chapter17「僕は何でもない君に生かされる」

17-1

 体から、重みが消えていく。何が起こっている中はわからないけど、僕の身には今何かしらの変化が起こっている。


 確信はしない。でも、思ったこと言うなら。『呪いが解けた?』そんな感じ。だって、本当は彼女を殺すつもりだった。彼女を殺した後に、自分も死のうと考えていた。


 彼女の回答は『嬉しい』だった。リオは愛が分からないと言って、そう答えた。なら、僕の行動は一つだけのはずだった。お互い同じ思いを抱いたまま死ぬ。それでよかったはずだ。


 それなのに、僕は考えてしまった。ハッキリしなかったのだ、彼女の言い方が。だから迷ってしまった。僕は彼女を理解しているつもりだった。でもそれは勘違い。その勘違いのお陰で僕は混乱して、彼女に隙を見せてしまった。


 そして、僕とは違いリオは僕のことをわかってくれていた。あの言葉では僕が完全に理解できなかったこと。まだ、伝わっていなかったこと。そして彼女は行動した。僕にキスをしたのだ。


 変化が起きたのはそこからだ。


 呪い、魔女、口づけ。まさか、そんな童話チックな方法で本当に解けてしまうのか? でも、現に僕は気づいてしまった。僕を暴走させていたこの思いは呪いだったということに。


 乾いていた思いも、満たされた欲求も、死ぬことが正解だと思ったことも。全部が偽りのモノだった。呪いを失うことを恐れていた思いも、今はない。僕の中には何もない。ただ、今の僕を生かしているのは真っすぐな思いだけだった。


 案外、これが呪いを解く条件なのだろうか?


 よく考えれば、ナオミさんが僕を生かすために『偽りの恋』を与えてきた。それで、本当に弱まっていたのだから、ありえない話ではない。


 でも、正直わからない。呪いが解けたなんて確かめる方法はない。あの乾いた欲望が呪いだったって証拠もない。何もかもが分からなくなっていく。だからこそ、ハッキリとしているこの思いだけは離したくはなかった。口に残るほのかなぬくもりを忘れたくなかった。


 彼女は受け取ったナイフを握りしめ、奥の方で呆然と僕らの様子を見ていたミレイさんの方に行く。そして、彼女にナイフを渡した。


「これに、なんども救われたの。ありがとう」


 ミレイさんはそれを受け取ると、ナイフとリオを交互にみて困惑の表情を見せている。でも、リオの顔を見つめてその顔は崩壊していく。崩れ落ちて、リオにしがみついて泣き始めたのだ。


「違うよ、ミレイ。お別れじゃない。でも、ミレイの思いに応えられないのは本当。お互い、もう苦しむのは辞めようよ。ミレイはもう、泣かなくていいの」


 リオはミレイさんを優しく包み込んで頭を撫でた。ぎこちない動作で、不慣れな動き。そして、彼女も泣き始めた。


 ミレイさんの家でのことを思い出した。僕の質問に答えたミレイさんは僕に一つだけ質問をした?


『君は、リオのどこに惹かれたの?』


 ミレイさんはわかっていたんだ。僕がリオのことが好きなことを。普通の人ならド一緒に住んでいるからとか思いそうだが、彼女は毒らの事情を把握していたのだ。


 ミレイさんは僕の思いに気づいておきながら、リオのことについて話してくれて、自分の思いも明かしてくれた。そんな彼女の、質問に対しての答えは。なんの意図もなく口から出てきた・


『どこっていうのはハッキリしませんが、彼女が僕を殺せないってわかった瞬間からです。彼女の優しさと苦しみに……だた思います』


 二人が泣き止むまで僕はただ、そこで待っていた。自分の中で浮かんでは放置されていく疑問をどう処理していこうか悩みながら、二人を見ていた。


 その時、ポケットの中で携帯が震えた。多分ヤヨイだ。僕が家から逃げ出した後、何回も彼女から連絡が来ていた。そのときは出なかったけど丁度良い、今は確認したいことがある。僕はポケットから携帯を取り出して、画面を見た。やっぱり、ヤヨイだ。


 あまり使わなかったとはいえ、三日も充電していなかった。残り充電量は一桁まで行っている。僕は、画面をタッチして通話に出た。


「ルイさん! よかった、生きてた……。でも、どうして?」

「ナオミさんの様子はどうだ?」

「そうです! あの人、かなり参ってますよ。蛇の霊が消えたみたいで。まだ、ワンちゃんあると思っていたようです。じゃあ、普通に呪いが解けただけみたいですね」

「……やっぱり、呪いは消えたんだな」

「なにをやったんですか?」

「いや、わからないんだ。でも、今は体が軽い」」

「それは良かったです! もう、こっちの事はあらかた大丈夫なので、後はリオさんと頑張ってください。私たちは一応加害者みたいなものですし、支援が必要な時は協力しますよ。少しだけ、話を聞いておきたいので落ち着いたらウチに来てくださいね」


 そういって、ヤヨイは通話を切った。ナオミさんとも話したかったが、残り充電量的にかけ直しはできそうにない。ヤヨイの口ぶりから、彼女はある程度どうやって呪いが解けたのか、予想がついていたのだろう。今度、言われた通り、説明しに行くべきなのだろうか。


 丁度、リオの方も落ち着いたようで、彼女たちは至近距離でぼそぼそと言葉を交わしていた。お互い、抱きしめた手をはなさせないまま。離れようとはしない。


 最初に話したのは、ミレイさんの方だった。そのあと、リオが抱きしめる力をぎゅっと強めてゆっくりと剥がれていった。そして、また目を合わせて軽く言葉を交わすと、ミレイさんは林の中へと消えていった。


 リオはこっちに来て。「思ったより、決心がつかなかったの。もう、大丈夫だから」と言ってきた。


「呪いが解けたみたいなんだ」


 僕が事情を説明すると、リオはほんの少し頬を赤らめた。それはそうだ、彼女からしたら純粋な気持ちにしたがった行動だったのに、重大な意味が後からついてきたのだ。あれは、呪いを解くキスだったなんて言われたら恥ずかしくもなる。いった僕も恥ずかしい。


「でも、良かった。お互い。呪いや霊がなくても、こうやって一緒に居られている。だってさ、最初は二人で死ぬしか道がなかったのに。結果としては、二人とも生きている」

「そうだね」

「帰ろっか……」


 向こうの方でバイクが走り去っていく音が聞こえた。僕らも、林を出て二人でならんで家へと向かう。何ともないいつもの風景だったけど、どこか新しく新鮮に見えてくる。部屋に帰った時、自分の部屋の何もなさに驚いてしまった。今見ると、これ以上無駄を省いた部屋はある意味異常だった。


 今から、この部屋には彩が出てくるのだろうか。その前に、僕はまだ大学生でリオは身分も証明できない立場だ。でも、今なら大丈夫だろう。


 買ってきた弁当を二人で食べて交代でシャワーを浴びた。リオに、僕のジャージを渡すとサイズは少し大きいくらいで丁度よかった。二人で、寝るのはまだ早いかもしれない。リオは良いといったが、僕は床で寝ることにした。今度、布団とか服とか買いに行かないといけない。


「おやすみ、ルイ」

「おやすみ、リオ」


 電気を消した中で僕らは、なぜか二人で出会いから今までの流れをなぞりあった。こんなことがあったとか、あの時はこう思ったとか。そんな時間が楽しくて仕方がなかった。いつの間にか眠りについていて、朝起きた時の幸福感は言いようのないものだった。


 次の日、僕は大学に行き。リオは近所の交番に行った。

 彼女の本命は『五月リオ』だと分かった。でも、彼女は「私はもう、ただのリオだから。五月リオ頃の記憶も樋口リオだった頃の記憶もなんだか、他人の記憶に思えるの。だって、私はあの頃より幸せだし、あの頃みたいに自殺したくてたまらないとかないから」といって笑った。


 でも、今の彼女を作っているのはその二人の『リオ』なのだ。だから、彼女はその二つの名前を忘れようとは思わないといった。一応、身分証明の上では『五月リオ』だが、僕と彼女にとってはただのリオなのだ。それでいい。


 彼女から、両親のことも聞いた。二人の死について、リオは度々警察のもとにいて徴収を受けていたけど、本人は逃げた来たことに向き合う時だと思うと言ってしいた。


 彼女が過去から解放されるまで時間はかかった。結局、魔女達の家に行くのは冬の初めになってしまった。ヤヨイに連絡を入れて、ヤヨイからアケミさんの家に来るように言われた。


 ナオミさんも、元々の性格のせいか大丈夫そうに見えた。僕らは彼女たちにあの日のことを話して、僕も逃げ出した理由を語った。


今語ると、完全に他人事だったし、自分良いながら意味が分からなかった。それでも、彼女たちは聞いてくれて。ナオミさんも、最後にはため息をついて「呪いも悪霊も恋の魔力には勝てないかー」と僕らを茶化してきた。


「ナオミさんは、なぜ不老不死になりたかったんですか?」


 結局聞けなくて、わからないままだったことだ。彼女は何でもないようにそれを語ってくれた。


「私ね、高校生の頃にある有名な占い師の弟子をやっていたの。私の本当のお母さん的存在でね。家に帰らずにその人の一緒に住んでいたくらい。母さんは消えたし、親父は私に興味なかったから問題なかった」


 しかし、占い師とナオミさんの関係は長くは続かなかった。占い師は重い病気を患っていいて、死期が近かったのだ。『見える』ナオミさんはでも、それを伝えることができなかった。そして、ある日急にその占い師は倒れて、それに続くように実の父親もなくなったという。


「あの人は私と似ていたの。孤独だったし、いろんなものに絶望していて。そして、無気力だった。テレビではそのキャラが人気だったみたいだけどね。そんで、私は思ったの、私は魔女として、不老不死になってやるろうて、あの人みたいにすぐにはくたばらないで、ずっと怠惰に暮らしてやろうって」


 その占い師は僕も聞いたことがあるくらいの人物だった。でも、まさかナオミさんがそんな人とつながりがあったなんて。訊いていたヤヨイは納得したように「だから占いなんてやっていたんだ」と納得したように頷く。


 

そもそも、魔女と占いは関係ないらしい。


「よくわからなかったんだけど、少しだけ遺産がもらえてね。私はそこから、一人暮らしをしながら山奥の小屋でひっそりと研究をつづけたの。小屋の周りには気持ち悪いくらい蛇がいてね。調べてみたら蛇には『死と再生』の性質があるとかで。これだと思ったの」


 そんで、パパっとやってたらできちゃった。なんて笑っているナオミさんを見ていると僕はずっと彼女の操り人形だったんだなとおもえてしまった。


 彼女の才能と執念と運によって生まれた呪いの蛇にたまたま呪われ、たまたま呪いの製作者に出会い、たまたま解けた。でも最後の最後に壁が出てきた。不可能だと分かった時、彼女はどれだけショックを受けたのだろうか。


 それでも、ナオミさんは笑っていた。「一度は諦めて、たまたま運が回ってきただけのことだからね。そんなもんだよ」そう言っている彼女にはもしかしたら不老不死なんて必要ないのかもしれない。


 見た感じ、もう彼女は孤独じゃないのだ。ヤヨイがいてヤヨイの家族がいてアケミさんもいる。


 話を終えて家を出るときにヤヨイが一枚の手紙を渡してきた。


「この本の中に隠されていました。……アズサのモノです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る