しているよご主人って。そして、母が捜索を依頼して相手が私だってわかって……。父は今刑務所」


「貴方も苦しいなら、助けてあげたい」そう、言われた時。私はどんな顔をしていたのだろうか。よく覚えていない。その時の感情を。


 ただ、ミレイに全部を語ったのは覚えている。淡々と、他人事を言うようにと心がけて。変に笑いながら……。でも、彼女は笑わず悔しいような、悲しいような、やるせないような表情を作っていくだけだったのを覚えている。


 なんで、他人の事なのにそこまで真剣になれるんだろうって思いながら、その後ミレイが語った事を聞いていた。


「××は私と同じで手遅れなんだよ。私ってさ馬鹿だからさ、最終的に親父に興奮してたんだよ感じてたんだよ。だからバレたわけなんだけどさ。でも、後から思い返すと気持ち悪くて仕方がないの。××もそうだよ。今は、優しくなったとか。お父さんがいないととか。それは違うから」


「大事なのはあんた自身でしょ?」と言われて、手を握れた瞬間。泣き出した。こんなに簡単に涙が出てしまう自分の弱さが、母と重なって辛かったけど、それがどうでもいいくらいやっぱり嬉しかった。


 私が私で入られた一瞬。私が真に生まれた瞬間。そして、私達は生きるために行動する。


 結論。私は父を殺しました。


 すぐではなかった。私も躊躇いがあった。ミレイも殺そうとは思ってなかった。通報する気だった。でも、地味に失敗して警察ではなく先に会社の方に知れ渡り、父は職を失った。


 いつ警察が来てもおかしくない。ある晩。父は自室で首をって死のうとしていた。でも、私はそれを見つけて助けた。


 でも、遅かった。首吊りには大きく分けて二種類の死に方があると言う。ゆっくりと締め付けられ窒息。勢いよく締められて首の機能の損失。父は後者だった。


 もう、待てば死ぬだろう。でも、その目は意識が宿っていて私に何かを訴えかけていた。私は誤った。なんども、なんども。


 通報しようとした私が間違っていた。別にこのままで良かった。こんな父でも失いたくなかった。


 父の動くはずのない手が動き、私の頬をそっと触れて涙を拭った。そして、床に落ちる。でも、まだ死んでない。


 私は立ち上がり、包丁を持ってきて……脳天に……。


 トラウマって起きた時よりも起きた後の記憶をなくしがちのようで。その後、私が何をしたのか覚えていない。


 ミレイが言うには、その後私は彼女のもとに電話をかけて、全てを曝け出して語ったと言う。


 ミレイが、私の家にきて見た光景は父の使った縄を握りしめる私と、死体。彼女は、父を殺した私が自殺しようしているように見えたみたいで、すぐにロープを切って。父の死体の解体をした。


 血のせいで、父首の跡は見えなかったのかもしれない。もしくは、途中で気づいて見ないことにしたのか。


 私は父を殺したとしか言わず、自殺していた事を言わなかった。償うように、解体に加わり、処理はミレイに任せた。


 警察沙汰に持ち込まないための手助けだったのだろうが、むしろ悪化させる一手だ。


 後日、冷静になった私はそれを聞くなり絶望した。でも、それで良かったのかもしれない。これで、私は本当に父を殺したことになる。


 一人になって、改めて思い出し気になりだした母のこと。父の事を言いに行かなければ……。


 もしかしたら、母と弟と共に楽しい日常が遅れるかもしれない。


 私は、母の住んでいるアパートに向かった。


 薄暗く、きつい悪臭が漂う部屋の中。ゴミに囲まれてなお、生きる母の姿がそこにはあった。でも、弟は……いなかった。

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