chapter3「揺れる未来」
3-1
……何を悩んでいるんだろう。
等身大の鏡に映る自分の真剣そのものな顔を見て、ふとそう思った。
例えばだ、僕に彼女がいたとして、ここぞという大事なデートがあったとしよう。そういう時こそ、こうやって鏡の前で服を
でも、今は違う。確かに僕は今鏡の前で服を持ちながら悩んでいる。しかし、彼女とのデートなんてものじゃなくて、ただただ中学高校を共にした友達に会いに行くだけだ。
少しラフでそれでいて大学生らしい。あまり目立たず、されどセンスの光る服装。残念ながら、僕のクローゼットの中ではそんな組み合わせはできない。
悩んだ挙句、普通に大きめのシャツとジーンズを選ぶ。夜は肌寒いだろうけど、そこまで話し込むような人物じゃない。意外と顔を合わせで、二.三時間話し込んで終わりぐらいだろう。
外に出る前に、軽く体を伸ばした。あの久々の
そういえばさっき思い付きで朝シャワーなんてものもしてみた。気分転換なんてポジティブな発想だと感じていたけど、その本質はこれまた無意識の外嫌いだったのではないのか。
そして、結果として朝シャワーは失敗だった。いつもしないことをいきなりやったせいか、なんだかエンジンがかかってくれない。行く途中に、エナジードリンクでも買おうかな……。
ため息を四、五回吐きながら荷物をまとめてようやく僕は外に出ることができた。
今日会いに行く相手は、
一人だと、だいぶ辛かっただろうなと思う。特に高校はいろんな場面で梶田を頼っていたし、梶田も僕を頼ってきた。ずっと同じクラスだったのが救いだった。
僕は大学に行き一人暮らしを始めたが、梶田の方は家の
電車に揺られながら、ボーッと窓の外を眺める。梶田と出会うということは、少なからず過去の思い出を掘り下げて話し合う必要が出てくる。だからと言って、現状を報告し合うのも中々のものだ。
結局、何故僕は今日会うことを了解してしまったのだろうか。盆で実家に帰っていた時、
どうせ、まだ夏休みが続くならということでこの日に遊ぶことにしたのだが……。誘ったのが自分なだけに、
実家までは特急電車で二時間ほど、往復の料金は馬鹿にならないどころか、かなりの痛手だ。
憂鬱をいくら並びあげたところで、たいした時間つぶしにもならない。イヤホンで聴いている音楽の音量を少しあげて、そちらに集中する。大きすぎるかなと思い、一度耳から外してみるが、周りに聞こえるほどではない。安心して、付け直し再び窓の外をじっと見つめ、音楽を楽しむ。もしかしたら、自分が思っている以上に今自分は綺麗な時間を過ごせているのかもしれない。
梶田との久々の再会は「やっ」「よっ」という短い挨拶から始まった。
酒屋の仕事を継ぐ気で手伝っているせいか、梶田の体格は少し
筋肉も中々のもので、本人曰く身体も資本らしい。朝一でランニングなどをして職場以外でも
しかし、それ以外は大して変わってなかった。性格や仕草、こいつがこいつであるための要素はあまり変わりはない。少しだけ安心した。
僕らは、高校時代に周りの真似をするように、何度か勉強や放課後の時間潰しのために利用していた薄汚い喫茶店でとりあえず現状報告をし合うことにした。
「ここも、変わらないなぁ」
「お前はだいぶ変わったよな」
――『変わった』か。
久々の再会でまず交わされる言葉は『変わった』か『変わらない』だろう。自分はどっちだろうと思っていたが、梶田から見ると『変わった』らしい。
「いや、でも……変わんねーな」
「どこが変わったんだ?」と聞こうとした
「まぁ、とりあえず僕はいいよ。梶田こそ、かなり変わったな。ムキムキじゃないか」
とりあえず、話題を僕から梶田へと変える。彼自身にとって今の体は一種の誇りのようだろうし、
予想通り、梶田は「だろー」と照れ臭そうに笑う。そんな風に笑いながらも、腕に力を込めて筋肉を見せつけてくるものだから、こっちも笑ってしまう。
なかなか、楽しいもんだ。なんの心配もいらなかった。神経質な大学生活のせいで、他人への期待ができなくなっていたのかもしれない。そう行った意味でも、梶田が言った『変わった』と言える要素なのではなかろうか。
「んまぁ、見た感じ向こうでも元気にやってそうでよかった。やっと、ナオミさんのことも吹っ切れた様子だしな」
何気無しに梶田の放った一言。それのせいで場の空気が一気に冷え込んでしまう。いや、彼に非はない。誰よりも僕のことを心配してくれていたのだ。責めるつもりはない。
でも、その名前をあまり聞きたくは無かったし、高校を卒業する前に、もうその名前を話の中で出さないことを約束したはずだった。ついつい、口を滑らせてしまった。よくあることだ。
でも、梶田が少ししまったという顔をしているという事は、僕の表情は先ほどまでとは一変。かなり、不機嫌なものとなっているということなのだろう。
「すまん……約束のこと、忘れてた」
自分は弟だったせいか、それとも親からの教育のせいか、まぁどっちもなんだろうけど、怒るということを知らない。キレて物に当たる時代は中学くらいで終わり、その後は怒りが頂点まで達すると、
自分でも制御できないくらい、怒ってしまっている。それは、彼の
「……やっぱり、お前は変わらんな」
そんなこんなで、頼んでいた『かの懐かしきナポリタン』が運ばれてきて、二人で
これを言われたらすぐに黙ってしまう物が多いし、緊張状態からくるあの
それを、なんともないように接してくれた人物が今までの人生で二人だけいる。梶田と、彼がさっき口にしたナオミさん、本名『
そして、僕が中学を卒業した次の日。梁間ナオミは見つからなくなった。というよりも、この街から消えただけだ。仕事が見つかって遠くに行ったのかもしれない。
数少ない理解者を失った絶望は大きく、高校内で彼女のような僕を受け入れてくれる人物がいるという希望が持てなかった。
僕は、高校入学してから中学の時とは違い、人との交流を避け続けた。そうして、一人で孤独にいると彼女が戻ってきてくれるような気がしていた。
そんなこんなで、僕は
ガキだった自分は、突然いなくなった梁間ナオミに対して裏切られたよう気持ちになり、その名前を聞くと怒りが込み上げてくるようになったし、悲しい気持ちにもなった。
結局、高校卒業までそれは続き、完全に諦めるということができなかった僕に対し、梶田が約束を持ちかけてきたのだ。
『ナオミさんのことを忘れろとは言わない。でも、もうなかったことにしよう。俺もお前もその名前を今後一切口にしない。そしたら、いつのまにか何でもないものになっているかも知れねぇじゃん?』
僕はそれにのった。梶田とは今後も会うだろうし、自分自身で何かしらの区切りをつけたかった。その約束はそれに打ってつけだったのだ。
そして、今日。その約束は簡単に破られた。
まぁ、いいんだ。結局まだ変われていないということがわかっただけで収穫だ。
無理やり自分を押さえ込め、梶田と再び話しを交わせるようになったのは、もう会計を済ませて喫茶店を出た後だった。
後は、ゆっくり歩きながら当たり
「やるよ、さっきはゴメンな」
「いいよ。てか、そのままじゃなくて何か、袋とかないの? 流石に抱えたまま帰りたくはないんだけど」
「あっ、そうだな。ゴメン、ゴメン」
ヘラついた表情でペコペコと軽く謝罪して、トコトコ走って梶田は袋を持ってきた。やっぱり変わらないところも沢山あるんだな。
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