17-2

 家に帰った後、リオを置いて一人で外に出た。この手紙を見るときはひとりの方がいいと思ったのだ。どこで読むかは何となく決めていた。僕とアズサが出会った公園。歯車の動きはもう緩やかなものだ。あの日々のように何もしなくてもどこ奈に連れていかれる日常は終わり、自分たちの足で先に進まないといけなくなった。


 ベンチに座り、子供達の王国を見る。今日も今日とてあの場所は変わりない。寒くなっても短パンの男の子もいる。そろそろ、雪が降ってきてもおかしくない季節だというのに。


 冷えた手で丁寧に封筒を開ける。秘密基地に置いてあった銀箱の中のものと同じ奴だ。中に入っていた紙は三枚。びっしりと書かれた手紙をゆっくりと呼んでいく。


 一枚目は、僕宛のものっではなかった。次に本を持つであろう人に、僕のことを伝えて、彼を助けて欲しいという依頼の内容だった。呪いを解くための、魔術的な内容が書かれていたが、方法の解読は不可能だった。


 それと、『口づけ』による解呪法も見つけていたようだ。でも、少し違った。『恋を実らせること』が正しい言い方。でも、アズサはこれは無理だと思うと書いている。幼い子供らしく書くことはしっかり書いている。「ルイさんは呪いがあるから、人を好きになることができないの」って。


 そうか、今思えば僕は呪いのせいで社会に馴染めないし、恋をしたといっても歪んで到底受け入れられるものではなかった。リオの存在があったからこそ。寧ろ、リオしかできなかったことなんだ。


 そして、二枚目。そこに書かれていたの彼女の遺書に当たるものだった。どうやら真相はナオミさんの言った通り、呪いを解明するにあたって失敗をしてしまって呪いを受けてしまったようだ。でも、そのおかげで解呪法が分かったとも書いている。死んでも後悔しないと書いているのは本人の意思か、呪いの誘惑か。それはもう、確かめられない。


 家族や、学校の人たち、ナオミさんやヤヨイ。アケミさん。いろんな人に感謝と謝罪の言葉を綴っている。その中に、僕の名前はない。そして、二枚目の最後の行には、三枚目は寺沢ルイさんに渡してほしいですと書いてある。


 ここから先の手紙はヤヨイが僕に見せようとした部分なのだろう。


 その文章を読む中で僕は自然と、涙を流してしまっていた。泣くだろうなとは思っていた。今の僕は結構、涙もろい手紙をヤヨイから渡されたときも泣きそうになったくらいだ。でも、これは予想外だった。


 呪いのこととか魔女のこと、謝罪やそんなことが書いてあると思っていた。でも、そこに書かれていたのは、ただ一緒に過ごした夏の思い出の数々。あの時はあの本を紹介したけど、もっといい本がありましたとか。あの日ルイさんにこう言われて嬉しかったですとか。あそこに行きたかったんですけど、実は道が分からなかったんです。とか……。


 狡いじゃないか。今頃になってこんな手紙を見せてくるなんて。もっと早く見たかった。僕は君の死を利用するだけ利用してしまった。好奇心のダシ、死ぬことから逃げるための口実、行動しない言い訳。それなのに、僕が利用し続けたあの日々がこんなに綺麗なものだと思い出せて。僕の中に押し込んでいた後悔という後悔を膨らませてきて。


 手紙の最後には三行使って大きな文字で『ありがとうございました』と書いている。それだけだった。彼女は思い出をなぞって、お礼を言って手紙を追われせた。自分の死に僕が関係しているとか、彼女が僕のことをどう思ってくれていたのとか全く書いていない。


 ヤヨイは三枚の手紙すべてを渡してきたけど、本当はこの一枚だけが渡されるはずだったのだ。でも、アズサはそれでいいと分かってくれていたんだろう。僕にとってはこれだけで十分なのだ。


「おにいさん、大丈夫?」


 気づけば僕の周りには数人の小学生が群がってきていた。遠くでこっちの様子を見ている子もいる。


「あぁ、大丈夫。もう、大丈夫だから」


 涙を拭って、軽く笑って見せた。一人の女の子が近づいてきて頭を撫でていた。惨めだなぁ、なんて思いながらまた別の意味で涙が出そうになる。


「ありがとう、いい子だね」

「遊ぼうよ」


 男の子が元気に容易ってきた。ますます惨めだ。でも、いいや。僕は彼らの世界に少しだけ足を踏み入れた。ほんの三十分くらいで、彼らと別れたけど最後にいい思い出ができたと思えば恥ずかしさが少し和らぐ。もう、あのベンチには座らないだろう。


 家に帰ってドアを開ける。部屋に入ると彼女が眠っていた。金髪はもう黒に戻し、少し大きい僕のジャージを着ている。僕が帰ったことに気づいたのか、半目を開けて「おかえり、ルイ」と柔らかい声で言ってきた。


「ただいま、リオ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る